衝撃の新恋人
佐為北楓は幼少の頃から冷めた性格をしていた。ランダムに選ばれたクラスメイトと言う名の赤の他人。狭い教室と言う名の檻。
そして卒業後の社会人と言う名の賃金労働者の日々。恋愛。結婚。子育て。親の介護。そして老いた自分の末路の心配。
楓にはそれら全てが面倒で煩わしかった。自ら命を断てばその雑事から解放される。その考えに至った楓は何度も飛び降り自殺を試みた。
だが、身体に障害を残しつつもなかなかその目的を達成できなかった。今度こそはと決意し、儀式として普段は到底しない事を実行してから自殺へと行動しようとした楓は、麻痺棚俊に告白した。
さっさと自分の告白を断ればいいものを、俊は答えを保留した。楓はそれでは儀式が成立しないと内心 苛立った。
2度のデートの中で、俊は楓の事を好奇心に満ちた両目で聞いてきた。俊を興ざめさせる為に、楓は自殺願望の事を赤裸々に語った。
だが、楓の意図は脆くも崩れ去った。俊は益々楓に興味を持ち、3度目のデートを迫った。楓が躊躇すると、俊の方から正式に付き合おうと逆告白してきた。
韓国アイドル系イケメンと付き合ってそれを冥土の土産にすればいいと、俊は非常識な提案をした。楓はしばらく考え込み、それもいいかもと了承した。
そして先日、クラス内で東魁優仁が楓の対人用の分厚く堅い壁を見事に破壊して楓を心から笑わせた。 楓の正式な恋人の俊は、その光景を見ながら心中穏やかではいられなかった。
「······そ、その時どう思ったの? 麻痺棚君?」
戸室坂まひるは、隣に座る麻痺棚俊に恐る恐る質問した。
「そりゃあ。腹が立ったよ。東魁の事を殴ってやろうと席を立ったんだけど、丁度その時に女子達に囲まれて行けなかったんだ」
俊の返答にまひるは心底驚いた。超絶イケメンの俊ほど嫉妬と言う言葉が似合わない男子は居ないからだ。
「······麻痺棚君。それ。完全に佐為北さんの事を好きって事じゃない?」
「······え? 好き? 俺が? 佐為北さんの事を?」
まひるの投げかけた言葉を、俊は首を傾げながら自問自答し始めた。そしてしばらく自分の上履きの先を見つめた後、半ば口を開けたまま相談相手を見る。
「これが。これが好きって気持ちなのかな? 好きって感情なのかな? 好きって想いなのかな? どうしよう戸室坂さん。俺。初めて女の子を好きになったかもしれない」
「お、おめでとう。かな? い、いや麻痺棚。別にそれは健全で自然で愛おしい素晴らしい事じゃないのかな?」
「うわあ。そうかあ。これかあ。これが世に言う恋ってやつなんだ。ど、どうしよう戸室坂さん。意識し始めたら、佐為北さんの事を考えただけでドキドキしてる」
「と、取り敢えず一旦落ち着こう麻痺棚君。何も心配いらないわよ。だって麻痺棚君と佐為北さんは恋人同士。何も問題ないよ。心置きなく青春すればいいんだから」
「······で、でもどうしよう戸室坂さん。この交際が終わったら、佐為北さんは7回目の自殺をする予定なんだ。どうすればこの付き合いが続くかな?」
「そ、そそそうね。これって結構深刻よね。あ! あれよ麻痺棚君! 東魁君が佐為北さんを笑わせていたじゃない! あんな風に佐為北さんを笑わせれば、自殺なんて考えを捨てるんじゃないかな?」
「それだよ戸室坂さん! 俺がいつも佐為北さんを笑わせれば。人生楽しいって思わせれば。彼女も前向きになって自殺なんてしないよね!」
「そ、そうよ! こんなイケメンがいつも楽しませてくれれば、自殺なんて考える女子なんていないよ !」
「ようし! 戸室坂さん。俺今日からお笑いの勉強するよ。何ならお笑い芸人目指そうかな? あ! この図書室にお笑い芸人の本あるかな?」
「じ、自伝書なら何冊かあったよ。ちょっとパソコンで調べるから待ってね。あった。1番左奥の棚にあるよ」
「ありがとう戸室坂さん。俺、戸室坂さんと友達になれて本当に良かった!」
俊はそう言い残すと、早足で棚に向かって行く。あの他人に興味がまるで無かった麻痺棚が。人が変わったように恋に目覚めた。
その後ろ姿を眺めながら、まひるは半ば放心しながら心の中にある格言が浮かんでいた。
恋は、人を変える。




