第33話 遅い援軍
戦闘開始から20分。界斗が、アメリカチームの合流の遅さに違和感を覚える。周囲の結界に目を向けたときだった。チョウが、界斗へ一気に距離を詰める。
「しまった!」
「戦闘中に考えごとか? 余裕だなぁ!」
『フレイムインパクト!』
界斗は自身の前へ咄嗟に『断隔』を張ったが、チョウの直撃の一振りに結界は耐えられなかった。チョウの一撃は、『断隔』に触れると刃先が爆発を起こす。斧はガラスが割れるような音を出しながら結界を砕き、界斗の左肩から右下腹部まで深く切り裂いた。チョウが斧を降り下ろしきったとき。
『二重結界 二影!』
口から血を流し後ろへ倒れながら、界斗が咄嗟に発動する。チョウの目が眩み、動きが止まった瞬間。背中側の右肩に矢が刺さる。
「爆ぜなさい」
『刹火の矢!』
直撃を受けたチョウは、数十メートル吹き飛ばされた。真矢は、急いで倒れた界斗の元へ走る。
「界斗! だいじょ・・・・」
界斗の酷い姿に、真矢は言葉を失う。界斗の体は、斬られた側から高熱の炎で焼かれ、傷は塞がっていたが身体の正面が焼け爛れていた。刃は肺まで届き、界斗は呼吸の度に喀血する。真矢が膝を着き、界斗を起こそうと弓を置いたとき。右腕を失い半身が焼けた状態のチョウが、獲物を追うチーターに迫る速さで戻って来る。咄嗟に弓を持ち、矢を射ろうとした真矢だったが、チョウのほうが一足早かった。
「遅ぇよ!」
真矢の懐へ入ったチョウが、腹を左から右へ切り裂き、焼く。
「クッ・・・・ソ・・・・」
真矢は倒れた。
その頃、糸成は手の皮膚を黒くひび割れるまで焼かれ、消耗していた。糸成は、何度かリンに触れることが出来ていたが、やはり痺れた手で『緋掌』を放つことは出来ていなかった。これ以上の戦闘継続は困難だと判断した糸成は、覚悟を決める。焼け焦げた手を合掌すると、そのままリンへ向かって突き進む。
「なんだぁ? 触れるのは諦めたかぁ?」
「だから、英語わかんないって!」
リンの大振りになった右ストレートを、身体を回転させることで全身で『螺旋白刃流し』を繰り出し寸前で躱した糸成は、懐へ入り込む。そして合掌していた手を少し離すと、両手の間に赤核が現れる。
「一緒に吹き飛ぼうぜ?」
『紅花火』
糸成が仮面の下でニヤリと笑みを見せた。紅色の閃光が糸成とリンを包み込む。痺れた手では即座に赤核を作れないと判断した糸成は、両手で時間を掛けて聖魔融合を行った。初めて両手で融合し、普段よりも高圧縮された赤核は、大きなクレーターを作る程の大爆発を起こす。
爆発音と衝撃波が届いたとき。倒れた真矢へ、チョウがよろめきながら近づく。
「やってくれたなぁ小娘ぇ! てめぇから先に、ぶっ殺してやるよォ!」
倒れた真矢の首へ、斧を振り下ろそうとしたとき。チョウの瞬きの間に、右腕が光の刃に切り落とされた。
「なっ! てめぇは! ・・・・笑う祭司!」
真矢の前には、右手に上部から光の刃が出た鉄製の十字架を剣の柄のように握り、骸骨の仮面を被ったブレアが立っていた。
「やっぱり、私に仲間を見捨てるのは無理ね。咄嗟に身体が動いちゃったわ。マイケル! 直ぐに2人を治療して! ・・・・おっと。動かないことね、チョウ。私の性格、よ〜く知ってるでしょ?」
切先をチョウへ向け、優しい声色で忠告する。
笑う祭司。ブレアに付けられた2つ名である。戦場で笑いながら、舞うように剣を振るう姿からそう名付けられた。戦うことを好み、敵を容赦なく斬り刻む。その狂気に満ちた戦闘は、味方にも恐れられる。
しかし、今日のブレアは笑っていなかった。本来、彼女は仲間思いな女性である。若かりし頃、元孤児であった彼女には感情表現が少なく、任務をひたすら寡黙にこなす仕事人だった。そんな彼女へ、1人のチームメイトの男が“笑った顔のほうが可愛い”と彼女へ言った。男へ徐々に心を許していった彼女は、感情を取り戻し始める。しかし、その男と結婚の約束をした後の任務で、彼女の目の前で男は戦死した。男の最期の言葉は、“君の笑顔を愛している”。その日から、彼女の中で何かが壊れてしまった。笑顔を絶やさなくなった彼女は、とうとう戦場でも笑い始める。男のことを想い、仲間のことを思い、助けるときも殺すときも笑い続けた。
そんな彼女だったが、今日の仮面の下は笑うどころか、悲しみの表情を見せていた。“仲間を見捨てよ”という任務に、彼女は心を押し殺し耐えてきた。糸成の手がボロボロになったとき、界斗と真矢が斬られたとき、マイケルやステファンが飛び出そうとするのを何度も止めた。任務の為、国の為、彼等を見捨てなければならない。しかし、傷付き倒れた界斗と真矢を前に、目の前で死んだ婚約者の姿が脳裏に浮かぶ。そして、気が付いたときには真矢を助けていた。任務に忠実な彼女が、初めて私情を優先した。そのことに、彼女自身も驚く。
チョウがブレアの隙を見て逃走しようとするが、ブレアはチョウの体重移動よりも速く、両足を切り落として動きを封じた。
「ステファン! チョウの拘束、急いで! 私は糸成のほうを見てくるわ」
界斗と真矢に駆け寄ったマイケルが、ロングネックレスの十字架を握り、目を瞑ると祈る。
『アースヒーリング』
上級術師であるマイケルの治癒術式によって、界斗は一命を取り留め、界斗ほど深くなかった真矢の傷は完全に癒えた。
糸成を探しに行ったブレアだったが、その光景に絶句する。木々は根ごと吹き飛び、爆心地の土は高熱によりガラス化していた。灰の中を探していると、爆心地から数十メートル離れたところで正面が黒焦げになったリンを見つける。
「ギリギリだけど、まだ息はあるわね」
リンの横でしゃがんだブレアはそう言うと、糸成がリンの下に埋もれているのに気付く。リンを退かすと、手だけ焼け焦げた糸成が気を失っていた。糸成は、『紅花火』を繰り出す直前に咄嗟にリンの背後へ回り込み盾とすることで、爆発の直撃を免れていたのだ。しかし、爆発の威力にリンと共に吹き飛ばされ、気を失った。仮面の外れかけた糸成の顔を見て、ブレアは優しく温かい目つきで呟く。
「糸成。あなたは、大物になりそうね」




