化粧すると化ける地味目女子の事情②
「縁ですって? 学校のクラスなんて、電車の車両に乗った時に居合わせた他の乗客と同じくらい薄っぺらい縁だと思うけど?」
強い日差しの下、日傘を持ちながら戸室坂まひるは東魁優仁を睨みつける。
「そんな事はないよ。人と人とは必ず何かしらの縁があって出会う。俺と戸室坂の縁だって、きっと何かの意味はある筈だ」
「ふうん? じゃあさっきナンパから助けた美人の彼女は? 彼女の方から東魁君に連絡先を聞いていた感じだったけど。何で教えてあげなかったの?」
「あ、あれは。べ、別にお礼目的で助けた訳じゃないから。そ、それにあんな美人にいきなり連絡先聞かれても、俺どうしていいか分かんねえよ」
優仁はしどろもどろになりながら額の汗を拭う。所詮は2軍男子。優仁は女子と付き合った事などないのだろうとまひるは内心で優越感に浸っていた。
「私はね。東魁君。先月他校のイケメン男子と別れたの。デート代を割り勘にしようとするケチな男だったから私から振ったんだけどね」
「あ、ああ。戸室坂がモテるって話はよく聞くよ」
「私の人生設計を教えてあげようか? こうやっていい男との恋愛経験を積んで、ハイスペックの男を従える誰もが羨む大人の女になる事よ」
「······自分の身体を犠牲にしてもか? 戸室坂」
「まだ私の肌の事を言っているの? あんな腫れ、ファンデーションで幾らでも隠せるわよ」
「これから付き合う男にも。将来結婚する男にも。そうやって化粧で隠し続けるのか?」
「······こんな大した事のない腫れの1つや2つ、隠し事になんか入らないわよ!」
「戸室坂。心と身体は繋がっているんだ。父さんが言ってたろ? 戸室坂の肌は今悲鳴を上げているって。それってさ。戸室坂の心もそうなんじゃないか?」
「······私の心が悲鳴を上げているって言いたいの? ふふふ。笑えるわそれ。私はリア充な学生生活を送っているの。いたって幸せよ? 私の事を何にも知らないくせに、知ったような口を叩かないでくれる?」
「知らないよ。分からないよ。だから話すしかない 。戸室坂の事を知りたいからこうやって俺は話しているんだ」
優仁の偽善者ぶった物言いに、まひるは苛立ちを通り越して怒りが湧いてくる。それは、顎の痒みに比例していく。
「いい加減にしてよ! アンタはそうやって能天気に偽善者していればいいけど、他人は色々考えて生きているの! 自分に与えられた少ない武器でこの下らない世の中を渡っていかなきゃならないの! その為に全身全霊で工夫して、努力して日々を頑張っているの! その代償が肌荒れなら安いものよ!」
「安くないよ。戸室坂」
「はあ? 何を言ってるの?」
「肌も戸室坂の大事な身体の一部だ。顔の肌なら女の子の1番大事な場所だろ? いや違う。戸室坂の身体を犠牲にしていい報酬なんて何一つ無いよ。いや。あっちゃいけないんだ」
「······本気で言っているの? ただのクラスメイトに。親でもそんな事言わないわよ」
半ば呆れた口調のまひるに対して、優仁はそばかすが残る頬を赤くして俯く。
「······俺さ。両親の本当の子供じゃないんだ。養子ってやつ」
突然の優仁の告白に、まひるは一瞬呼吸が止まった。
「俺の両親、子供が出来なくて俺を養子に迎えてくれたんだ。ところがその途端に母さんが妊娠してさ 。妹が産まれた時は嬉しかった反面、不安だったんだ。家に自分の居場所が無くなるかもって。だって 。俺は本当の息子じゃないから」
練習用のスパイクの踵をアスファルトにぶつけながら、優仁の両目は赤くなっていた。
「······でも。父さんも母さんも俺にたくさんの愛情を注いでくれた。両親に言われたんだ。優仁とは縁があって親子になれたんだよ。って。俺嬉しかった 。父さんと母さんの息子になれた縁に感謝した。だから俺は大事にしたいんだ。人と人との縁を」
優仁は真っ直ぐな両目でまひるを見つめる。言いしれない理由でまひるは優仁を正視できなかった。
「······私には無理よ。私には絶対に無理。東魁君みたいに他人との縁を大切になんて出来ない」
何故なら、自分は縁なんて形の無い物を信じていないから。まひるは急に自分の心の中が醜く感じるようになる。
「戸室坂。そんな事ないよ。俺達こうやって言い合って。前より少しお互いの事を分かり合えただろう ? 今は無理でも。戸室坂ならきっと人との縁を大事に思えるようになるよ」
「······私に。人との縁を? そんな事できるかな」
「出来るよ。俺はやっぱり戸室坂と縁があったんだなと思ってる。だって。こんな本音で言い合えただろう?」
「······東魁君。何で私が貴方にこんなに怒っているかまだ分かんないよね?」
「ご、ごめん。それは正直本当に分からないんだ。良かったら教えてくれるか? 戸室坂」
まひるはため息交じりに真相を優仁に伝えた。優仁の自宅の皮膚科で診察を受けた際、すっぴんの顔を優仁に見られた。それがまひるの最大の怒りの原因だった。
「······すっぴんの顔を見られたから? そ、そんな事で?」
「そんな事とは何よ! 私は学校でもコンビ二行く時でも必ず化粧をするんだから! そんな私がすっぴんの顔を見られた恥ずかしさが東魁君に分かるの!?」
「わ、悪かったよ戸室坂! 俺が全面的に悪かった 。配慮が足りなかったよ。でも······」
「でも何よ? 何!?」
「戸室坂のすっぴんの顔。普通に可愛かったから。だから俺。お前がそんな事を怒っているなんて考えもしなかったんだ」
優仁が自覚なく何気に放ったその一言は、まひるの心の奥深い水面に投じられた。言葉は水面に激しい波紋を巻き起こし、まひるの心の中心部に到達して行く。
これまで経験した事の無い鳥肌がまひるの全身を襲う。完全無欠の人生設計を望んでいたまひるの人格が最大級の警告を発した。
その感情に決して飲まれてはならないと。もし飲まれれば、2度とこれまでの自分には戻れないと。だが、まひるの心にその警告が届かなかった。 否。その警告を意図的に無視した。
まひるは柔らかい羽毛の手で心臓が掴まれているような感覚に陥る。 そして、全身が熱く火照っていく。申し訳なさそうに自分を見る優仁の目を、まひるはまともに見れなくなってゆく。
まひるの胸の鼓動が激しく脈打つ。唇が震え、自分の体重を支える両足の感覚が無くなって行くほど身体が軽く感じる。
理解不能な感情がまひるの頭と胸を急速に支配していった。 その説明できない感情の揺れ。
有史以来、いつからか人はそれに恋と言う名をつけた。




