第28話 渋谷事件
糸成が幾つか任務をこなしながら修行をすること、早2ヶ月。
糸成は、その日も任務へ出た。新幹線の座席に座り、駅弁を食べながら窓から見える東京の街を観て、ウキウキな糸成が話す。
「僕、昼間の東京観るの初めてなんだ! 夜景も夜とは思えないくらい明るくて凄かったけど、昼間の東京は都会って感じだね! 任務終わりに、ちょっと観光出来たりしないかなぁ?」
「前回行ったときは、夜中だったもんね。私も、渋谷で買い物とかしたいかも。界斗は? 行きたいところとかないの?」
サンドイッチを食べながら、スマホでファッションサイトをスクロールする真矢も、東京観光に興味を示す。聞かれた界斗も、駅弁を食べながら記憶を辿る。
「俺か? そうだなぁ。あっ! 前にテレビで観た、表参道のアクセサリーショップを観てみてぇな。じゃあ、サクッと終わらせて観光するか!」
「決まりね」
3人は、束の間の移動時間を楽しんだ。
11時。大狼糸成、射場真矢、結野界斗3名、ホテルニューオータニ東京現着。
3人は政治家の親睦会が行われる鶴の間で、会場の下見と他の召集された2チーム、30代前半で紺色のスーツが似合う男の御庭番奇術師1人と顔合わせを行った。
「あなた達が、服部先輩の弟子達ですね? 先輩から、あなた達の自慢話をよく聴いています。私は、御庭番筆頭の古屋です。宜しくお願いします」
3人はそれぞれ名乗り、挨拶をすると古屋が任務の詳細を説明する。
今回の任務は東京都千代田区、ホテルニューオータニ東京にて行われる与党が主催するパーティーの警護。高嶺首相も出席する為、会場内部の警護は御庭番が担当。会場外のホテル全域、ホテル外の周囲警戒を複数の奇術師チームで固める。3人は、その周辺警戒部隊となる。
「では、ホテル外の警戒はあなた達に任せます。無線の周波数は173。くれぐれも、一般人の目には入らないように。私達の存在が世間に知られた今、目立つ行動は国民の不安を煽ります。これまでどおり、隠密行動で国民を護る。それが私達の仕事です。私からは以上です。配置に着いて下さい。」
3人は仮面と骨伝導型無線機を右耳に着け、ホテルの屋上へと向かった。道中。
「僕達以外に2チームもホテル内の警戒に術師を使うなんて、多過ぎるんじゃない? 御庭番も居るのに」
糸成の言うとおり、唯の政治家親睦会の護衛にしては過剰戦力である。
「今日の来場客リストを見たが、高嶺総理を始め各省大臣も多数参加するからな。そこを襲撃されて、政治家が全滅なんてしたら日本が傾きかねねぇ。シエルの一件が、政治家は相当怖いんだろ」
界斗の考察は正しく、プティ共和国首都陥落を受け、政治家達の考えは慎重だった。
屋上に着くと、この前と同じく界斗が聖気探知を行い敵奇術師を警戒。糸成と真矢の2人は、屋上から目視による周囲の監視を行った。
「うっわ〜! 観てよ2人共! めっちゃ綺麗な日本庭園だよ!」
「まったく。はしゃぎ過ぎよ、糸成。まだ観光じゃないのよ?」
目を輝かせ、動物園で初めて動物を観る無邪気な幼児の様にホテルに併設された日本庭園を観る糸成を、真矢と界斗は微笑ましく思い笑った。
11時30分。
続々と、ホテルへ政治家とその関係者が集まって来る。
「ねえねえ、政治家ってこんなに沢山いるの? 今日来るの、与党の人だけなんでしょ?」
余りにも多い人の気配に、糸成が疑問に思う。それに、界斗が答えた。
「親睦会なんて言ってはいるが、実質は政治資金パーティーだろ。政治家以外の、金を出してくれる奴等も集まるんだ。政治家は金の為、金持ちは自分の為に。こうやって、社会は回ってんのさ」
「私、あいつら嫌いなのよね」
真矢が嫌悪する目つきで、来場者を見下ろした。
「なんで?」
「直接関われば、そのうち分かるわよ」
そう言うと、真矢は監視へと戻る。その言葉の意味が分からなかった糸成は、来客達を見下ろしながら首を傾げた。
12時。親睦会開始。
「2人共、始まったわ。気を引き締めていきましょう」
「了解。今のところ、怪しい聖気は感じられない。そっちはどうだ?」
「こっちも怪しい気配は無いよ〜。殺気も感じないし」
警護任務は、順調に進む。
14時。
「暇ね〜。先生は今頃、プティの最前線かしら。」
膝を抱えながらしゃがみ、周囲を監視しする真矢が言った。
「良いじゃん。僕らが暇を持て余すってことは、日本が平和な証なんだから」
糸成は、眩しい太陽光を手で遮りながら監視を続ける。そんなときだった。突然、爆発音が東京の街に鳴り響く。
「界斗! 西、約3キロ先に爆煙!」
「わかった!」
真矢の報告で、界斗は直ぐに探知範囲を広げると、古屋に連絡を取った。
「こちら、ホテル周囲警戒班結野。ホテルから、西に約3キロ先に爆煙確認。戦闘中と思われる複数の聖気を探知。指示を求めます」
「古屋了解。引き続き周囲警戒を続行。こちらで奇術省へ確認します」
古屋は、直ぐに奇術省へと連絡を取った。3人は、臨戦態勢で周囲を警戒する。
5分後。古屋からの無線が鳴った。
「こちら古屋です。現在、明治神宮の門が所属不明の術師集団による攻撃を受けた模様。門が開門され、魔獣が複数体渋谷方面へ向かったとのことです。現場に最も近い私達の中から、増援を送ることとします。よって、周囲警戒班は渋谷へ急行し、魔獣から民間人を守ってください。残りの2班で、ホテルの周囲を警戒。会場は私達、御庭番が死守します」
指示の後、1人の政治家の声を古屋のマイクが拾う。
「いかん! いかんぞ古屋! ここへ、魔獣が来たらどうするつもりだ!儂等は選ばれた人間! そこら辺のどうでもいい平民とは違うんだぞ!」
無線を聴いていた糸成は、その言動に耳を疑った。
「こいつ、何言ってるだ?」
血走った目で顳顬に血管を浮き立たせると、拳を握りしめ怒りを露わにした。そんな糸成の左肩に、真矢が落ち着けと右手を乗せる。
「あいつらは、常に自分のことしか考えない。だから私は、あいつらのことが嫌いなのよ」
真矢の冷めた目を見て、2時間半前に言われた言葉を糸成は身を持って思い知る。1人でも多くの人間を助ける。それを志し、頑張ってきた糸成はその政治家に嫌悪感を抱いた。しかし、古屋の声で我に返る。
「矢部議員。私達は奇術師です。その役目は、身を挺して国民を護ること。そこに、命の格差など有りません。貴方が“選ばれた人間”であると言うのであれば、直接前線へ出て手の足りていない私達の手助けをして頂けませんか? それが、私の考える“選ばれた人間”の取る行動だと考えますが?」
古屋の鋭い眼光に怯み、矢部は何も言い返せなかった。
「周囲警戒班は、渋谷で1人でも多くの命を救って下さい。健闘を祈ります」
「了解!」
古屋の指示に3人は声を揃え、渋谷へと向かう。




