第13話 死亡宣告
糸成の時間稼ぎをする中、真矢と界斗が森を抜ける頃。
2人は森を抜けるまで共に涙を流し、一切口を開かなかった。森の入り口まで来たとき。
「真矢、降ろしてくれ。俺も、自分で走る」
冷静に口にした界斗を、糸成の元へは行かないと判断し、真矢は担いでいた状態から降ろした。
「ありがとう。行こう」
そう言うと、界斗は門へ向かって全速力で走り始める。真矢はそれに続く。界斗は判っていた。糸成が、自分を犠牲にして稼いでくれた時間を、1分も無駄に出来ないことを。仲間を見捨てるという冷酷な選択を即座に判断し、リーダーである自分の代わりに真矢が決断してくれたことを。そのことを踏まえての、感謝の言葉だった。
「私が、見捨てた」
涙を拭い、強く噛み締め過ぎた唇から血を流しながら、界斗の後ろを付いて行く真矢が初めて口を開いた。それに対し、界斗は。
「違う。俺達、2人で見捨てたんだ」
界斗と真矢は、前を向き続ける。2人は門に着くまで決して、森を振り返ることはなかった。
界斗は、幼い頃に父親を任務で亡くしている。父親のチームは、魔界での任務中に特級魔獣と遭遇した。討伐も、全員での逃走も不可能だとリーダーだった界斗の父親は判断した。そして父親が取った選択は、仲間を逃し単身で殿を務めること。今回の糸成の様に。界斗の父親は、見事にやり遂げる。逃げ切ったチームメイトの情報により、派遣された雷蔵がその特級魔獣を討伐。父親の遺体を持ち帰った。幼かった界斗には、父の死が理解できなかった。しかし、幼くして結野家当主となった界斗は、立派な当主となる為の厳しい修行を受けることとなる。そして、界斗の師になるはずだった父親が殉職した為、結野家は同じ里の特権術師である雷蔵へ弟子入りを嘆願。雷蔵は、それを承諾した。その後、雷蔵に鍛えられ12歳にして初めて魔界へと出た界斗は、その恐ろしい魔獣の強さを身を持って知ると共に、父の偉大さを知った。それ以来、界斗は父のように仲間を守れる奇術師を目指すようになる。
父の様に、仲間を守りたかった。しかし、上級魔獣を相手に仲間を助けるどころか、己を守る力すらないという無力感。仲間を犠牲にして生き延びる罪悪感。界斗は、悔し涙が止まらなかった。汗と涙に塗れながら門を出た2人は、奇術省から派遣されていた女性“黒子”の有働へ、ことの顛末を報告した。報告を終えると、界斗は自分の左腕を治す前に、雷蔵へ連絡を取る。
黒子。奇術省は、必要に応じて奇術師のサポート役として、非術師の奇術省職員を任務へ派遣する。奇術師の送迎や事務手続き、奇術省との連絡を現地で行う裏方である。その仕事内容と仕事着の黒いスーツから、日本奇術業界において奇術省から派遣された職員は、“黒子”と呼ばれている。
真矢と界斗の聖界帰還から2時間後。
2人の報告を受けた奇術省は、上級魔獣の武装化を緊急事態と判断した。そこで、手の空いていた上級術師1名、中級術師3名を調査隊として派遣。赤鬼の討伐と調査。殿を務めた大狼糸成下級術師の救出、又は遺体の回収を命じた。
糸成、真矢、界斗が赤鬼と接触して約3時間後。調査隊は、紅魔の森へ到着。広大な紅魔の森の調査を開始した。そこで、調査隊は青鬼の武器工房を確認。赤鬼と糸成のものと思われる血痕、赤鬼の右前腕を発見する。
調査隊が紅魔の森に到着した頃。
群馬で任務中だった雷蔵が、鬼門神社へ到着する。一部始終を界斗から電話で聴いていた雷蔵は、神社内で『神産巣日陣』を使い、自身の腕を治す界斗と真矢へ近づくと、涙を出し尽くし目の腫れた2人の頭を、ワシャワシャと激しく撫でた。
「よく無事で戻って来た。後は任せろ」
明るく声を掛けると、雷蔵は笑顔を見せる。しかし、振り返り門へ向かうと。一変して、普段おちゃらけて笑顔の多い雷蔵の顔に、笑顔も余裕もなかった。雷蔵は門を開け、紅魔の森へと向かう。調査隊が、紅魔の森の約3分の1を調査し終えた頃。急行した雷蔵が合流すると、調査隊の上級術師が報告した。
「服部特権術師⁉︎ お疲れ様です! 現在紅魔の森、約3分の1の調査が終了しました。下級術師2名の報告どおり、青鬼の武器工房を確認。先程、赤鬼の右腕が落ちていた場所から南方へ戦闘痕を発見。現在調査中です。しかし、何故特権術師のあなたがこちらへ?」
「今回、武装化した赤鬼と接触したのは、俺の弟子達のチームだ」
報告を聞いた雷蔵は、糸成と赤鬼のものと思われる戦闘痕を、膝を着いて観察する。
「そうでしたか・・・・。しかし、まだ遺体は発見されていません。あるいは・・・・」
「そうだな。引き続き、捜索を頼む。俺も加わる。・・・・待ってろ、糸成」
その後雷蔵指揮の下、日が暮れても調査隊は紅魔の森とその周辺の荒野を、広範囲で捜索を行った。しかし、糸成の遺体は疎か、隻腕の赤鬼すら発見出来なかった。日付変更と同時に、奇術省は大狼糸成を“行方不明者”として処理し、捜索を終了する。雷蔵はそのことを真矢と界斗に告げ、2人と共に神隠れの里へ帰還した。下級術師が上級魔獣との戦闘にて単独で殿を務め、行方不明。それは、限りなく“死亡宣告”に等しかった。
雷蔵、真矢、界斗の3名が神隠れの里に帰還した後。神隠れの里の墓地。転哉と結衣の墓石の前に、雷蔵は座っていた。
「転哉、結衣・・・・すまない。糸成を・・・・守ってやれなかった」
項垂れ、下を向いて座った雷蔵の足に、数滴の涙が落ちる。そのまま1時間。雷蔵は、転哉と結衣の墓へ頭を下げ続けた。




