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イケメンでモテるけど直ぐ振られる男子と、地味目だけどモテてすぐ振る女子のお話  作者: tosa


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17/26

夏に終わる恋

 海にほど近いその水族館は、連日の酷暑日の影響もあり涼と魚達を求めてくる客達で賑わっていた。


 チンアナゴの水槽を眺めている一組のカップルは、チンアナゴ達がどうして同じ方向を向いているのか議論していた。


「チンアナゴ達にしか見えない何かがあるのかな?」


 水色のノースリーブ姿の佐為北楓が、彼氏である麻痺棚俊に問いかける。だが、俊は楓の露出した脇の周りの白い肌に釘付けになっていた。


「聞いてる?  麻痺棚君」


「え? あ、ああ。ごめん。そうだね。チンアナゴ達の目って可愛いよね」


 的外れな事を口にする俊に対して楓はきょとんとした顔になる。答えは隣の親子の会話から導き出された。


  それによると、チンアナゴは海流から流れてくる動物プランクトンを食べる為に効率がいい向きを保持しているらしい。


  2人が次の水槽に向かって歩く中、呼吸する美男子絵画の俊は、周囲の女性客達から注目されっぱなしだった。そして楓に向けられる「まさかこの娘と付き合ってるの?」という羨望と嫉妬が混ざった視線。


  最近ようやく慣れてきたとは言え、楓の精神を消耗させるには十分だった。そんな楓が少しでも疲れた表情を見せよう物なら、俊は直ぐに座って休もうと提案してくる。


「俺の両親がね。人混みが年々苦手になって行くんだって。それって三半規管が衰えているのが原因みたいでさ。試しに親父の頭を掴んで左右に振ったら本気で叩かれたよ」


  俊は身ぶり手ぶりでその光景を再現する。楓はほんの小さくクスリと笑う。その楓の僅かな笑顔を見るだけで、俊の心は天にも昇る気持ちになった。


「俺達も年を取ったら、こんなに人で溢れる水族館に来れなくなるのかな」


 水槽の前で行列が渋滞し、なかなか2人は前に進めなかった。その人の群れを眺めながら、俊は何気無くそう言った。


「······麻痺棚君は大丈夫だよ。きっとお爺ちゃんになってもイケメンで。元気に孫でも連れて水族館に来れるよ」


「······なんで年を取るのが俺だけみたいな言い方するの? 佐為北さんも来ようよ。お婆ちゃんになってもさ。俺と一緒に」


「······ふふ。何だかそれってプロポーズみたいだね」


「みたい、じゃないよ。俺は本気だよ。俺は本気で佐為北さんとずっと、この先もずっと一緒にいたいと思っている」


 楓の冗談返しは、俊の真剣なプロポーズで報われた。何か軽口を叩こうとした楓だったが、俊のあまりにも生真面目な顔を見て何も言えなくなる。


「俺、お笑い芸人になるから」


「······え?」


  前後にほかの客達がひしめく中、俊はそんな事はお構いなしに大声で楓に宣言する。


「お笑い芸人になって。佐為北さん、いや、楓ちゃんの事をずっと、一生ずっと笑わせる。笑わせ続ける。約束する。一生そうするって誓う。だから俺と一緒にいて。ずっと、ずっと俺と一緒にいてください」


  黙って立っていても一級品の彫像のような俊が、両目を赤く腫らし楓だけを見つめる。楓は俊の手を掴み、人だかりの中から抜け出した。


 非常用階段の踊り場で、楓は俊の手を離した。自分に背中を向けたままの楓に、俊は静かに返事を待った。


「······私達、もう別れよう。麻痺棚君」


  楓から返ってきた答えは、俊にとってあまりにも絶望的な宣告だった。


「麻痺棚君。貴方は優し過ぎるの。貴方といると、私はいずれ貴方に依存してしまう。ううん。既にそうなりかけているかも。そんなのは恋愛でも愛情でもない。ただ精神を病んでいるだけ。私は私の都合で貴方をそんな事に巻き込みたくない」


「······どうしてそんな答えを急ぐの? そんな事、そうなるなんてまだ誰にも分からないよ。俺は嫌だよ。楓ちゃんと一緒にいたい。別れたくない。何でもするから! 俺何でもするから別れるなんて言わないでくれよ!」


「······言い方を変えるわ。私は貴方の事は好きでも何でも無いの。ただ私の自殺の儀式に利用しただけ 。それだけなの」


 楓の残酷な最後通告に、芸術的な美男子の顔が見るも無残に歪んで行く。


「駄目だ、駄目だよ楓ちゃん。自殺だけは駄目だ!  その考えが変わるまで、俺は絶対に別れないから」


「······安心して、麻痺棚君。もう自殺はしないわ。約束する。正直、自分の中に自殺願望はまだ残っているけど、それを飼い慣らすように努力する。けど 、それは私自身が向き合って戦わないといけない事なの。そこに貴方の居場所はないわ」


「······本当に、本当にこれで俺達終わりなの?」


「······さようなら。俊君」


 楓は初めて俊の名を呼び、背中を向けたままその場から立ち去った。


 俊は膝が折れ階段の踊り場に座り込み、両頬には涙が流れ嗚咽を漏らす。 どうすれば良かったのか。どうすれば楓と別れずに済んだのか。俊は答えの出ない問いを、いつまでも心の中で繰り返していた。



  水族館の出口から外に出た楓は、太陽の暴力的な光に目を細める。楓の胸の中の鈍い痛みは、時間と共に鋭利な刃物となってその傷口を広げていく。


  これから水族館に向かう親子とすれ違った時、父親と手を繋ぐ幼児が楓の顔を不思議そうに見た。幼児と目が合った楓は、涙を流していた自分にその時初めて気付いた。


  いつも日傘を持って日差しから守ってくれる恋人はもう隣には居なかった。楓は自分に罰を与えるかのように、手にした日傘を差すこともせず太陽の下を歩いて行った。




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