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第14話 獣王国軍・出陣前夜

 その日の夜。

 獣王の寝室にて。


 獣王はバスローブのような物を纏い、ワインを注いだグラスを持って、寝室のバルコニーに出ていた。


 そこに、ノックもせず、宰相のマージスが部屋に入ってくる。


()()()()、明日は朝から移動を開始します。英気を養うためにも、早く横になってください」


 本来、許可も取らずに王の寝室に入れば、不敬罪で首をはねられる。

 けれど、マージスは幼い頃から関係を築いてきた忠臣であるため、このような無礼も許されていた。


「マージスか。なァ〜に、この光景も今日で見納めだと思ったら、遂な」


 それだけでネバト獣王の心中を察せられたマージスは、これ以上、夜更かしを咎められなくなった。


 ネバト獣王が、夜の王都を見ながら、酒を口に含んだ。


「お前も()のとこなんか来てないで、家族や友に別れを告げてこい」


「私の家族は父だけです。その父も戦場に出ます。なので、別れは夜食の時だけで十分です。あれ以上、別れを惜しめば、父に「女々しい」と罵られてしまいます。それに、私の友はネバト様だけですから」


「……そうか」


 ネバト獣王はマージスに振り返らない。

 マージスはその王の背中を見て、王の隣に行くことにした。

 マージスもまたバルコニーに出て、王と同じように王都の夜景を見る。


「ネバト様こそ、ご子息様と夜を共にしなくてよいのですか?」


「俺の息子達は優秀だからな。数週間前にスタンピードの予兆が確認できた時から、すでに覚悟を決めていたようだ。覚悟を決めた相手に長々とした別れは()らん。むしろ、変に別れを惜しむ方が、あの子らの覚悟を緩ませてしまう」


「ご子息様と過ごせる最後の夜だというのに……」


「それを言うならお前もだろ」


 ネバト獣王とマージスは互いを見ずに笑う。


 そこから少し間を置いて、ネバト獣王が口を開いた。


「マージスよ」


「はい」


「何故、お前の配置を俺の後ろにした?」


「………」


 その問いを投げるネバト獣王に笑みは無い。

 その表情を横目に見ながら、マージスは顔を綻ばせる。


「勝率を少しでも上げるためですよ」


「お前は軍師兼()()()だろ。素直に後ろに居ろよ」


「えぇ、ですから後ろに配置したではありませんか。貴方の後ろに」


 ネバト獣王は「減らず口を」と悪態をつきながら、また酒をあおる。

 マージスは、王都の夜景から空に視線を移した。


「勝率が跳ね上がるからですよ。私と貴方が組めば」


「どれくらい上がるんだ?」


「二パーセントまで上がります」


「はッ、言うじゃねェか。俺とお前の部隊が同等の戦力だと?」


「私と部隊の連中だけでは、勝率を上げられませんよ」


 ネバト獣王は「どういうことだ?」と眉をひそめる。


「貴方が最前線に居て、私がそのサポートをする。そうして、初めて、勝率を上げられるのです」


「なるほどね」


 マージスはネバト獣王と長い付き合いだ。その長い間に培われた信頼関係が、戦場で抜群のコンビネーションを生み、ネバト獣王の力を大幅に向上させる───マージスはそう言いたいのだ。


「………お前には、生き残って欲しかったんだがな。俺の息子達を支えて欲しかった」


「お断りですよ。貴方に心を開いた瞬間から、この命を散らすのは貴方と共に、と決めてましたから」


 それを聴いて、ネバト獣王が顔を引きつらせる。


(おめ)ェな、オイ」


「忠臣とはそういうものですよ」


「いいや、お前が特別なだけだろ」


 マージスが断言したことを、ネバト獣王は笑って茶かした。


 そうして、二人の間にまた沈黙が降りた。

 またネバト獣王から口を開く。


「お前と出会ってから何年が経ったっけか?」


「五歳の時に初顔合わせでしたから、もう二十七年ですね」


「もうそんなにか、時が経つのは(はえ)ぇなァ。あの頃は、まさかお前が俺の忠臣になってくれるとは思わなかったぜ」


「えぇ、あの時は私も、こんなお転婆な王子に仕えるのか、と気落ちしたものです」


「オイ」


 マージスが笑ってネバト獣王を揶揄(からか)う。

 最初こそ、その揶揄いに眉をひそめたネバト獣王だったが、すぐに柔和な表情に戻り、話を続けた。


「もう二十七年か。お前が、俺に対して気安くなるまで、けっこうかかったよな」


「そうですね」


「十歳の頃だっけか? お前がいつまで経っても敬語をやめねぇもんだから、俺が『堅ッ苦しい』て言ったことがあったよな。そしたらよ、いつもは礼儀正しいお前がムキになって───」

