第15話 拷問?
糸成がコマンスマン村で目覚めた翌日。ツネは、糸成に魔術を教えた。ツネが糸成の治療に使用していた魔術は、ツネの魔気で外部から、糸成の魔気で内部からそれぞれ治癒させるものであった。今まで眠っていた糸成の魔気は、これにより強制的に目覚めさせられた。魔気の総量は聖気とは異なり、先天的に決まっている。本来、魔人は魔気を物心がつく頃から感じることができる。しかし、糸成の魔気は生まれ持った膨大な聖気に覆われ、これまで魔気を感じ取ることが出来ていなかった。だが、ツネの魔術による治療以来、魔気の片鱗を感じ取れるようになる。聖気操作を習得していた糸成にとって、類似した生命力である魔気の操作は容易であった。
『灯れ』
糸成の人差し指の指先から、蝋燭ほどの小さな火が灯る。
「凄い! 本当に、念じるだけで火が出た!」
術式、聖気を用いずに現象が発現したことに驚きつつ、初めての魔術に心が躍る。
ツネによる糸成の治療は、4ヶ月に及んだ。初日の治療で死の危機からは脱したものの、臓器の奥深くにまで入り込んだ幾つもの砕けた肋骨を完全に摘出する為には、ツネの高度な治癒魔術で少しずつ臓器と骨の破片を引き剥がす必要があると言う。
その為、最初の2ヶ月は絶対安静状態で、魔術を扱う訓練をした。最初はイメージトレーニング。どんな現象を、どう操りたいか。魔術は想像力が物を言う。よって、ツネが魔術で創り出した火や水、氷、風、土、雷を肌で感じることで、より鮮明にイメージできるようにする。
「ツネ婆ちゃん⁈ 絶対安静じゃないの⁈」
「そうじゃよ? だからぁ、こうしてお前さんを動けんようにしとるんさぁ」
そう言って、ツネは村外れの太さ1メートル程の木に、糸成を魔術の縄で括り付ける。すると、糸成の足元で焚き火を始めた。
「婆ちゃん⁈ これ熱いんだけど! めっちゃ熱いんだけど⁉︎」
ぐるぐると木に括り付けられた糸成は、全く動くことが出来ない。
「肉体強化しとったら、この程度で死にゃあせんわぁ。そぉれぇ、もっと火ぃを感じなさいなぁ」
ツネは、団扇で火を更に大きくする。
「ギャー‼」
糸成の悲鳴が、村にこだました。
翌日。
糸成は手足を縛られると、ツネの創り出した直径3メートル程の浮かぶ水球に閉じ込められた。
「ちょ! 婆ちゃん待っ・・・・◎△$♪×¥●&%#?!ゴポポ」
「そぉれそれぇ、今日は水ぅを感じなさいなぁ」
翌日は氷。再び木に括り付けた糸成に、雪山の様な吹雪を当て続ける。その次は風、土、雷とツネは糸成に肌で魔術を感じ取らせる為、ありとあらゆる魔術を、日を変えて浴びせ続けた。その、拷問とも言える訓練を笑顔でするツネに、糸成は雷蔵との修行を思い出す。そんな日々を繰り返して、2ヶ月はあっという間に過ぎ去った。
糸成が救助されて3ヶ月目。
糸成は、ツネの拷問?のお陰で、一般的な攻撃魔術を粗方使える様になっていた。村を襲って来た魔獣を何回か迎撃した糸成は、魔術と奇術の利点と欠点に気が付く。
現象を術式化した奇術は、魔術よりも大規模な現象を発現することが出来る。しかし、発現した現象の操作性は、想像して操ることが出来る魔術のほうが良い。そして、術式を経由しなければならない奇術に対し、魔術は思考するだけで素早く現象を発現出来る。だが、想像力で創り出す魔術は、戦闘中思考が纏まり辛く安定した現象を起こし難い。
「使い分けが難しいなぁ」
糸成が頭を掻きながら、ため息を吐く。本来、術式のみを使う奇術師は、自分の得意とする術式を見つけ、その出力向上と操作能力の向上に生涯を費やす。一方で、想像力で現象を発現する魔術は、大量の経験と知識が必要である。その為、魔人の長い寿命で蓄積されたそれらが魔術の出来を左右する。どちらも、糸成が極める為には研鑽あるのみだった。しかし、普通の奇術師、魔術師であれば、それのみを追求する。よって、この悩みは糸成のみが抱えるものである。
そんなある日の夜。ベッドで横になりながら、糸成がふと疑問に思う。
「聖気と魔気、2つを混ぜてみたらどうなるんだろう?」
純粋な好奇心だった。糸成は手のひらの上で、聖気と魔気を1対1の比率で混ぜてみる。すると、紅色に光った途端爆発し、ツネの家の天井が吹き飛んだ。その衝撃に驚いたツネが、糸成の使う部屋のカーテンを勢いよく開ける。
「何事だいぃ! 糸成ぁ、あんたぁ無事かいぃ?」
糸成を心配して、ツネが駆け寄った。爆煙を手で払いながら、糸成が返事をする。
「ゴホゴホ・・・・ごめん、婆ちゃん。僕は大丈夫」
そう言い苦笑いした糸成の顔は、煤で汚れ髪は焼け焦げて縮毛になっていた。実験に失敗したことを素直に話した糸成は、ツネにこっ酷く叱られた。叱り終わると、ツネは治癒魔術で糸成の髪を治し、土魔術の応用で屋根を元どおりに復元してみせる。その日以来、糸成は実験は決して屋内で行わないことを心に誓った。
糸成が救助されて、ちょうど4ヶ月が経った日。
「今日で、あんたの治療は終了だぁ。さぁ、さっさと帰りなぁ」
そう言って、ツネは糸成を杖で突き家から追い出す。いきなりのことに驚いた糸成だったが、糸成はこの日を待ち望んでいた。やっと聖界へ帰れる。やっと皆と会える。そんな感情が、表情に出る。
「相当嬉しいぃ様じゃのぉ」
「婆ちゃん! 4ヶ月、本当にお世話になりました! ありがとうございました。元気でね!」
糸成は元気良く言うと、深々と勢いよくお辞儀した。頭を上げると、ツネに満面の笑みを見せる。
「あぁ。元気でなぁ」
ツネは手を小さく振り、糸成が地平線に消えるまで見送った。そこへ、4ヶ月前に気を失った糸成を運んだ男が近寄って来る。
「婆さん。あんたの魔術だったら、あいつの怪我なんて1日で完治させられただろ? なんで、“4ヶ月も掛かる”なんて嘘ついたんだ?」
ツネは、糸成が向かって行った地平線を眺めながら、男の質問に少し寂しそうだが、どこか満足した様な声で答える。
「なぁにぃ、ちょっと孫の成長を見届けたかったぁだけさねぇ」
そう言うと、ツネは家の中へと入って行った。




