第12話 私闘の後日談と侵攻の予兆
「今日もよろしくお願いします!」
道場に入り、挨拶をする。
それに対し、先輩方も様々な形で挨拶を返してくれた。
私は道場の中を進み、道場の奥に、正座で佇んでいる師範に挨拶するため、彼の目の前で正座する。
「師範、今日もご指導お願いします」
道場に来てからまず行うことは師範への挨拶。これは、道場に通う者が全員やらなくてはいけないことだ。
師範に向かって、両手を添え、頭を下げる。
「うむ」
師範が相槌をうってから頭を上げるのが、この道場でのルールだ。
頭を上げ、いつものように稽古の準備をしようと、体を反転させながら立ち上がり───
「憑き物が落ちたようじゃの」
立ち上がる前に、師範が声をかけてきた。
改めて、私は師範に向き直り、笑顔を作る。
「師範のおかげです」
「ワシはただ “同居人と腹を割って話す” ことを勧めただけよ。大したことはしとらん」
私が感謝すると、師範は右手を出して、礼の受け取りを拒む。
師範は「それに」と続けて。
「その笑顔からして、お主も “同居人のおかげ” と思っとるじゃないか。ワシへの感謝なんてほとんどないじゃろ」
「そんなことないですよ? ちゃんと感謝してます」
私がそう言うと、師範が「やれやれ」と言うように首を振る。
「それで? 一体どんな会話をしたんじゃ? 爺にも少し教えてくれんか?」
師範も、長い間、私の問題をどうにかしようと考えてくれていた。
だから、問題をどうやって解決したか、気になるんだろう。
「会話はしてませんよ」
「む?」
「思いっきり戦ったんです」
「───は?」
師範か勧めたのは “話す” こと。
なのに、私は、問題を解決するために “戦い” を選択した。
私がそんな荒療治をするなんて思わないよね。私の言葉を聴いて、師範は呆けた顔をしてる。
「たたか───は? 何故そうなった?」
「本音を話すなんて恥ずかしいじゃないですか。それに、本音を伝えることで相手を傷付けることもありますし。それに、先輩や師範がたまに言うじゃないですか───拳を交えることで、相手の気持ちが伝わってくることもあるって」
「……………いや、まぁ、あるぞ? あるが……相手の気持ちが大雑把に分かる程度じゃぞ? 詳しいことは分からん。お主もそれぐらい分かるじゃろて。なんでそんなよく分からん考えに」
師範が右手で頭を抱え、困った表情をしてる。
私は師範の言葉を聞いて苦笑した後───
「私の本音を伝えたら相手が傷付く。それが分かるくらい、酷い思いを抱えてたんです───同居人に」
これまで、自分が、サガ兄に対して、あんな醜い感情を抱えてた事実を思うと、悲しくなる。あんなにサガ兄と一緒に居れたのに、サガ兄への愛を育めなかった。後悔にも近い悲しみだ。
その悲しみを隠すために、無理やり笑みを作る。
「……………」
師範は、私の笑みを見た後、先とは違う意味で困ったようで、また視線を下に向けた。
いけないいけない。せっかく問題が解決したのに、暗くなるのは良くない。
私は改めて気分を切り替えるため、頭を左右に振る。
「だから、戦ったんですよ。もう全力で。そしたら同居人も応えてくれて───凄い楽しい時間を過ごせました」
「……そうか」
「はい。初めて、同居人が私のことをしっかり見てくれた気がして、嬉しかったです。全力でぶつかったことで私の気持ちも整理できましたし、同居人のことも色々と知ることができました。師範のおかげです」
「………そうか」
ちゃんと感謝してること、師範に伝わったのかな?
師範が優しい笑みを浮かべてる。
と、そこで、師範が「あ、そういえば」と話題を変えた。
「昨日、変な魔獣を見なかったか?」
「変な魔獣、ですか?」
「そうじゃ。なんでも、急に、ここから少し離れた平原に現れたのだとか」
「………ん?」
ここから少し離れた平原?
