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プロローグ

「僕に小説を読ませろ。面白いものがいい」


 手元にある小説を机に投げ出しながらそう言ってきたのは、俺の友人の雅史。

 趣味は読書と人を小馬鹿にすること。

 嫌な奴だ。


「今読んでいるのはどうしたんだ」

「これ、3回くらい読んでるんだよ。さすがに飽きた」

「じゃあそこの本棚のは?」

「今そういう気分じゃない」

「どういうことだ」


 こいつは見た目はイケメンで、風になびく程度の髪をかき上げるしぐさはどこぞかの王子様かという風だが、中身もどこぞかの王子様のようで、よく無茶苦茶なことを言う。


「わからないのか。スナック感覚で読めるようなものが欲しいというこの僕の気持ちが」


 漫画でも読んでろ、という一言を飲み込んで先を聞く。


「わからんが、つまり?」

「お前の書いている小説を僕に読ませろ。書きかけでもいい」

「書きかけのものなんて見せられるわけないだろ」

「今僕が欲しているのがそれなんだ。いいじゃないか、書きかけでも。ライブ感とかあって。それに完成した後で読んでみたら、また面白いかもしれないじゃないか」

「わかるようなわからないような……。まあ、いい。そんだけ言うなら読ませてやる」


 なんだかんだ言いながら、俺はすこしうきうきしながら雅史に自作の小説を読ませることにした。

 雅史は嫌な奴だし言っていることは滅茶苦茶だが、俺の小説のファン1号である。正直その事実はうれしい。

 部室のパソコンで書きかけの10000文字くらいの短編を、USBに入れてよこす。あまり自信のある作品ではなく、お蔵入りも考えていたものだが。

 小説家なんて、人に自分の書いた本を読ませるのが生きがいの生き物である。

 

「一応完成してるが、まだ推敲してないから期待するなよ」

「おう、ありがとうな」


 雅史はUSBを受け取ると、部室のもう一台のパソコンに繋げてワードを起動し、俺の小説を読み始める。

 軽く流すなら読み終えるのに10分もかからない。

 雅史はそれをすぐ読み終えると、俺に言った。


「つまらなかった」

「てめえ」


 ひどい感想だった。


「いや、本当につまらない。なんでこんなもん書いたの? 読み返してみて自分でどう思ったの? そして推敲してないから期待するななどと姑息にもハードルを下げて本当につまらないものを出してどうする」

「う……。まあ、確かに俺もそんなに面白くないと思ってるんだけど」


 自分で書いた小説だ。それがどれだけ面白くないとしても(つまらないとは言いたくない)、自分の子供のようなものだ。

 悪しざまに言われるとへこむ。


「手なりで書いてるだけなら文章の練習かともおもうけど、それなら面白い小説を書きながら練習すればいい。こいつからは、面白味が何も感じられない。ダメ、全然ダメ。こんなもの人に読ませた罪をもっと自覚して。そして僕に謝って」


 誰が謝るかボケ。


「誰が謝るかボケ」

「そうか。まあ、内容はつまらなかったけど僕の要求は満たしていたし、それを思うと謝罪までは要らないかもしれなかったね。内容はほんとつまらないけど」


 2人で騒いでいると、他の部員も集まってきた。


「私にも読ませてくれないか、七篠クン」


 ニヤニヤといじわるそうな笑みを浮かべながらにじり寄ってくるのは、神岸しほり先輩。黒髪を前髪は眉まで、後ろ髪は腰まで垂らして均等に揃えている女。文芸部の部長だ。

 わりと女子としては大柄な方で、とくにその胸はふとした時に目で追ってしまうので気を付けてほしい。よく胸の下で腕を組むのは眼福なのでやめないでほしい。


「ぼくもぼくもー。仲間はずれにしちゃやだよー」


 小柄な体格、白髪の、漫画やアニメの登場人物めいた女子も寄ってくる。彼女は白根黒子先輩。異次元星人を自称しているよくわからない人で、困ったことに本当に異次元星人だ。中二病をこじらせているのかと思って接したら痛い目を見ることになる。

 

 そして、ちらちらこっちを見ながらも話に入ってこないのが、クローウェル・ママナージュ。金髪ロング、絵にかいたようなお嬢様然とした風体の彼女は、留学生であり本物のお嬢様だ。なんでも某国の貴族の娘らしい。日本語は読み書き発声ほぼ完ぺきだが、会話は少し、なんというか訛りのようなものがあるので、あまり自分から喋ろうとはしない。


