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第13話 獣王国・軍事会議

 ───場所は変わり、シヴァイラ獣王国の王都にあるシヴァイラ城、その中にある会議室。


 白い大理石で覆われたその部屋の大きさはそこそこで、詰めても三十人入れるかどうかというもの。

 入口から見て、一番奥の壁には赤い垂れ幕が下がっている。金の糸で、左の垂れ幕には師匠が、右には鷲が刺繍されている。

 垂れ幕が下がっている壁の反対側の壁には白いボードのような物が貼り付けられており、黒色の鉱物で文字を書くことが可能。ちなみに、ボードの縁は紙が挟めるようになっている。

 部屋には長机が置いてあり、この長机に沿う形で椅子も用意されている。基本、何かを考え、決める時は、一人がボードの傍に立ち、他の者が椅子に座って会議をするのだ。

 今回はスタンピード対策ということで、王と宰相、軍関係者が呼び出されている。

 王が座っているのは一番奥の壁近くにある椅子。他の者は、机の側面の椅子に、身分が高い者ほど奥に詰めて座る形だ。

 王の対面には椅子が置かれていない。ボードに文字を記入する者が移動するためだ。


「やはり、魔獣の群れはこちらに来るか」


 王は、この部屋に居る者全員に手渡された資料を見て、そう呟いた。


 四十六代獣王国・国王ネバト・シ・ラ・アルガエント・シヴァイラ。

 ベースは人間でありながら、頭の横に伸びる雄鹿の角、獅子の瞳と牙と爪、馬の脚部を合わせ持つ、人族と獣人族の混血。

 獣人と人間が垣根を超えて暮らす獣人国でも珍しいとされる混血だ。

 そして、初代獣王の血を引く王族の中で、現在、一番強いとされる男でもある。

 赤がベースの、金の糸で刺繍が施されたファー付きの羽織を肩にかける以外、上半身は服を着用していないため、胸部と腹部が露出。その筋肉からよく鍛えられていることが窺える。

