第29話 一本の動画
14時。渋谷スクランブル交差点。
爆発音と北の空に上がる煙を、歩行者は足を止め唯々眺めていた。
「何々? 爆発?」
「明治神宮のほうからじゃない?」
少しすると、交差点の北から悲鳴が聞こえ始める。そして。
「魔獣だ! 魔獣が出たぞ!」
1人の男性が声を荒げた。歩行者は、逃げる者、一目見ようとする者。カメラを向ける者と、それぞれの反応を見せる。しかし、平和慣れしていた日本国民の多くは、スマホを片手に見物しようと足を止める者が大半であった。
「嘘! 魔獣⁉︎ マジ?」
「今、緊急で動画を回してるんですけど・・・・」
「え〜超見たいんですけど〜」
そこへ、全長30メートル程の黒く大きな蜘蛛が、神宮通りを南下して歩いて来た。そして、交差点の最前列で写真を撮っていた歩行者を1人、上半身を食い千切る。交差点は静まり返り、バキバキと音を立てる蜘蛛の咀嚼音が響く。そして、残された下半身が倒れると同時に、歩行者はパニックを起こした。皆が逃げ惑い、悲鳴を上げ、助けを乞う。そんな中、野次馬の最前列にいた1人の女性が躓き転んだ。
「痛て・・・・」
倒れた上半身を起こした女性に、大きな影が掛かる。背後に気配を感じ、振り返った女性の目の前に大蜘蛛は立っていた。
「え? い、嫌・・・・助け・・・・」
醜悪な大土蜘蛛の姿を見て、女性は尻もちを着き恐怖で動けなかった。ゆっくりと、大蜘蛛が涎を垂らしながら顔を近づけたそのとき。女性の足元のアスファルトに、柄の赤い苦無が刺さる。
『影狼』
女性と大土蜘蛛の間に現れた糸成は、女性を庇う体勢をとりながら、噛みつこうとしていた大土蜘蛛の頭部へ触れた。
『緋掌』
緋色の閃光と共に、大土蜘蛛の頭は消し飛ぶ。重い大土蜘蛛の巨躯は、重量感のある音を立ててアスファルトに崩れ落ちた。振り返った糸成は、女性へ声を掛ける。
「お姉さん、大丈夫ですか? 歩けますか?」
恐怖で言葉が出なかった女性は震え、涙を滲ませながら小さく頷く。その答えに糸成は安堵し、指示を出す。
「良かった。では、直ぐに安全な場所へ避難して下さい。警察が誘導しているはずです」
すると、真矢と界斗が1本の信号柱に飛び降りた。
「糸成! 間に合ったみたいね。じゃあ、さっさと次行くわよ!」
真矢と界斗は、魔獣の気配のする方角へと其々跳んだ。
「うん! 今行く!」
返事をすると、糸成も明治神宮方面から神宮通りを通って来る土蜘蛛の群れを撃退するため、跳ぶ。
「ちょっ、待って・・・・」
女性は、糸成を引き止めようと手を伸ばしたが、糸成は既に跳び去り魔獣へと向かって行く。そんな糸成の背中へ、女性は小さく御礼を言った。
「ありがとう」
明治神宮襲撃から30分後。
駆け付けた奇術師達により明治神宮の門は閉ざされ、さらに15分後には門から出た全ての魔獣が討伐された。
今回の襲撃により、奇術師3名、一般人26名が犠牲となった。1名の襲撃してきた奇術師を拘束し、後の尋問で今回の襲撃者はアンノウンだと判明する。プティ共和国へ特権術師である雷蔵を派遣し、防衛戦力が低下した日本を狙った襲撃であった。しかし、奇術師達の迅速な対応により、東京が第2のシエルとなることは免れた。だが、一般人の犠牲者26名という数字は、魔獣や奇術師関連のネタが欲しかったメディアにとって、またとない甘い蜜であった。メディアはこの事件を“渋谷事件”と命名し、こぞって魔獣の脅威を取り上げる。魔獣とは何なのか、奇術師とは何者か、果たして国は国民を本当に守ってくれるのか。国の国防力への疑惑と、国民の不安を煽る記事が数多く出た。しかし、その悪い流れは1本の動画で直ぐ変わることとなる。
渋谷事件から数日、ネットへ投稿されたある動画が話題を集める。それは、たまたま渋谷へ居合わせた有名動画投稿者が投稿したLIVE配信のアーカイブ動画である。その映像には、躓き倒れた女性へ巨大な蜘蛛が襲おうとした瞬間、1人の狼の仮面を被った男が突如現れ、女性を庇いながら緋色の閃光と共に蜘蛛を倒す姿が映っていた。コメント欄には、様々な言語で書き込みがされた。
「魔獣怖い! めっちゃでか!」
「AI生成じゃね?」
「何も無いところから突然現れた!」
「スロー再生にしても、何をしたか分からなかった」
「あんなに大きな蜘蛛を一撃で倒した!」
シエル壊滅時の詳細な映像は、数が少なかった。殆どの住民が、逃げる間もなく魔獣によって殺された為である。また、現在プティ共和国では住民の避難が進んでいるため、戦場の高高度を飛ぶ取材ヘリしかメディアはカメラを向けられなかった。その為、魔獣と奇術師の戦闘が至近距離で鮮明に撮られた動画は貴重だった。全世界がこの動画に注目し、動画と共にある1つのハッシュタグが話題となる。それが、“緋色の奇術師”。緋色の閃光と共に一瞬で魔獣を屠る、狼の仮面を被った奇術師。そのインパクトに、メディアはすぐさま食い付く。今まで存在を隠されてきた奇術師が、1人の女性を魔獣から護った。奇術師は、正義の味方として大々的に報道された。




