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緋色の奇術師  作者: オクヒロ
アンノウン編

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第14話 右眼の秘密

 雷蔵が、転哉と結衣の墓地へ頭を下げた頃。時は少し遡り、赤鬼から逃げおおせた糸成が気を失って数十分が経った頃。

糸成に2人の魔人が、1本の角が額から生え6本の脚を持つ“一角魔馬(いっかくまば)”に乗って近づいて来た。若い男の魔人が魔馬を降りてしゃがむと、糸成を指で突く。


「婆さん。これ、奇術師だよな? どうする?」


 老婆は魔馬に乗ったまま、倒れた糸成の右手首に着けた組紐を見つめる。


「連れて帰るよぉ。馬に乗せなさいなぁ」


「へいへい」


 男は面倒くさそうに言うと、糸成を魔馬の尻に乗せ、2人は魔人達の村へと帰って行った。村に着くと、男は糸成を老婆の家へと連れて行き、ベッドへ寝かせる。


「ご苦労じゃったねぇ」


 老婆は男を帰らせると、糸成の怪我を診た。


「こりゃあ、大仕事になりそうだねぇ」


 杖を構えて呪文を唱え始めた老婆は、魔術で糸成の治療を始める。緑色の優しい光が、糸成の身体を包み込む。


 魔術まじゅつ。それは、魔人が持つ生命力“魔気(まき)”を扱い、奇術と異なり術式を用いず、想像や呪文を唱えることで超常現象を起こす術である。魔術は、全ての魔人が幼い頃から使用しており、火起こしや水汲みなど、日常的に魔術を活用している。


 約1時間掛けて、老婆は糸成の怪我を安定させる。老婆はその後、定期的に治癒魔術を施し糸成が目覚めるまで見守った。


 1週間後。糸成が、ベッドで目覚める。


「知らない天井だ」


 糸成が呟く。それに気付き、老婆が仕切りのカーテンを開けて部屋へ入って来る。


「どうやら、目覚めたようだねぇ。体の調子はどうじゃ? 痛いところは無いかいぃ?」


 老婆が優しく聞いた。


「うん! あんなに全身痛かったのに、今はちっとも! お婆さんが治してくれたの?」


 糸成は、上半身を起こすと元気溌剌に答えた。


「あぁ。そうじゃ」


 そう答える老婆の瞳が、緋色であることに糸成が気付く。


「助けてくれてありがとう」


 糸成は頭を下げる。それに対し、老婆は笑顔で話す。


「良いんじゃよぉ。儂の名前はツネじゃ」


 頭を上げた糸成が尋ねる。


「此処はどこ? 僕を聖界まで運ぶの、大変だったでしょう?」


 現代日本では見かけない雰囲気の土と木で建てられた部屋の造りを、糸成がキョロキョロと眺める。


「此処は、魔界にあるコマンスマン村じゃ。儂は魔人じゃよぉ」


 “魔人”。その言葉を聞き、本当に人間と魔人が瓜二つであることに、糸成は驚く。そして、糸成は恐る恐る尋ねた。


「もしかして、魔人は皆目が緋色なの?」


 初めて見る魔人の目が、自分の右目と同じ色をしていることに、糸成は鳥肌を立てる。今まで、糸成は自分の目のことを転哉や結衣に幾ら聞いても、“突然変異”としか説明されなかった。幼い頃は、好奇心でよく訊ねていた。しかし、子どもながらに両親が何かを隠していることを、糸成は気付いていた。だが、気付いていないフリをしてきた。物分かりが良くなり始めてからは、一切目の話をしなくなる。いつも優しく、自分に愛情を注いでくれる両親の隠そうとしていることを知ることが、幸せな生活を壊してしまいそうで、糸成は猛烈に怖かった。自分の目と魔人の目の色が、偶然同じ。“偶然”。そう思いたかった。しかし、嫌な予感は的中する。