 下は白がベースの袴のような物を着用しており、露出は少ない。

 靴は黄がみかかった灰色がベースのサンダルのような物を着用している。

 獣王にのみ着用を許された王冠を被り、金でできた複数のネックレスを首から下げ、これまた獣王にのみ持つことを許された金の錫杖を右手に持つ。


 ネバト獣王は机に資料を投げながら、顔を上げた。


「はい。隣国オーバトラムには流れてくれませんでした」


「そうか」


 エッドナント大森林は、シヴァイラ獣王国とオーバトラム王国の国境沿いにある。

 変にちょっかいをかけて注意を引きたくない両国は、魔獣の群れがどう動くか、偵察を放って見守っていた。

 その結果、魔獣の群れはシヴァイラ獣王国に向けて進み出したのだ。


 ちなみに、ネバト獣王に相槌を打ったのは、この国の宰相マージス。

 マージスもまた、この国には珍しい混血。

 人の体がベースでありながら、狐の耳と尻尾、猫のヒゲと爪を合わせ持つ。

 実力至上主義のシヴァイラ獣王国で珍しく、武力ではなく知力で評価されている男である。

 格好は、古代エジプトで王の神官に近い装いで、眼鏡をかけている。


 彼は、ボードのすぐ近くに立っており、会議で出た内容をボードにまとめる役割も担っていた。


「とはいえ、所詮は魔獣。我が国の者達が束になってかかれば、数日で片がつくでしょう」


 獣王から見て右側、二つ離れた席に座るゴリラ顔の獣人がそう声を上げる。


「束になっているのは向こうも同じだ、たわけ」


 獣王の左真横に居る鷲顔の獣人がゴリラ顔の獣人を批難した。

 相手が目上の者であるが故に反論はしなかったが、ゴリラ顔は忌々しげに鷲顔を睨み付ける。


「でもよォ、実際、そんな大事かァ〜? 所詮、獣の群れだろォ? 軍部の人間、全員集めるほどかァ〜?」


 猿顔の獣人がそんな楽観的なことを口にし始めた。


「ふむ、第四部隊長の疑念、最もである。今回のスタンピード、それほどまでに数が多いのであろうか?」


 猿顔の意見に、犬顔の獣人も同意する。


「………マージス、資料には群れの規模に関する記載が無かったが、お前のミスか?」


「いえ、ミスではありません。士気に影響するため、できるだけ情報公開を絞っておりました」


 話の流れを受け、獣王が問いを飛ばし、マージスが淡々とそれに答えた。


「士気に影響……?」


 マージスの答えを聴いて、獣王とマージス以外の者達に疑問が生まれる。


「資料には記載すべきだろ。重要事項だろ」


「資料作成を手伝ってくれた者にも知られたくなかったのです」


 マージスの意図を汲み取ろうと、目を細め、思考する獣王。

 他の者達の心の中に不安が生まれ、我慢できず、犬顔の獣人がマージスに疑問を投げた。


「そ、それで……規模は一体どれほどなのです?」


 その質問を受け、マージスは一度、目を閉じる。

 そして、意を決したのち、目を開いて、努めて冷静に事実を告げた。


「此度のスタンピード、その規模────」


 緊張からか、誰かの唾を飲み込む音が部屋に響く。






「───三百万以上」






 その数を聴いた瞬間、マージスを除く、室内に居る全員が目を見開いた。


「さ、さんびゃ───」

「どういう数じゃそれはァ───!!」


 これまで口を挟まず、冷静に会議内容を聴いていた亀顔の獣人が立ち上がり、そう怒号する。

 他の者も明らかに混乱していた。

 あまりに現実味の無い数だった故、マージスの言葉を信じられないのだ。


 まるでこの様子が予想通りと言わんばかりに、マージスは冷静に話を続ける。


「事実です」


「し、しかし! エッドナント大森林の規模は王都の二倍程度。そんな数を隠しきれるとは思えません! いくらなんでも誤報では!?」


 シヴァイラ獣王国は、他の国と比べて、人の分布が上手く散らばっている。

 故に、他の国に比べて、王都はそこまで大きくない。一番広い都市が王都ではなくライラックだったりするくらいだ。

 ちなみに、王都の人口は百万にも及ばない。

 王都とは呼ぶが、軍事基地の役割が大きいぐらいだ。


 例え、王都の倍はあろうと、流石に三百万は多すぎる。

 そんなに数が居れば、もっと前から予兆があった筈だ、と狼顔の獣人が宰相に言葉をぶつけた。


「勿論、最初に聞いた時は私も耳を疑いました。が、偵察が複数の証拠を提示したため、誤報の可能性は無くなりました。間違いなく、魔獣は三百万以上居ます」


「あ、ありえない……」


「群れの推定平均危険度ランクは “B”。しかも、そのほとんどが変異種。実際の平均ランクはBよりも上だと考えられます。さらには、森で最も危険視されてる五大魔も確認されていますので……此度のスタンピードの危険視ランクは “S” と認定するのが妥当です」


「S……」

「おいおい……」

「国が滅ぶレベルではないか……」

「ほとんどが変異種ってなんだよ……」


 マージスの報告を受けて、獣王以外の者達に動揺が走る。

 ネバト獣王も、流石にこれは予想外だったのか、右の拳を口に当て、思考を走らせていた。


 三百万でも厄介だというのに、魔獣の平均ランクはB。しかも、そのほとんどが変異種だという。

 変異種というのは、既存の魔獣とは異なる性質を持つ魔獣の総称だ。例えば、ゴブリンの変異種であれば、通常個体の肌は緑の所、赤だったり、無い筈の(ツノ)が生えていたりなどする。

