第15話 参戦決意
「サガ兄ぃ聞いた!?」
私は道場で聞いた話を、サガ兄が知ってるかどうか確認するため、急いで宿に戻り、扉を勢いよく開いた。
ここは私達が借りている宿の一室だ。
けっこうな高級宿である。かなり広く、部屋もいくつかあるため、自分だけの時間だって確保できる。
どうやら、サガ兄は、他の好物をミスリルに変換する方法を見つけたようで、大量のミスリルを売り、大金を稼いでいた。また、時折、二人で危険度の高い魔獣を狩りにも行っているため、資金は潤沢。高級宿を借り続けるぐらいでは、私達の懐は痛まない。
そんな私達の借りている宿の壁には、あっちこっちに武器が立てかけられている。サガ兄が製作した武器だ。
普段から分解して持ち歩くのは魂力の無駄遣いということで、いくつかの武器を除き、武器は分解せずに置いている。
「………ん〜? 何がァ〜?」
サガ兄はすでに夜食の準備を終えて、席に着いてた。
サガ兄はいつも私の帰りに合わせて夜食を用意してくれている。以前、私が「代わりにご飯を作る」と言った後も、サガ兄は「そんな手間じゃないから」と、こうやって私の世話を焼いてくれるのだ。
サガ兄は、目の前に並べた食事には手をつけないで、左手に持った紙を眺めながら、何かを考えてた。
「スタンピードが起きるんだって! 魔獣が群れを成して森から出てきたんだって!」
「………へェ〜」
やっぱり、サガ兄も知らなかったみたい。
あんまり興味が無いのか、紙から目を離さず、私の話を受け流すような返しをしてくる。
最近のサガ兄はずっとこんな感じだ。食事の時はきちんと受け答えしてくれるけど、それ以外の時はまともな返事が来ない。
私はムッとしながら話を続けた。
「……なんでそんな素っ気ないの? スタンピードだよ? 怖くないの?」
「え、そこらの魔獣でしょ? 逆に訊くけど、怖いの?」
サガ兄は目だけをこっちに向けて、ニヤニヤしながら挑発してくる。
魔獣に怖がってるのか? そう訊かれて、さらに腹が立ってきた。
「は? 怖くないけど。魔獣くらい、何千匹いようがまとめて殺せるけど」
「じゃー騒ぐ必要ないじゃ〜ん」
「………」
そう言われて、私もなんか冷めてきた。
私はサガ兄の対面に座る。
「でも、スタンピードって大変な事態じゃん。私達が出たら簡単になるだろうけど、サガ兄は目立つ気ないんでしょ?」
「う〜ん」
サガ兄は紙を眺めながら、私の言葉を肯定した。
「だったら、この国、大変なことになるんじゃない? スタンピードって、いくつもの村や街が滅びるような災害なんでしょ? こうやってゆっくり食事を取ったり、サガ兄の研究もできなくなるかも」
「ん〜、そうかもな〜」
サガ兄は今、新たな技術を開発することに注力してる。
私との戦闘で出た課題を解決するため、日夜、研究を続けていた。
それができなくなるのはサガ兄も嫌がるだろう……と思ったんだけど、なんか反応が軽い。
「でも、大丈夫だろ」
「なんでそう思うの?」
「もし、この街もスタンピードに巻き込まれるなら、もっと騒がしくなってなきゃおかしいだろ。領軍が避難誘導したり、民衆がパニックを起こしたりな」
「……」
確かに。
私やサガ兄が今日スタンピードのことを聞いたぐらいだ。
まぁ、私は道場で腕を磨くことばかり集中してたし、サガ兄もすぐ技術開発に戻りたいからか、売り場の人と不必要な会話をせず、ハンターギルドにも顔を出さないで、街の掲示板すら見てなかったからだけど。
それでも、街で、スタンピードのことについてもっと騒がれてたら、気付いてた筈だ。
「そうなってないってことは、ここから遠い領地で起こった、この街が巻き込まれる可能性は低いってことだろ。だから、そこまで気にする必要ねぇよ」
「そっか。……でも、なんで街の人達はこんなに落ち着いてるんだろうね? 道場に通ってる人達もスタンピードを止めるために出るって言ってたし……もうちょっと、騒がれてもいいような気がするんだけど」
「へ〜、道場の人達も出るのか。つっても、軍人じゃねぇ。回されるとしても、万が一のためのこの街の防衛か後方支援だろ。んで、街でほとんど騒がれてねぇってんなら、担うのは街の防衛なんだろうな。家族や友人が死ぬ心配がほとんどないから、騒いでねぇんだろ」
「あ〜、なるほど」
「スタンピードは、それが起きた場所近くの領民や領軍、この国の正規軍が対応して終わり。俺達が出張る必要はねぇって訳だ。気にするだけ無駄。そろそろ食べようぜ」
「あ、うん」
サガ兄が紙を置いて、話を打ち切ろうとしたので、私もそれに乗っかる。
私達は両手を組んで、軽く頭を下げ、食前の祈りを捧げた。
そして、保温機能が付いたお皿に乗った料理を食べ始める。
「……………」
相変わらず、サガ兄の作った料理は美味しい。
いつもだったら、この美味しさのおかげで笑顔になるんだけど……今日はそんな気分にはなれなかった。
そんな私の様子に気付いたのか、サガ兄が声をかけてくる。
「なんだ、そんなに参加したかったのか? 魔獣討伐」
サガ兄の質問に答えるように、私は頷いた。
「魔獣をいっぱい狩れると思ってたから……」
未だに、私の中には魔獣への憎しみが宿ってる。
今の私は “サガ兄への愛” に気付いた。それが一番大事だって気付いた。だから、前ほど、積極的に魔獣を狩ろうとは考えてない。
それでも、殺れるなら殺りたい。
今日だって、道場から早く帰ってきたのは「サガ兄に早くスタンピードのこと伝えなきゃ」という焦りが理由じゃなくて、「近々沢山の魔獣を狩れる!」ていう興奮が理由だから。
「でも、志願した所で防衛に回されるんだよね? だったら、あんまり魔獣を狩れないなって。流石に、他の人を無視して、魔獣の群れに飛び込もうとは思えないし」
流石に無理を通してまで “魔獣狩り” を行おうとは思えない。
けど、それはそれとして、やっぱり落ち込む。
帰り道はあんなにウキウキしたのにな〜。
そんな私とは対称的に、私の言葉を聴いて、サガ兄は小さく何度も首を縦に振った。
「んま〜、しょうがねぇよ。俺達は “まだ” 一ハンターでしかないんだ。何もかも思いどおりには事を運べねぇさ」
「はぁ〜〜〜」
私は自分の気持ちの沈み具合を表すように、大きく溜め息をついた。
□□□
数日後、シヴァイラ獣王国の正規軍がライラックに来た。
流石は正規軍だけあって、ほとんどの人が銀色の全身甲冑を着て、シヴァイラ獣王国の紋章が刻まれた盾を持ってる。武器は様々だけど。
たまに金色の甲冑の人が居るけど、アレは軍の偉い人なのかな?
