第4話 奇術の世界
糸成の修行が始まり2ヶ月後、早朝。服部邸中庭。
「今日から、聖気修行のセカンドステップに入る」
「おぉ! やっとだ!」
糸成は飛び跳ねて喜ぶ。
「ファーストステップで、聖気を身体で感じることが出来るようになったはずだ。よって、次は俺が注入する聖気を操り、自分の身体の隅々まで行き届かせる修行だ」
これまでどおり上着を脱ぎ、目を閉じて座禅した糸成へ、雷蔵が聖気を注入する。
「いいか糸成、背中に感じる聖気を胴から四肢、指先に至るまで満遍なく広げていくんだ」
糸成は感じていた。今まで背中で感じていた温かさが、少しずつ全身に行き届いて行く感覚を。一方で、雷蔵は糸成の中に聖気ではない何かがあることを、第1段階の聖気感知訓練で感じていた。それが、第2段階であるこの聖気操作訓練で疑惑から確信へと変わる。しかし、彼は何も言わなかった。
数時間後。
「よし、今日の聖気操作訓練はここまで! 今日から午後は、体術訓練をやるぞ。山登りは卒業だ。転哉は、糸成に狩を通して忍者の歩法、気配断ちを教えていた。よって、戦闘訓練メインで鍛える!」
雷蔵は不気味な笑みを見せ、糸成に伊賀流古武術を教えた。内容は一般的な無手戦闘術、苦無や日本刀といった基本的な武器の扱い方だ。
一通りのことを学んだ頃。服部邸の道場では、糸成の悲鳴がこだましていた。
無手戦闘術訓練中。
「それそれ! いつからお前はサンドバッグになったんだ〜?」
雷蔵は、笑顔で糸成をボコボコに殴り倒す。
「うがぁぁ! おじさん楽しんでるだろぉ!」
糸成は文句を垂れながら、必死に食らい付く。
剣術訓練中。
「それそれ! ちゃんと受けないと切れちゃうぞ〜?」
雷蔵が笑顔で斬り掛かる。
「ギャー! いきなり真剣で打ち合いする馬鹿がいるかぁー!」
泣き叫ぶ糸成を見た雷蔵は、楽しそうに笑う。
「真剣でやらなきゃ、緊張感出ねぇだろ? ハッハッハッ!」
訓練終了後。糸成の顔は大量のあざでパンパンに膨れ、足は産まれたての子鹿の様にプルプルと震えていた。
「おじさんがこんなにスパルタだったなんて知らなかった・・・・。あれは、悪魔だ・・・・」
この後数か月、糸成は山登りが遊びに思える程の地獄を味わい続けることとなる。
修行が戦闘訓練に入り、暫く経った頃。組み手や打ち合いの音が、服部邸の道場に響く。道場から、糸成の情けない声は消えていた。
「だいぶ受け流せるようになったなぁ」
「お陰様でね!」
糸成が得意げに言う。すると。
「じゃあ、ギア上げてくぞ!」
雷蔵が動きの速度を上げる。
「ギャー!」
・・・・まだ、声は消えていなかった。
聖気操作訓練のセカンドステップに入り、2ヶ月ほど経ったある日の朝。服部邸中庭。
「今日は、服脱がなくていいの?」
糸成が不思議そうに尋ねた。
「あぁ。今日は、聖気操作訓練のサードステップ。自分の聖気だけで、聖気操作を行うんだ。気付いてると思うが、今まで俺が糸成に流していた聖気の温かさを、腹の辺りに感じているはずだ。それを全身に広げられれば、聖気操作はマスターしたことになる」
頷いた糸成は、目を閉じ座禅すると深呼吸をして集中する。腹の内側にある温かさを、血管を通して筋肉、筋へ。細胞1つ1つを感じ、意識を全身へ分散していく。鳥の囀り、身体に当たる風、大地の感触。糸成は、自然と1つになったような感覚を覚える。糸成自身の聖気が、全身に満遍なく流れた。
「どうやら、問題なく出来たようだな」
雷蔵が声を掛けると、糸成はゆっくりと眼を開く。
「まるで、神様にでもなった気分だ。今なら、何でもできそうな気がする」
「ようこそ、奇術の世界へ」
雷蔵が言ってくれたその言葉が、糸成はとても嬉しかった。
翌日、影ヶ岳山頂。
「ウォォー! 死ぬぅー!」
「いや〜あったかいねぇ〜」
極寒の吹雪の中、断崖絶壁の崖縁。糸成は上裸、右手2本指で逆立ち腕立て伏せをさせられていた。聖気で肉体強化を行いながら、身体の周囲を温め雪を解かす程の聖気を放出する。雷蔵が考案した聖気操作強化訓練。その名も、“人間暖炉”である。
肉体強化とは、身体の内側を聖気で満たすことで、皮膚は鎧のように硬くなり、身体能力を一般人とは比べられない程上昇させる技術である。奇術師の戦闘において、肉体強化は基本中の基本。よって、肉体強化と同時にいかに体外へ大量の聖気を放出出来るかが、戦闘の雌雄を決する。
「キィー! おじさんも聖気使えば良いじゃん! 何でそんな厚着してんだよ!」
糸成は、プルプルと震えながら腕立てを続ける。
「これは、糸成の聖気出力と総量の強化が目的だからね〜。それに、こんな訓練やったら疲れちゃうしぃ〜」
雷蔵が、ジャケットのポケットからみかんを取り出す。
「人を暖にしてみかんを食うなぁー‼︎」




