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イケメンでモテるけど直ぐ振られる男子と、地味目だけどモテてすぐ振る女子のお話  作者: tosa


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おまけ②

 街のシンボル的な存在であるそのビルは、建物の色を指してオレンジタワーという愛称で親しまれていた。


  ビルにはスーパー、本屋、ジム、美容室と言った様々なテナントが入っており、最上階には展望室があり無料で街の風景を一望出来た。


  厚い強化ガラスの窓に細い指を触れさせながら、セーラー服を着た小柄な少女が眼鏡越しに街を見下ろしていた。


  その風景は少しボヤケており、また視力が落ちた事を少女は大した感慨もなく淡々と自覚していた。


  この最上階から落ちたら間違いなく即死出来る。恐らく一切の苦痛を感じる事なく。 いつからか少女は、高い場所に来ると無意識にそんな不吉な事を考えるようになった。


 普通の人にとっての高層からの絶景は、少女にとってはどれだけ確実に死ねるか、というただの物差しでしかなかった。


『······最近随分とこの世に執着するようになったのね。クラスのお人好し連中のせいかしら?』


  少女の心の中で、もう一人の自分が囁いてくる。その声は、少女が自殺願望を抱くようになってからいつしか聴こえるようになっていた。


『そろそろこの価値の無い世界を見限りなさいよ。楽になりましょう? また明日目を覚ました時に感じる絶望感なんて味わいたくないでしょう?』


 その声は、楓を常に死の世界へ誘っていた。 その時、少女は背後から激しく息を切らせる呼吸音に気付く。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには自分のクラスメイトが大粒の汗を流しながら立っていた。


「······はあっ、はあっ。あれ? 佐為北さん。待ち合わせ時間に30分も早いよ?」


 戸室坂まひるはスマホで時刻を確認し、ピンク色のハンカチで汗を拭う。力尽きたとばかりに展望室に設置されているソファーに座り込んだ。


「······戸室坂さんこそ来るの早いね。どうしてそんなに疲れているの?」


 佐為北楓は不思議そうな表情でまひるの隣に腰を下ろす。


「い、いやあのね。7階の本屋に居たんだけど、こんな高い場所で待ち合わせしたら、佐為北さんが良からぬ事を考えないかな? って思いついたら急に不安になって。エレベーターが全然来ないから階段で来ちゃった」


「······良からぬ事って。私がここから飛び降りるって思ったの?」


「それ以外無いでしょう? あ、佐為北さん水持ってる? 私、自分の水筒がもう空で」


「え? うん、あるよ」


  楓が鞄からペットボトルを出すと、まひるは遠慮の欠片も見せずそれを受け取り一気飲みする。そしてボトルを膝に置くと、視線を前に向けながら楓に力強く宣言する。


「佐為北さん。私ね。貴方みたいに自殺願望がある人との友達付き合いマニュアルなんて持ち合わせていないの。今の今でも貴方とどんな話をすればいいかまるで見当もつかない。だからね、分からないから、一周回って出た結論はね。もうこうなったら私の本音と本性とその場のテンションで真正面から貴方にぶつかるしかないって思ったの。だからこれからガンガン貴方の地雷を踏むし、不快な思いもさせると思う。そんな時は遠慮なく私を引っ叩いていいから。殴ってもいい。そしたら私はまたどうしたら貴方と仲直りできるか無い知恵絞って、絞りまくって許してもらえるように頑張るから。あとね 、3年生になってクラスが変わっても、卒業して互いの進路が別々になっても、何なら遠くに引っ越しても、私は貴方との付き合いをやめないから。どこまでも鬱陶しく付きまとうから。そこんとこよろしくね」


  まひるの意味不明の決意表明に、楓はただポカンと口を開けるばかりだった。そんな事をしてまひるに一体何の得があると言うのか。楓には皆目理解が出来なかった。


「だって私は「佐為北さんをこの世に留めさせる会」の副会長だから。副会長って結構責任重大なんだよ?」 


  楓本人のあずかり知らぬところで謎の会が結成されていた。だが、まひるは自らを副会長と称した。では会長とは一体誰なのか。


「決まってるでしょう? 会長は佐為北さんの元彼よ。念のために言って置くと、会長は永遠に変更されないから。佐為北がその寿命を全うするまで」


  まひるは顔を横に向け、楓に挑むような視線を向ける。


「佐為北さん。貴方の元彼は本気でお笑い芸人を目指しているわ。貴方に振られても。テレビの中で貴方を笑わせる為に、貴方に生きてもらう為に。佐為北さんは一人の男子高校生の未来の進路を変えたの。それは、貴方が背負わないといけない十字架よ」