 そして、変異種のほとんどが、通常個体よりも大きな力を持っていることが多い。


 さらに、五大魔。これは、エッドナント大森林に生息する森の主達の総称だ。森に生息する、それぞれの種族の頂点、と言い換えてもいい。

 五大魔の危険視ランクは、その種族にあてられる危険度ランクの二つ上が割り当てられる。

 例えば、二足歩行の豚顔の魔獣・オーク。その危険視ランクはCだが、その頂点となると、Aランクが割り当てられる。

 そんな非常に危険な魔獣が五体共、森から出てきている。


 変異種に五大魔、この二つの情報は三百万という数に次ぐ衝撃だった。


「ふむ」


 他の者が動揺する中、ネバト獣王は冷静に情報を整理し、マージスを見る。


「オーバトラムやその他隣国への応援要請は?」


「すでに飛ばしています。しかし、資料にも記載した通り、他の国との友好関係から、送ってくれるとしても、我が軍が壊滅した後でしょう」


「三百万や変異種の情報を伝えても尚、か?」


「はい」


「……そうか」


 獣王と宰相のやり取りを聞いて、部屋に居る他の者達の表情が暗くなった。


 シヴァイラ獣王国は鎖国の風潮がある。完全な鎖国ではないため、商人やハンターは他国から流れてくるが、その程度だ。

 軍事協力や共同研究、さらには、同盟や条約に至るまで、国家規模の提案は全て拒否している。

 自らの国力に自信があるからだ。

 だからこそ、他国からの印象は悪い。年に数度、侵略行為を受けるくらいだ。直接やり取りをする機会はほとんど無いが、国家間の仲は悪いと言っていいだろう。

 それゆえ、他国が救援要請を受ける可能性は低い。

 介入するとしても、シヴァイラ獣王国の国力が下がった後。スタンピードが解決した時に優位に話し合いが進められるようになった後だろう。

 つまり、他国の助けを受けられない、ということだ。


「エッドナント領はどれくらい()ちそうだ」


「すでに陥落いたしました」


「………何?」


「エッドナント辺境伯含め、エッドナントに存在していた戦士のほとんどが戦死したそうです」


『………………』


 その絶望的な情報を伝えられ、マージスとネバト獣王以外の者達の顔色が一気に悪くなる。


 エッドナント領はエッドナント大森林がある領地。

 エッドナントは魔獣の群生地故、魔獣狩りのプロフェッショナルであるハンターが集まる地。

 魔獣を常に間引かなければ、スタンピードが起きてしまうため、辺境伯が率いる領軍もまた、魔獣狩りに()けていた。

 その魔獣狩りのプロが集まるエッドナントがすでに陥落したという情報。それも、スタンピードが起きて数日の話だ。

 此度のスタンピードが厄介さを示すのに、これ以上の報告は無かった。


「何故、そんな大事な情報をこれまで黙っていた?」


「申し訳ありません。全体的にスタンピードの情報が入ってくるのが遅れております。この、辺境伯が戦死したという情報が入ってきたのも今日だったのです」


「何?」


「第二偵察部隊の話によると、スタンピード発生初日に第一偵察部隊との連絡が途切れたそうです。辺境伯領で、擬態に特化した魔獣が複数体確認できたことから、それらの魔獣に()られたと思われます」


「最もスタンピードに近付く第一が()られたせいで、情報の入手が遅れたのか」


「はい」


 ネバト獣王はここで初めて、苛立ちを表に出す。舌打ちをし、右手で前髪の生え際辺りを搔き始めた。


「……こっちの戦力はどれくらいになりそうだ?」


「軍や市井からの参加者含め、五百万ほどかと」


「五百万か。全然足りんな」


 ネバト獣王は右の親指と人差し指を顎に当て、思案する。


 普通、魔獣一体を倒すのに、同ランクのハンターが三から五人必要とされる。

 ランクなどを度外視して考えても、三百万の魔獣の群れに対抗するには()()九百万、万全を期すなら千五百万の戦力が()る。

 しかも、今回の群れは平均危険度ランクが高い。さらに多くの人材が必要なことは、この場に居る全員が理解していた。


 なんとか悪い空気を断ち切ろうと、ゴリラ顔の獣人が無理やり明るい表情を作り、マージスに語りかける。


「で、ですが、マージス殿の軍略があれば、この差も覆せるのでは? マージス殿はこの国の宰相であると同時に国最高の軍師! そのマージス殿のお力さえあれば───」

「───無理ですね」


 ゴリラ顔の(すが)るような言葉を、マージスは淡々と否定した。


「最初に偵察部隊を壊滅したこと、そして、数日で辺境伯領を落としたことから考えて、かなり知能の高い魔獣が群れを統率していると考えられます。その結果、こちらの必要戦力は三から五倍ではなく、十倍にまで跳ね上がるかと。ここまで大規模な戦いで、これほどまで戦力差が開いてしまうと、もう覆しようが無いです」


