第24話 師の師
尋問内容を話した雷蔵が、新たな情報を糸成へ伝える。
「奇術省の尋問の後、俺は個人的な尋問をした。“顔に傷がある上級以上の術師はいるか?”と。すると奴等は、“いる”と答えた。コードネームは、“怨狼”だそうだ」
それを聴いた糸成は、怨狼を倒すことを目標にする。両親の仇。違っても、世界に不安をもたらす悪。どちらであっても、糸成の敵に変わりなかった。しかし、相手は上級術師の両親を倒した男。それ以上の実力を身に付けなければ、挑む権利すらない。そして今回の任務で、糸成は対奇術師戦の経験が余りにも少なく、自分の未熟さをアベルとの戦闘で思い知らされた。アベルは、殺そうと思えばいつでも自分を殺せた。甚振り楽しんでいた余裕に、偶然活路を見出せた。雷蔵は、アベルを脅威として見ていなかった。自分は、まだそのレベルに達していない。糸成の答えはシンプルだった。もっと強くならなければならない。その為に何をするべきか、誰に教えを乞うべきか。適任の人物が今、目の前にいる。
「おじさん、この後暇?」
「いや、寝るけ・・・・」
「修行をつけて欲しい」
「いや、だから寝るっ・・・・」
「今回の任務で、僕はアベルって奴相手に近接戦が全く通用しなかった。遠距離攻撃が使えなかったら、多分僕は死んでた。だから、もっと強くならないと」
静かに、しかし力強く燃える糸成の瞳を見つめた雷蔵は、ため息を吐いた。
「ハァ。糸成、お前師匠使いが荒いぞ? まったく。誰に似たんだか」
2人は道場へと向かう。糸成は道中で、自身の『緋掌』の詳細を雷蔵に話した。話を聴いた雷蔵は、道場に着くと刀を抜く。
「糸成。今から、俺に『緋掌』を当てるつもりで全力で掛かって来い。今のお前の力を見せてみろ」
「分かった。じゃあ、行くよ!」
右手に苦無を持ち、構えた糸成は雷蔵に切り掛かる。雷蔵はそれを軽く往なす。全く隙のない雷蔵に、糸成は『影狼』を駆使して必死に手を伸ばして触れようとした。しかし、全く手は届かない。
「よし。大体分かった。俺の修行は此処までだ」
雷蔵は組み手を止めた。
「何で! まだ全然触れられてないし、何にも・・・・」
焦る糸成を、雷蔵が宥める。
「部屋で、数日出掛ける準備をしとけ。俺はやることがある」
そう言うと、雷蔵は自室へ戻って行く。糸成には、雷蔵が何を考えているのか全く分からなかったが、言われたとおりに部屋で荷支度をする。
10分後。雷蔵が糸成の部屋の扉をノックする。扉を開けた糸成に、雷蔵は手紙と地図を渡した。
「その地図に示した場所で、無門直人と言う爺さんにこの手紙を渡すんだ。その爺さんが、糸成の悩みを解決してくれる。んじゃ、俺は寝る!」
雷蔵は、あくびをしながら自室へ戻って行った。糸成は早速、荷物を持ち里の地図に描かれた場所へと向う。里の川沿いに進むと、大きな屋敷に辿り着いた。
「おじさんの家もそうだけど、この里立派な屋敷が多いなぁ。・・・・此処で合ってるよな?」
糸成は再度地図を確認し、屋敷の四脚門を叩く。
「ごめんくださ〜い。無門直人さんはいらっしゃいますでしょうか〜?」
少し待つと、門が開き中から目つきの鋭い、小柄だが立ち姿に芯のある白い口髭をたくわえた白髪の老人が出てきた。
「儂が、無門直人だ。何用だ? 見かけん顔だな、何処の家の者だ?」
直人から唯ならぬ雰囲気を感じ取った糸成は、少し緊張しながら挨拶をする。
「初めまして。大狼糸成と言います。おじ、服部雷蔵から無門直人さんを訪ねて、これを渡せと言われて来ました」
糸成は、雷蔵から貰った手紙を直人へ渡す。雷蔵の名前に反応した直人は、手紙の封を開けその場で読み始めた。読み終えると、深いため息を吐く。