「内容つまらないって言われてるのにみんな読むんですか……」

「つまらないかどうかは読んでみないとわからないだろう」

「つまらないって断言されてると逆に気になるよ」


 そういって、しほり先輩は雅史と場所を交代し、俺の小説を読み進める。

 その後ろに白根黒子-しろねこ先輩も、続く。

 クローウェルも、すっと立ち上がり、しほり先輩の後ろからパソコンの画面をのぞく。


 俺はその気が気でない時間、何することもないのでお茶の用意をした。

 大した分量でないそれが最後までスクロールされ、みんな自分の席に戻る。


「どうでしたか」

「つまらなかっただろう?」


 てめえ雅史。


 みんなお茶を一口含む。

 まず、しほり先輩が口火を切った。


「ご都合主義がすぎるな」

「えー、そこは別にいいじゃん。物語っぽくてぼくは好きだなー」

「従者が物乞いに施したとおもったらそいつが偶然王宮を抜け出した王子様で、権力抗争に負けて娼婦になりそうな貴族令嬢を助けてくれるって。どんな偶然だ」

 しほり先輩はリアリティ至上主義者だ。ファンタジーもので主人公が10メートルくらいジャンプするシーンを読んで、星の重力と質量を気にしだすタイプ。


「しかも主人公は従者で貴族令嬢との恋は実ってない。嬢が王子と結婚とかNTRだろNTR」

 正志はハーレム主義者、というか主人公モテモテな作品が好きだ。

 そのせいか知らないが、よくサブヒロインに熱を上げてそのサブヒロインが主人公に振られたりぽっと出のキャラと付き合ったりして深い悲しみに包まれている。


「そりゃ舞台背景は雑だし、話事態も雑だけどさ。主人公の恋が実らないのいいよね。身の程を知れって感じ」

 異次元星人であるしろねこ先輩は、いかにも物語的な話が好きだ。そして基本的に、多少強引なストーリー展開でもなんでも好意的に受け止めてくれる。実際のところ、小説が読めれば何でもいいと思っているのだと思う。


「それはそれでひどくないか」

「それより、この話の貴族制はいったいどうなってるんだ。伯爵令嬢が明日には娼婦って。治安大丈夫か」

「貴族社会崩壊待ったなしだな」


 思い思いの感想を口にするみんな。なんだろう、へこむと同時になんか気持ちよくなってきた。


「わたくしは、悪くないと思いましたわ」

「えっ」


 全体的に扱き下ろされるなか、クローウェルの感想に一筋の光明が差し込んだ気がした。


「いえ、良いとまでは思ってませんけど。まあ、悪いとまでは言わないで差し上げますわ、程度でして」

「ひどい」


 光明は気のせいだった。

 というかもう、その感想は悪いと言っている範疇に含まれると思う。


「この作品を書いた人はひどい女性差別主義者か、でなくば何も考えていないとうへんぼくにも劣る知性の持ち主だな、とは思いますけれど、そこまで悪しざまに言うほど読めない作品でもございませんでしてよ。世界観は破たんしていますが、物語自体は破たんしていないいませんし。ただ元のストーリーがそもそも愉快なものではございませんが」

「フォローになってるのかなっていないのか」

 しほり先輩のつっこみ。

 俺も、フォローになっていないと思う。


「わたくしの飾らぬ気持ちですわ」


 クローウェルの訛りというのは、聞いてのとおりである。

 彼女はしゃべるとき、なぜか悪役令嬢みたいな言葉遣いなのだ。教材が偏っていたのですわ、とは本人の弁。

 基本的に素直な彼女は、思ったことをそのまま口にする。



「では、七篠はとくにひどい女性差別主義者ではないので、とうへんぼく以下の知性ということかな」

「おいやめろ」

 雅史がとどめを刺してくる。

 なぜ俺がそこまで言われなきゃならんのだ。


 みんなの感想が出そろったところで、しほり先輩がまとめた。

「感想の大半は厳しいもの。小説家とは得てしてそういうものだ。何を言われようが、平然としていたまえ。ただし自己研鑽は忘れずに」


 それに雅史が続いた。

「もっと面白いものを書け。読んでやる」


「ああ、頑張るよ」




 なんにせよ感想もらえるって、いいよな。


 俺の名は七篠拓也。

 為楼高校文芸部所属、小説家志望の高校1年生だ。

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