第10話 討伐依頼
苦無の柄には、見たこともない漢字に似た文字型の術式が刻まれていた。部屋を飛び出た糸成は、慌てて雷蔵の部屋の扉を叩く。
「おじさん! おじさん!」
扉が少しだけ開くと、寝癖を付け目が半開きの雷蔵が、顔だけを廊下に出した。
「なんだよぉ、うっせぇなぁ。糸成、お前今何時だとおも・・・・・・」
糸成は、寝起きの雷蔵の言葉を遮りながら問いただす。
「おじさん! この術式知ってる⁈ これのこと知ってたの⁈」
糸成は、苦無に彫られた術式を雷蔵に見せる。腕で目を擦った後、雷蔵は苦無を見た。
「ん〜? ・・・・いやぁ、知らねぇなぁ」
雷蔵は少し黙って考えた後、苦無の術式を必死に見つめる糸成の顔を見ると、自室の棚の引き出しから巻物を持って来た。
「糸成ぁ、良いか? これは、大狼一族秘伝の巻物だ。鬼門神社襲撃事件の後、焼け落ちた家の灰の中にこいつが落ちていたのを拾っておいた」
落ち着いた声色で、雷蔵はまるで新品の様に綺麗な巻物を糸成へ渡す。
「こんな大切なものあるなら、何でもっと早く・・・・」
イラ立つ糸成を、雷蔵が宥めながら続ける。
「俺は、転哉にその巻物の存在を聞いたことがある。それは、“大狼家の次期当主が奇術師として一人前になったときに渡され、代々受け継いでいくものだ”とな。俺も、その術式が何系等の術式なのかすらわからん。だが、糸成の親父は何術師と言ったか、覚えてるか?」
少し記憶を辿った糸成が、雷蔵との会話を思い出す。
「⁉︎ 転移!」
「そう。恐らく、この術式は転移術式。そしてその秘密は、恐らくここに書かれている」
雷蔵は巻物を指差した。
「大狼家の当主は代々、日本最高の転移術師だった。そして、この巻物はあの火事でも燃えなかった。つまり、こいつは保護術式が掛けられるほど、大切に受け継がれてきたもの。転移術と関わりないわけがないってことだ」
糸成は息を呑んだ。ここに父の秘密が、祖先の歴史が詰まっている。そう思うと、胸が躍った。
「ありがとう! おやすみ!」
糸成は、ドタバタと走って自室へ戻って行った。
一方その頃。東京。首相官邸、首相室。
扉をノックする音がする。首相室に、1人の女性秘書が入室した。
「失礼します。高嶺総理、魔界のヤマト王国から外務省を通して連絡がありました。“魔獣の大量発生に伴い、奇術師による魔獣討伐を依頼する”とのことです」
書類仕事をこなしながら報告を聴いた高嶺は、即答する。
「わかりました。ヤマト王国は、我が国にとって大切な友好国です。直ぐに奇術師を派遣すると返答、奇術省へ討伐任務の連絡を取ってください。それから、“例の計画”の進捗状況についても確認を」
「承知致しました。失礼します」
高嶺は立ち上がり、窓の外を眺めながらニヤリとほくそ笑む。
霧島神宮での任務から6日後。
糸成達3人へ、魔界での魔獣討伐任務が与えられた。それは魔人の国、ヤマト王国からの要請によるものであった。
ヤマト王国。それは日本と密かに友好関係を築いている、魔界にある魔人達の国である。魔界の地図は、聖界の地図と全く同じである。そして、日本と全く同じ場所に、数百年前大英雄ヤマトによって建国されたのがヤマト王国である。門は、2つの世界が同じ座標で繋がっている。日本は数十年前から、ヤマト王国と“魔獣という脅威から国民を守る”という共通点を以て、友好条約を締結していた。魔界の国と友好条約を結ぶ国は、世界的に見ても稀である。
今回の任務地は岐阜県高山市、鬼門神社。任務地を知らされた糸成の顔は、険しくなる。その表情の変化に、真矢と界斗は気付いていた。
鬼門神社への道中、車内。
「なぁ、お前の故郷ってどんなところなんだ?」
車内のどんよりした空気感を紛らわせようと、界斗が話し掛ける。それに気付き、糸成も明るく懐かしむ様に返した。
「山の幸に恵まれたところだよ。野生動物がいっぱいいて、谷の間には大きな川もあって、食料には困らなかった。空気も水も美味しい。雰囲気は、神隠れの里に似てるかな? 穏やかな場所だよ」
「へぇ、糸成の故郷かぁ。ちょっと気になるわね」
糸成は、真矢が自分のことを気に掛けたことが嬉しくて、初めて名前で呼ばれたことに気が付かなかった。しかし、界斗はそれに気付き、真矢にちょっかいを掛け始める。そうして、出発時の重い空気感が、到着する頃にはありふれた高校生の授業後のような空気へと変わっていた。
同日、鬼門神社。大狼糸成、射場真矢、結野界斗3名、12時現着。
焼けた神社は既に再建されており、新しい奇術師の神主が着任していた。3人は休憩がてら、移動で凝り固まった身体をほぐしながら糸成の故郷を見て周る。
「僕の両親、此処で死んだんだ。奇術師の手で」
「兄弟は、いなかったか?」
川辺を歩いていたとき、小石で水切りをしながら界斗が尋ねる。それを見て、糸成も石を投げた。
「弟が1人。でも、あの日から、飼ってた犬と行方不明のままなんだ」
真矢が、同情しながら声を掛ける。
「そう、残念ね」
「生きてる。何となく、何処かでそう思ってるんだ」
糸成が、真矢の言葉へ食い気味に言葉が出た。すると。
「そうね。きっと生きてる」
これまで、糸成は雷蔵以外に家族の話をしたことがない。今まで、1人で抱えていた不安。弟は、既に死んでいるかもしれない。それを否定したくて、咄嗟に出た言葉だった。事実、狼希は大量の血痕を残したが、神社周辺を警察、魔界の門周辺を雷蔵が捜索しても、遺体は発見されなかった。真矢が口にしてくれたことで希望が持てた糸成は、落ち込んでいた気持ちが晴れ、笑みが溢れた。
13時。任務開始。
界斗が列の印を結び、門を開く。
「開門」
今回の任務は、鬼門神社の門から南に20キロ先、“紅魔の森”にて生息する青鬼の群れを討伐することである。3人は門を潜ると直ぐ、肉体強化によって車程の速さで紅魔の森へと向かった。道中、黒狼の群れに2度接敵したが、難なく殲滅した。そして更に進むと、目的地の紅魔の森が見えてくる。
「凄い、この距離からでも見えるくらい木が高い。そして紅い」
走りながら眺めている糸成に、真矢が幼い子供を見るように優しく笑いながら説明する。
「魔界に自生する植物は、聖界とは全く異なるわ。東京スカイツリー程の木だってあるのよ? あんなので毎回驚いてたら、驚き過ぎでそのうち死んじゃうわよ?」
そこへ、真矢の説明を聴いていた界斗がニヤニヤしながら笑う。
「真矢だって初めて魔界に来たとき、散々驚いてたじゃねぇか」
「うっさいわねぇ! あんたこそ、初めての魔獣戦でちびりそうになってたくせに!」
「何おう!」
すると、真矢と界斗は兄妹喧嘩のような言い合いを始めた。そんな2人を見て、糸成は微笑ましく思い笑顔を見せる。