「あぁそうじゃ。魔人は皆、目が緋色をしとる。お前さんの右目と同じじゃ。お前さん、魔人の血ぃが半分入っとるようじゃあのぉ」


 ツネの言葉に、糸成は耳を疑った。


「ぼ、僕の半分が魔人? そんな・・・・な、何かの間違いだよ。だって、僕の両親は2人共人間だよ?」


 糸成は冷や汗をかき、苦笑いする。すると、ツネがローブの袖を(まく)り、右手首を見せた。そこには、糸成が着けていたものと同じ、緋色の組紐が巻かれていた。糸成はそれを凝視すると言葉を失い、自分の右手首に着けた組紐を肌で感じる。


「これはなぁ、この地方に生まれた子供達に着けられる、“緋の守り”と呼ばれとる組紐じゃ。親が産まれた子の為に、子の安寧を願って自分の魔気を込めて紐を組むんじゃ。あんたの組紐にも、確かぁに魔気が込められとるよぉ」


 糸成は、物心がついた頃から組紐を右手首に着けており、両親からは“御守りだから肌身離さず着けていなさい”と言われていた。衝撃の事実に、糸成は(うつむ)き震えた。ツネはそんな震える糸成の右手を手に取り、組紐を触る。


「18年程前のことじゃ」


 ツネは昔話を始めた。

 あるとき。村長の息子が若く美しい人間の女を、荒野で傷だらけで倒れているのを見つけて拾ってきた。村の魔人達は、村に人間を入れることを拒んだ。魔人は何千年も昔、聖界に住んでいた。しかし、数百年の時を生き、魔術を扱う魔人達を恐れた人間は、魔人を迫害し魔獣の生息する魔界へと追いやる。そんな過去を持つ魔人達は、日本と友好条約があるとはいえ、条約締結から数年しか経っていなかったこともあり、人間のことを良く思っていなかった。特に、田舎の村はその思想が根強い。だが、村長の息子は皆の反対を押し切って女を介抱した。

 女は奇術師だった。仲間に裏切られ、逃げて来たところを救われたと言う。行く宛のない女を、村長の息子は自分の家に住まわせた。そしていつしか2人は恋に落ち、女は1人の子を授かる。女が無事に出産したのは、左目が黒、右目が緋色の赤子だった。3人は幸せに暮らしていた。しかし、赤子が産まれた数ヶ月後。1通の王都から届いた手紙が、3人を引き裂く。その手紙は、出兵の通知であった。代々、多くの魔気を持っていた村長の一族は、有事になると出兵し、国の為にその力を奮っていた。国からの要請に、村長の息子は従うしかなかった。

 彼は、自分と妻を人間と魔人という垣根を越えて繋ぎ合わせてくれた息子に、2つの人種の糸を取成す子として、“糸成”と名付ける。息子の無事を祈り、魔気を込めて緋の守りを作ると糸成の右手首に巻き着け、村長の息子は出兵した。

 村で唯一の味方を失った母と子は、村での居場所も失った。止める者がいなくなった村の魔人達からの迫害は、日に日にエスカレートとしていく。そして、ある日の夜。魔人至上主義の一派が、人間の血が混ざった者が村長として世襲することを恐れ、村長息子宅に火を放った。魔人に襲われた母は、まだ幼い赤子を抱えて必死に荒野へ逃げて行ったと言う。


「無事に、立派ぁに育った様じゃのぉ。なぁ? 糸成ぁ」


 優しく穏やかな声で名前を呼ばれ、下を向き閉じていた目を糸成は見開いた。彼はまだ、名乗っていない。しかし、ツネの話で右目の色と、これまで身に付けてきた組紐の秘密と名前の由来を語られた糸成は、名前を言い当てられたことで、自分が話の子供だと確信した。本当の両親の過去と自分の秘密に、彼は言葉が出なかった。震え続ける手を、ツネは優しく握り続ける。


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