「じゅ、十ばッ……!?」


 あまりの事実に、ゴリラ顔だけでなく、他の者も面食らった顔になる。

 しかし、ネバト獣王だけは違った。

 目を閉じ、マージスから貰った情報を整理した上で、彼に問いを飛ばす。


「マージス」


「はい」




「もし、獣王(オレ)が最前線に出たら、どれだけ勝率は上がる?」




『───!?』


 それは衝撃の発言だった。この部屋に居る者のほとんどが口を大きく開け、マージスまでも、その発言に驚き、目を見開く。

 しかし、そこは宰相。すぐに驚きを引っ込め、獣王の意見を吟味する。


「……獣王様が前に出たとしても、一パーセントに()()()()()くらいでしょう」


「……そうか」


 そして、マージスは、自身の考えを獣王に伝えた。


「馬鹿な……」

「獣王様が前に出て!?」

「王を前に出すなど……」

「いやしかし……」


 そのやり取りを聞き、他の者がさらに動揺する。


 獣王は王族の中で一番強い者が成る。

 そして、王族は、自身の子息を王に据えるため、様々な強者を番にしてきた。

 優秀な血を掛け合わせれば、当然、優秀な者が生まれる確率が高くなる。

 故に、獣王が国最強と謳われる時代が何度もあった。

 今代の獣王もまさに最強(それ)だ。


 しかし、そんな獣王が最前線に出ても、一パーセントしか勝率が上がらない。

 他の者達が動揺するのも無理は無い。

 マージスは、(ゼロ)から一の変化を “跳ね上がる” と評した。それは、此度のスタンピードで勝率を見出すのがどれほど困難かを意味している。

 一パーセント勝率を見出すこと、ただそれだけのことが快挙となるのだ。


「なら決まりだな。俺は前に出る」


 ネバト獣王は立ち上がりながら、そう宣言する。


「な、なりません! 王が前に出るなど!」


 亀顔がそれを止めようと声を上げた。

 しかし、ネバト獣王はそれを聴かない。


「国なき王に価値は無い。俺が動くことで国を残せるのなら、動くべきだ」


「動いたとしても一パーセントです! そんな極小の可能性を生み出すために王の命を使うなど!」


「それは違う。俺は俺の命を使って、負け戦を勝ち戦にするんだ。俺には、俺と同じ “勝ち” に貪欲なお前達と、小さな可能性を使って “勝ち” を手繰たぐり寄せる優秀な軍師がいる。故に、無駄死ににはならん」


 ネバト獣王は、この部屋に集まった軍人を見渡した後、マージスを見て、宣言する───これは “勝ち戦” だと。


「俺は死に、国を残す。お前らの命も国を残すために消費しろ。そして、残った者が、次代の獣王を支えるのだ。我が優秀な子らを、必ず “次代最強の獣王” に導け」


 立ち上がり、まるで見えない器を持っているかのように左手を胸の前まで上げ、王を堂々と言葉を放った。


「お前らの命はなんのためにある? 国を護るためだろ。家族を、友を、家を守るためだろ。俺の命もまた同じだ。俺もまた、国を護るためにこの命を使う。この命を使い、お前らと戦い───そして勝利する。これは “絶対” だ」


 その姿はまさしく王。自身の言葉を現実にする真なる王の姿。

 堂々としたその姿はあまりにも誇らしく、臣下はこの王の後ろから威光が刺す情景を幻視した。


「絶望的な状況がなんだ。大きな戦力差がなんだ。その程度で日和(ひよ)るほど、我が国の者は軟弱か?」


「違います!」


 ゴリラ顔が勢いよく立ち上がり、王の言葉を否定する。


「相手が強大であれば、自分の命欲しさに、家族を捨て、友を捨て、国という名の思い出をも捨てる。それほどまでに、我が国の者は生き汚いか!」


「違います!」


 鷲顔が勢いよく立ち上がり、王の言葉を否定する。


「“勝てない” という言葉を鵜呑みにしてッ、少しも勝つ方法を考えることができない! ───それほどまでにッ、我が国の者達は阿呆であるか!!」


『違います!!』


 まだ立っていなかった者達が全員立ち上がり、王の言葉を否定する。


「ならば我に続け。我に続き、誇りを見せつけ、命を散らしてまでも───必ず勝利しろ。異論は?」


『ありません!!!!』


「ならば良し。これから戦略を立てる。各自、頭を回せ。───マージス」


「はッ」


「我の命もお前に託す。我すら一駒にして、必ず勝利に導け」


「承りました。必ずや、此度の戦を勝ち戦にしてみせましょう」


「うむ」


 そうして、この部屋に居る全員が瞳に火を灯しながら、軍略会議に移ったのだった。

裏話


シヴァイラ獣王国は人族と獣人族が共生している国です。ちなみに、数は少ないですが、龍人族や蛇人族のような、爬虫類科に属する亜人族もいます。

獣人族は亜人族の一種ですが、かなり数が多く、人族の生存圏とかなり被るため、大体の人は、獣人族のことを独立した種族と見ることが多いです。

獣人族は二足歩行する獣のイメージです。


シヴァイラ獣王国では、共生してるだけあって、人族と獣人族の間に人種差別はほとんどありません。差別する人間は白い目で見られます。

しかし、美的センスの違いはあり、友人関係になることはあれど、種族間を超えて、恋人や夫婦になるケースは少ないです。

それでも、いない訳ではありません。種族間を超えて夫婦になるケースも、珍しいですが、あります。

そういった家庭には “ハーフ” が生まれます。人族と獣人族の特徴を持った子供ですね。基本、人族がベースで、獣耳やヒゲ、爪といった獣人族の特徴を体のどこかに持って生まれます。

平均的な身体能力の高さは、獣人族>ハーフ>人族という順番です。

当然、ヨミの道場にも獣人族や人族が通っています。数は少ないですが、ハーフもいます。ちなみに、師範は人族です。

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