第3話 始まり
糸成が目覚めた翌日。服部邸のある部屋。
「それでは〜。まずは座学ぅ~。奇術について、基本的な知識を付けてもらう!」
雷蔵が、気の抜けた声で授業を始める。こうして、糸成の修行は地味な幕開けとなった。
奇跡の術、奇術。それは、聖界に住む生物の生命力である“聖気”を自在に操り、あらゆる超常現象を起こす術。その存在は紀元前から確認されており、世界各地で姿形を変え、各流派となって継承されている。科学の発展に伴い、奇跡の学問である“奇学”も発展し、様々な術式が研究、開発、改良が行われてきた。
奇術を扱う為の“聖気操作”習得の手段は、主に2つである。1つ目は、長年の精神統一や瞑想を経て、己の聖気の存在を自力で認知すること。もう1つは、奇術師による聖気の注入により聖気を感知し、操ることである。
聖気の総量は長い年月を掛け、鍛錬で増量していく。例外として、先天的に聖気が多い者や、天性の感覚により生まれつき奇術を扱える者が存在する。
「何となくわかったか?」
「要するに、僕も頑張れば漫画みたいな技を使えるってわけね!」
「そうっ! まぁ努力次第だけどな〜。これから、2つ目に説明した聖気注入による聖気感知と操作を3段階、約半年掛けて行う」
ワクワクしていた糸成は、一気に項垂れた。
「半年ぃ⁈ 長ぁ!」
「そんな簡単に、奇跡の術が使えるようになるわけないだろぉ? さぁ、まずはファーストステップ。聖気を肌で感じるところから!」
中庭に出ると、上着を脱いで坐禅した糸成の背中に、雷蔵が両手を当てる。
「じゃあ、流すぞ?」
糸成は背中に触れる雷蔵の手から、じんわりと体内に入ってくる温かさを感じる。
「これが、聖気・・・・」
目を閉じた糸成が呟く。それは、今まで感じたことのない新しい感覚だった。その後、雷蔵による聖気注入は1時間程続く。
「よし、今日はここまで! じゃあ、これ持って?」
雷蔵は短弓と矢を手渡し、岳を指差す。
「あそこに見える、影ヶ岳の山頂。そこまで走って、帰りに今晩の夕食獲って来て?」
「へぇ?」
糸成は情けない声を出し、困惑する。
「糸成は、狩でそこら辺の中学生より体力がある。でも、奇術師になるには全っ然足りない。よって、山登りで体力強化! 帰り道で夕飯確保という、一石二鳥の修行でぇ〜す! さぁ、行った行った」
雷蔵が、糸成の背中を強く叩く。
「美味い食材、期待してるよぉ〜」
標高2500メートルはありそうな山を見て、糸成の顔は彼の人生で1番の引き攣りを見せた。
22時過ぎ。葉っぱや木の枝を身体に引っ付け、ボロ雑巾のようになった糸成が猪と共に帰って来た。
「あの山、山道無いじゃん!」
糸成が雷蔵にキレる。
「そりゃぁ、そんなものがあったら修行にならないからなぁ! お、今日は猪料理か。楽しみだなぁ〜」
雷蔵は笑顔で答えた。
「とりあえず、風呂入ってきな」
そう言って、雷蔵は母屋へと戻って行く。
「僕、風呂の場所まだ知らないんだけどぉ」
糸成が、不服そうな態度で屋敷へ入る。すると、後ろから女性の声がした。
「では、私がご案内致します」
女性の気配が全くしなかったことに驚きながら、糸成が勢い良く声の聞こえたほうへ振り返る。
「どうぞこちらへ」
四脚門の影に立っていた綺麗な顔立ちで和服を着た若い女性は、糸成を風呂へと案内した。
風呂を上がると、食卓に猪料理がずらりと並んでいる。糸成が、先に座っていた雷蔵へニヤニヤしながら尋ねる。
「ねぇおじさん。さっきの美人な女の人は誰? おじさん、奥さんいたの?」
「あぁ、あいつは椿。女中だよ。糸成の看病も、椿がしたんだ。後で礼言っとけよ?」
そう言うと、雷蔵は夕食を食べ始めた。浮ついた話を期待していた為少し残念がった糸成であったが、山登りでヘロヘロだったこともあり、手を合わせると遅れて食事へ喰らい付く。夕食後、椿へ御礼を伝え自室へ戻ると、糸成は気絶するように布団で眠りについた。このような生活が、休みなく続く。
ある日の夕食時。糸成はふと思った疑問を、雷蔵へ尋ねた。
「おじさんは、父さん母さんとどういう関係だったの?」
糸成の質問に、雷蔵が口に入れた食事を飲み込むと、懐かしむように話始める。
「10代の頃、俺達は同じチームだった。幾つもの任務で、寝食と死戦を共にした。戦友であり親友さ。結衣は凄腕の結界術師、転哉は日本一の転移術師だった」
「父さんと母さんのこと、もっと知りたい」
両親の奇術師としての過去を知りたがる糸成に、雷蔵は若い頃の話を語って聴かせた。