「確か……現れたのは金色の巨人と、銀色の鉄人形、だったか? 昨日、国の連中が来て、あっちこっちの道場に聞き込みをしとってな。そんな魔獣、本当に居たのかと疑問に思っとった所なんじゃよ。何か知らんか?」
「あ〜〜〜、えっとォ……知ってる、というか……ガッツリ関わってる、というか……」
「なんじゃと!? 関わってるとはどういう………………まさか、戦闘をしていた場所とは───」
「はい、そうです……あの平原です」
私は顔を俯かせて答える。
嘘、あの戦闘、誰かに見られてたんだ。
できるたけ目撃者を減らすために離れたのに……あの程度の距離じゃ、あまり効果が無かったみたい。
師範は右手をおでこに当て、呆れたような目で私を見てくる。
「まったく……目覚めさせたのか呼び寄せたのか……どちらにせよ、マズいことになったわい……」
「あ、それは違います」
何やら師範が勘違いしてるみたいなので、右手を出して師範を止め、訂正する。
「その変な魔獣の正体が私達なんです。というか、魔獣ですらないですよ? 技を出した状態の私と、サガ……同居人が装備を纏って戦ってたってだけで」
「……………は? よく分からん。どゆことじゃ?」
「だから、黄金の巨人は私の力が他の人に見えるようになっただけで、鉄人形はそういう装備を同居人が着てただけなんですよ」
「…………………は???」
ちょっと恥ずかしい。思わず、視線を下にズラして、頭の後ろに左手を持って行ってしまう。
国で話題になってるのが自分達である、と言うのは、なんだか自意識過剰みたい。
「………へ、平原が無茶苦茶になった……と、聞いたが……?」
「あ、はい。そうです。間違いなく私達のせいです」
謝る相手は師範じゃないと分かってるけど、つい「ごめんなさい」という言葉が出てしまう。
師範は驚き過ぎて声も出ないといった様子だった。
で、でも! 別に平原は誰のものでもないし、近くに人が居ないことは確認してたから、問題は無い筈!
あ〜でも、戦いの影響で環境が変わっちゃうかも。生えてた植物が生えなくなったり、戦闘地近くをナワバリにしてた動物が居なくなったり……そう考えると、悪いことしたかも。
ど、どうしよう? こういう時、なんて言い訳すればいいんだろ?
あ、そういえば、何かをやらかして、なんて取り繕えば分からない時はこう言えってサガ兄に言われてることがあった。
「テヘ☆」
改めて、師範の方を見ながら、今度は右手を頭の後ろに持って行って、舌を出しながら、サガ兄に教えてもらった言葉を使ってみた。
ちなみに、この後、「このことはこの道場だけの秘密とする」「二度と私闘で環境破壊をしないように」と釘を刺され、すッごく怒られた。
□□□
サガ兄と戦ってから半年が過ぎようとしていた。
そんな折、師範が気になることを皆に通達する。
「お主らも知っておると思うが『エッドナント大森林』の魔獣の数がかなり多くなっているらしい。魔獣大侵攻が現実味を帯びてきてる故、日頃から心の準備をかかさぬようにな」
『───はッ』
どうやら魔獣の数が増えてるらしい。
スタンピードは有名な災害だ。
魔獣の大量発生によって起こる、魔獣による人類の生存権への侵入。
魔獣除けを嫌がったり、殺されるのを恐れて、人類の拠点には滅多に入ってこない魔獣が、飢餓や強い魔獣に対する恐怖を理由に、なりふり構わず村や街に走る魔獣災害。
軍で対処しなきゃならないレベルで、スタンピードが起きたら、いくつかの村や街の壊滅を覚悟しとかなきゃいけないんだとか。
でも、心の準備ってどういうことだろ?
エッドナント大森林てここから近いのかな?
私は諸々の疑問を解消するために、修練が終わって、他の人達が道場を後にしたのを確認してから、師範の背中から話しかけた。
「師範、今朝の話ってどういう意味ですか?」
道場の戸締まりをしていた師範が私の存在に気付き、向き直る。
「ヨミか。今朝の話とはなんのことじゃ?」
「スタンピードのことです」
「───ん? どうも何も、そのまんまの意味じゃよ。近々スタンピードが起こるかもしれんから、それに対抗するためにも、常に心と体の準備を万端にしておれ、という意味じゃ」
「あ〜、じゃあ、やっぱり、エッドナント大森林てここから近いんですね」
「いや? エッドナント大森林は国の端じゃよ。中央にあるこの都市からはけっこう離れておる」
「え? じゃあ、当分は私達と関係ないんじゃ……?」
「な〜にを言っておる。関係大ありに決まっておろう。……いや、ヨミは異国の者だったな。では、ヨミには関係ないかもしれんな」
「ただの道場の門下生が……関係ある?」
私は首を傾げる。
「そりゃそうじゃろ。我々が腕を磨くのは、誰かに自分や大切な者の命を奪われないようにするため。そして、侵略者から自国を守るためなのだからな」
「───」
あぁ、そっか。
私の国とこの国とじゃ、道場の立ち位置ってちょっと違うんだ。
「道場に通う武術家って、国を守る兵士でもあるんですね」
「そりゃそうじゃろ。お主の国でもそうじゃろうが」
「いえ………私の国では、護身術を学んだり、ただ強くなるためだけに道場に通うんです。通うことで、国を護る義務みたいなのは生まれないんです」
「なんと!?」
私は、質問した訳を、頭を搔きながら説明する。
それを聴いて、師範は大きく目を見開いて驚いていた。
「国を跨げば価値観は変わる、それは分かっいたんじゃがなぁ………随分とまぁ、違いがある」
「そうですね。私もびっくりです」
私と師範は一緒に何度も頷きながら、そう話を締めくくった。