「はぁ。あのクソガキ、儂を何だと思っとる。こき使いよって。・・・・小僧、お主が転哉の息子だな? 転哉と雷蔵は、儂の弟子だった。弟子の弟子をみてやるのも、師匠の勤めか。まぁ上がれ。小僧に罪はない。雷蔵は、後で締め上げるがなぁ」
直人の怒りの籠った表情に、糸成は苦笑いをする。糸成は直人に案内され、屋敷の中へ入って行く。母屋に行くまでに、道場が見えた。そこでは、十数人の子供達が伊賀流古武術の稽古をしていた。客間へ案内されると。
「此処が小僧、お主が暫く寝る場所だ。好きに使え」
直人の言葉に、糸成は驚く。
「え⁈ 無門さんが僕の悩みを解決してくれるとは聴いてましたけど、泊まるんですか?」
「何だ? 聴いてないのか? 無手で武器に対抗する為、儂の無門流を学びに来たのだろう? 数日で習得出来るわけなかろう。それから、これから儂のことは無門師匠と呼ぶように」
荷物を置いた糸成と直人は、早速裏庭へと向かった。そこで、2人は伊賀流古武術の組み手をする。暫く行うと、直人は手を止めた。
「どうやら、あのクソガキはちゃんと基礎を叩き込んだようだな。それも徹底的に。小僧! 合格だ」
息を切らした糸成が聞く。
「合格? 何がですか?」
「儂はなぁ、この道場でこの里の子供達に伊賀流古武術を教えとる。そして、近接主体の術師を目指し希望する者には、無手武術“無門流”を授ける。今回のあのクソガキの頼みは、小僧の『緋掌』とか言う技を無門流に組み込めというものだ。やるからには、徹底的にやるぞ?」
ニヤリと笑みを見せると、直人は糸成を裏山の滝へと連れて行く。滝に着くと。
「見とれ」
一言そう言った直人は、滝の中央へ入って行った。激しい滝に打たれながら肩幅に足を開き、腰を落とす。両肘を曲げ、拳が両脇腹にくるまで肘を後ろへ引く。その構えから、鋭く全身の関節を回転させながら右拳を真上へ突いた。すると、滝から落ちる水は拳を中心に時計回りに螺旋模様を描きながら飛び散る。
「すっげぇ」
直人の術式を使わず肉体強化のみで繰り出された拳は、風圧を起こし降り注ぐ滝の水の流れを変えて見せた。これまで、糸成は伊賀流古武術を徹底的に雷蔵と椿に叩き込まれてきた。体術の基盤が出来ていた糸成に、直人は無門流の基本にして奥義を授けようとしていた。その名は、『螺旋拳』。全身のあらゆる関節を同時に回転させた捻り運動により、放たれる突きは通常のものよりも遥かに威力が勝る。
「これを習得してもらう。小僧! こっちへ来い。まずは滝に打たれながら脱力し、全身の関節を捻るのだ」
上着を脱いだ糸成は、直人の横で滝に打たれる。
「お願いします!」
「よう見とれよ?」
直人は、全身の関節を同時に内旋外旋、内転外転を行って見せる。その動きに、糸成は言葉が見つからなかった。そして、出たのが・・・・。
「それ・・・・真面目にやってます?」
直人の見せた、人間の関節可動域を極限まで追求された全身を脱力しながらウェーブさせるようなその動きは、あまりに奇怪、あまりに珍妙なものであった。真面目な直人の顔とその動きの乖離に、糸成は堪えられなかった。
「プッ」
糸成は目を逸らし笑う。
「何を笑っとるかぁ!」
直人が、糸成の脳天に拳骨をお見舞いした。
「うぉぉ・・・・」
糸成は、頭を抱えて悶える。直人が本気であると分かった糸成は、一緒に滝に打たれながら直人の動きを真似た。
「違う! もっとこうだ! 小僧! ふざけとるのか⁉︎」
「こうですか⁈」
「違う違う! こうだ!」
「こうですか⁈⁈」
「違う違う違う‼︎こうだー‼︎」
直人の声が、山にこだまする。日が暮れるとその日の修行は終わり、無門邸へと帰った。夕飯と風呂を終わらせ、後は寝るだけとなったとき。糸成は、客間で直人の動きを思い出しながら自主練習をした。そんな日々が、2週間続く。