  まひるの言葉は、鋭く射られた矢となって楓の心 に突き刺さる。楓は沈んだ表情でぽつりと呟く。彼にとって自分は関わらないほうが良かったのかと。 


「それは違うわ佐為北さん。彼は後悔していない。貴方と出会った事を人生最大の幸福と思ってるよ。私が言いたいのは、彼がテレビに出た時、貴方にはそれを見届ける義務があるって事なの」


  楓の頼りない顔を真っ直ぐに見るまひる。楓は一切化粧をしていないまひるを見て不思議な気持ちになった。


  以前に化粧をしていたまひるより、今の彼女のほうが何倍も魅力的に見えたからだ。それは、まひるの内面からあふれ出る輝きなのかもしれなかった。


『······こんな赤の他人の戯言に耳を貸すのはよしなさい。明日になれば気が変わって簡単に宣言を反故にする連中よ。貴方を理解できるのは私だけ。そろそろ覚悟を決めなさい。苦痛と同義のこの世界から姿を消すのよ』


  楓の中のもう一人の自分が冷たく囁いて来る。楓にとってのもう一人の自分は、これまで孤独に寄り添ってくれた唯一の友人だった。 


  だが、その安心して聞けた声がいつからかどこか遠くに感じるようになった。


「佐為北さん。いつか彼がテレビに出た時、その時は一緒に彼の芸を見よう。そして駄目出しするの。あの芸は無いよね、って」


「······でも。もしかしたら面白くて笑うかも」


  楓はまひるの一方的な決めつけに、反論したい気持ちになった。


「笑う? あはは。無い無い。あれだけお笑いの才能が無い人って、ある意味それが才能だと思うけど」


  遠慮会釈無いまひるの物言いに、楓はだんだんと腹が立ってきた。彼の優しさ。真面目さ。ひたむきさがあれば、努力次第で叶えられない夢などないと言いたくなった。


「戸室坂さん。じゃあ賭ける? 私はテレビでウケるほうに賭けるわ」


「望むところだよ、佐為北さん。私は滑るほうに賭ける。負けた方はどうする?」


「······ラ、ランチ奢るとか?」


「いいわよ。ただし、三星ホテルのランチね。それに決まり」 


  まひるは挑発的に笑い、ソファーから立ち上がる 。それは、楓が一瞬見惚れるほど颯爽とした姿だった。


「さあ、こんな高い場所に居るのは止めて下に降りよう。降りる時も階段でね。いい運動になるよ」


  まひるは眩しい程の笑顔で楓に右手を差し出す。


「か、階段? 戸室坂さん。ここって32階だよ?」


「だからいい運動になるのよ。大丈夫。途中から疲れすぎてハイな気分になるから。喉がカラカラになって飲む水は最高に美味しいよ? そうしたら死にたいなんて考えどっかに行くかもね」


  自分に手を差し伸べるまひるの背後からは、傾いた太陽の光が巨大な窓に差し込んできた。楓は眩しさに両目を細める。


  それは、この世界に居場所が無いと思い込んでいた少女の視界だった。この世界の絶望から少女はいつも目を細め、向き合う事を拒み死を望んでいた。


 だが、目の前に立つまひるが差し伸ばすその手は 、楓にとって心の暗闇を照らす灯台に見えた。


 楓の中でもう一人の自分がその手を取るなと叫ぶ。 楓は細めた両目を見開き、まひるの手を握った。その瞬間、心の中のもう一人の声が小さくなっていく。


「······戸室坂さん。私足首に障害があるの。一応聞いておくけど、それでも階段で行くの?」


「当たり前でしょう? 私との友達付き合いに甘えは通用しないから。どこかの彼と違って私は甘やかさないわよ。それで? 階段で行くの? 行かないの?」


「······行く。戸室坂さんが途中で音を上げるのを見たくなったから」


「上等よ。その言葉、のしを付けてそっくりお返ししてあげるわ」


 まひるは不敵に笑い、楓の手を握ったまま非常用階段に向かっていく。まひるの手の体温は、かつての恋人の手と同じ温かさだった。


  優しすぎた彼との思い出が、この時初めて楓の心の中に鮮やかな色となって広がって行った。自分から別れを告げた彼に対して申し訳なさしかなかった楓は、この時初めて彼に感謝の気持ちを持てるようになった。


  二人の少女は非常用階段の入り口に立つ。この無意味と思える行為に、まひると楓は妙な高揚感を感じていた。


「行くよ、楓。人と人との縁には意味があるの。その辺りのありがたいお話を、階段を降りながら貴方に教えてあげる」


「······息を切らせて喋れなくならないように気をつけてね、まひる」


  まひると楓は手を繋ぎながら階段を降り始める。楓の中のもう一人の自分の声が夕凪のように止み、楓の心の中には、生きる力という名の種が芽吹こうとしていた。



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