「『この話し方は、私が人生の中で試行錯誤し、掴んだ話し方です。いくら貴方でも私の人生を愚弄する権利はありません』と言いましたね」


「そうそう! まさか言い返してくるとは思わなくてビックリしてさ、固まっちまってよ〜」


「どこで聞いてたのか、父がすぐに私の下へ来て、ネバト様の前にも関わらず、私の頭を殴りましたね。帰ってから凄く叱られました、『王子に何を言っているのだ』と」


 昔を懐かしみながら、ネバト獣王とマージスは笑う。


「喧嘩が絶えなかったよな、俺達」


「えぇ」


「俺が成果を上げるために魔獣狩りに出た時もさ、俺が『魔術がなんの役に立つんだ?』つったら」


「『次期 “王” が腕っ節でしか物事を考えられないでどうするのですか?』」


「そうそう! そして、魔獣の住処に着くまで言い争ってさァ〜!」


「そんな日々が、貴方が王位に着くまで続きましたね」


「そうだなァ〜」


 二人は遠い目をして、昔の記憶を思い出していた。


「あの頃は楽しかった。戦闘に明け暮れ、力が付くのを実感し、友とあちこちを回る。あれほど昂る日々は他に無い」


「王座に着くために行っていた武者修行を “昂る日々” と言えるのは貴方ぐらいですよ」


「あぁ、楽しかった。どうやら、俺には “戦い” や “成長” を楽しむ才能があったらしい」


「えぇ、知っています。何年一緒に居ると思っているのですか?」


 ネバト獣王は酒を少し口に含んだ後、少しだけ間を置く。


「でも、王位に着いた途端、その日々は終わった」


「………」


「王に成るため、旅に出て、鍛えて………なのに、王に成ってから、その力を使う機会はほとんど無かった。変な話だよな〜」


「だから、王自ら稽古をつける時、あんなに激しかったのですか?」


「ん〜? あぁ……そっか、激しかったか。気付かない内にフラストレーション溜まってたんだな〜」


 ネバト獣王はこの国で一番の戦士だ。そして、戦いを好む者でもある。

 王という身分故、戦の最前線に出ることこそ叶わなかったが、暇さえあれば、軍の訓練に顔を出し、稽古をつけてやっていたのだ。


「軍が弱くては話にならないため、誰も何も言いませんでしたが、客観的に見て、貴方の稽古は厳しいものでしたよ」


「そっかァ〜」


 ネバト獣王は「悪いことしたな〜」と苦笑いを浮かべる。

 彼は、表情を戻す際に、また酒を口に含んだ。


「……戦闘に明け暮れて王に成ったのに、王に成ってからは戦えなくなった。安易に、戦場に顔を出せなくなった」


「……?」


 ネバト獣王がまた同じことを言い始めたため、マージスは気になり、ネバト獣王の顔を見る。

 ネバト獣王の表情は柔らかかったが、そこには悲しみがにじんでいた。


「鬱憤が溜まってた所で、やっと戦場に出る機会が巡ってきたと思ったら、それが人生最後の戦闘になるかもしれない。そう考えてたら、俺の人生こんなもんかァ〜、てなってな」


「ネバト様……」


 ネバト獣王の心からの呟きを聴き、マージスは何も言えなくなる。

 遂には、顔も見れなくなり、正面を向くと同時に(うつむ)いた。


「王に成られたこと、後悔していますか?」


「どォ〜だろォ〜なァ〜。王に成ってから、退屈や不満を感じることは確かに増えた。けど、同時に、楽しかったことや嬉しかったこともあったからなァ〜。一概に『悪かった』とは言えねェ〜な〜」


「……そうですか」


 それ以上、マージスは何も言えない。


 マージスには、国のため、王のために全力で尽くしてきたという自信がある。それだけの努力をしてきたのだ。

 しかし、ネバト獣王の本音を聴いて、自身のこれまでに疑念が生じたのだ───「お前は、ネバト獣王に尽くしてきたと本当に言えるのか」と。

 自信と疑念に挟まれて、何も言えなくなってしまったのだ。


 二人の間に沈黙が降りる。

 だが、その沈黙は、ネバト獣王「あっ」という声で破られた。


「でも、確信を持って言えることもあるぞ」


「……なんですか?」


「俺はこの国が大好きだということだ」


 マージスはネバト獣王の真意を測るため、顔を上げ、彼を見る。


「優秀な俺の息子達に、俺みたいな変わり者を支えてくれる妻、俺の稽古に食らい付いてくる戦士達に、王太子時代、俺の狩りについてきた、それぞれの領の領民達……この国の連中は好ましい奴ばっかだった。ま、中には合わない奴やムカつく奴も居たけどな」


「………」


「俺はこの国が好きだ。それは断言できる。スタンピードの詳細を聴いて “逃げる” という選択を取らなかったことからも、それは間違いない」


「…………… “逃げる” という考えが出たのですか?」


 ネバト獣王の口からは一生出ないだろうと考えていた言葉が出たことで、マージスは顔を上げ、驚いたと言わんばかりに目を見開いた。

 そのマージスの反応が面白かったのか、ネバト獣王は微笑しながら言葉を続ける。


「自分の人生を振り返ってた時に、ふと『戦闘には逃げるという選択もあったな』と思ってな。ま、思い出した所で、その択を選ぶ気は一切起きなかったが」


「………それはそうでしょう。貴方以上に “逃げる” 姿が似合わない人はいない」


「ククッ、俺のことよく分かってんじゃねぇか」


「もう何年の付き合いだと思っているのですか? それぐらいは分かります」


 ネバト獣王は「そうかそうか」と笑いながら、残った酒を飲み干した。


「俺が好きなこの国を残したい。俺が『好きだ』と思う国を、息子達にも『好きだ』と思って欲しい。そう思ったら、逃げる気なんて全然起きねぇや」


「そんな理由が無くても貴方は逃げないでしょう。貴方は死ぬほど負けず嫌いなのですから」


「かもな。でも、“覚悟” が違う」


「覚悟、ですか?」


「あぁ」


 そう言って、ネバト獣王は真剣な顔でマージスを見る。


「───勝つぞ、絶対」


「───」


「勝って残すッ。この国の未来を息子達(アイツら)に見せるんだッッ」


 その言葉を聴いて、マージスは泣きそうになる。

 しかし、それは、獣王の覚悟の返答としては相応しくない。

 だから、マージスは必死で涙を堪えた後、笑みを浮かべ、右手を胸に当て、頭を下げた。


「どこまでもお供します。我が王よ」


 長年の忠臣の “死に道” を一緒に歩むという宣言。

 それを聴き、ネバト獣王は飛びっきりの笑顔を作ったのだった。

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