私は「この街が通り道なのかな?」とか考えながら、行軍を呑気に宿の窓から眺めてた。
でも、ある程度、街を進んだ所で、行軍が停止した。
『ライラックに住む民達よ! 聴けェェぇぇええ!!』
街の中央辺りで大きな声が響いてる。“拡声” の魔道具でも使ってるのかな。
『我は四十六代目シヴァイラ獣王国・国王ネバト・シ・ラ・アルガエント・シヴァイラである! 此度は、最近騒がれてるスタンピードの件で来訪した!』
「え、王様!?」
王様が直々に来た、というのを聞いて、驚いてしまう。
『我がこの街に来た理由は一つ。諸君も察しの通り、ここで志願兵を募るためだ。そのために、まず、此度のスタンピードの規模と、どのような戦いになるかを説明する』
流石に、スタンピードという非常事態でも、王様が直々に出陣するのは珍しいのか、『ザワザワ』と街中か騒がしくなり始めた。
『諸君は思っていることだろう───「いくらスタンピードと言っても、発生地点から遠く離れたこの街までは来ない。志願しても、やることは街の防衛。出陣する領軍の代わりくらいだ」と。それは “勘違い” である! 此度のスタンピードは、従来のスタンピードとは訳が違う!』
え、志願兵は街の防衛をするんじゃないの? サガ兄が言ってたことと違う。
『此度のスタンピード、魔獣の数はおよそ三百万! 魔獣の平均危険度ランクはB! しかも、そのほとんどが変異種であると通達が来た! 本来の平均危険度ランクはさらに上だろう! 故に、我々は、此度のスタンピードの危険度ランクを “S” に認定した!』
街の騒めきが一気に強くなる。
当然だ。Sランクの危険度───それは国が滅ぶ可能性すらあるという意味。
そんなことを急に聞かされたら、誰だって混乱する。
私だって、この情報には言葉を失った。
『魔獣の群れはこの国を滅ぼすまで止まりはしないだろう。強大な敵を前に、戦力を分散する愚は犯せない。故に、領軍だけでなく、志願兵も、今回は一緒についてきてもらう!』
「───!」
え!? 魔獣の群れに突撃できるの!!?
獣王の言葉はさらなる驚きを私に与えた。
『勿論、強制ではない! 魔獣の群れがこの街まで到達するのにまだ時間はある。「死にたくない」と言う者は逃げればいい。だが、「この国以外に家など無い」「この国こそ我らが故郷だ」「このような危険に備えて、これまで力を蓄えてきた」───そのような勇気溢れる者はぜひ志願して欲しい! 我々はこの街に二日間滞在する予定だ! それまでに決心をしてくれ! 一人でも多くの手が必要な状況だ! 今であれば、身分問わず、誰の質問でも我は答えよう!』
獣王は宣言した通り、街の人達とのやり取りを始める。
同じ質問が出ないよう、質問者の声も拡声の魔道具が拾っていた。
でも、私はそんな問答を聴く気がなくて。
大事なのは『志願兵も一緒に戦う』ということだけで。
志願すれば、魔獣と戦えるということだけで。
私はすぐに部屋の中央に振り返った。
「サガ兄!」
私はやや興奮しながら声をかける。
「───!」
けど、私が声をかける前から、サガ兄は出かける準備をしていた。
いつもは出しっぱにしてる武器は、すでにサガ兄が分解して携帯してるのか、どこにも無く、サガ兄は携帯ポーチなどを漁っている。
サガ兄が視線だけこちらに向けた。
「何をしてるヨミ。すぐに行くぞ。俺達も志願する」
「───!!」
私が今、最も欲していた言葉を、サガ兄が口にする。
それだけで私の興奮は最高潮に。
気付かない内に、私は飛びっきりの笑みを浮かべていて。
「うん!!」
いつも以上に大きな声で、サガ兄の指示に応じた。




