恋する超絶イケメン
「おはよう。麻痺棚。今朝もぬか漬けの壺に入れてこねくり回したい程イケメン面だな?」
「おはよう東魁。今朝も校舎裏にある焼却炉に放り込みたいほど憎らしい顔だな?」
野球部所属の坊主頭の少年が韓国アイドル系イケメン少年にひがみ全開の挨拶をする。早朝のクラス内でいつもの見慣れた光景。
の、筈だったが、東魁優仁の朝の挨拶に麻痺棚俊は初めて答えた。否。応戦した。その事実に、クラス内が急にざわめき始める。
「ど、どうしたの麻痺棚君? 今朝は機嫌が悪いのかな?」
「東魁君にいつも何を言われても黙って頷くだけなのにね?」
クラスで1位のイケメンの豹変振りに女子達は戸惑う。その原因を知るのは戸室坂まひるただ1人だった。
「······な、なんか怒っているのか? 麻痺棚?」
思いも寄らない反撃にたじろいだ優仁は、俊のご機嫌を伺うかのように下手に出たが、俊はそれを無視して佐為北楓の机の前に立った。
「······佐為北さん。俺、今朝バナナを2本食べたら、1本のバナナ便が出たんだ」
「······え?」
俊の朝の便通状況を突如聞かされた楓は、表情の選択に困り、結局無表情のまま戸惑いの声を漏らした。俊は無言のまま自分の席に座るなり両手で頭を抱える。
滑った。完全に滑り倒したと俊は心の中で恥ずかしさに悶え苦しんでいた。一方クラス内ではイケメンのご乱心に益々ざわつきが大きくなって行く。
俊は猛省していた。お笑いの本や動画を一晩見たところで所詮はつけ焼き刃。いきなり人を笑わす事など容易に出来ない事実に。
テレビ画面の中で周囲の人達を笑わせるお笑い芸人の存在を俊はこの時ほど尊敬した事は無かった。 元々地頭は悪くない俊は、現状の自分をフルスロットルで分析し始めた。
残念ながら自分には自然に人を笑わせるセンスも知識も無かった。だが、知識なら逆に努力次第で増やす事が可能であり、それを磨く事でセンスも向上するのではないかと俊は前向きに考えた。
そして恋人の楓を大笑いさせた憎き東魁優仁。俊は唇を噛み締めて現状の屈辱を受け入れる事にした 。そして優仁の軽快なトーク術を観察してそれを盗みまくる。否。勉強しようと俊は心に決めた。
「それでさ。前から来た散歩の柴犬を右に避けようとしたらさ、柴犬も右に来てさ。左に避けようとしたら柴犬も左に来てさ。なんとなく気まずくて後ろを振り返ったら柴犬も俺の方を見てて「ワンッ」って小さく吠えて来たんだ。あれって「すまねえな兄ちゃん」的な挨拶かな?」
優仁の話に、楓はまた吹き出して笑っていた。その2人の姿に俊は怒り心頭で猛然と席を立った。優仁の話術を学ぶという前言を完全に忘れ、嫉妬心を右拳に握りしめて優仁に向かって早足で近づく。
「ま、麻痺棚君! 今度の図書当番なんだけど、先生から頼まれた案件があってね」
あと数歩で優仁の背後に辿り着く寸前、戸室坂まひるが血相を変えて俊の前に立った。まひるは声を出さずに口の動きで「落ち着いて」と俊に訴える。
我に帰った俊は、まひるの意図を理解して沈んだ表情で頷いた。
「どうした? 麻痺棚。苦しそうな顔をしてるぞ? バナナ2本食ったから、2本目の便が出そうか?」
俊とまひるに振り返ったら優仁は、今朝の俊の小話を引き合いに出す。その途端、楓は声を出して笑う。優仁と楓のその空気が伝播した周囲でも笑いが起きた。
俊は赤面しながら立ち尽くす。これまでの人生で味わった事の無い劣等感に俊は苛まれていた。




