第8話:もふもふ荷車
朝のブラッシングを終えると、倉庫の扉が少し開きにくくなっていた。
アルトは両手で引いて、やっと開けた。
中を見ると、原因はすぐ分かった。
棚に積んだ箱が溢れて、床にまで置かれていた。魔石の入った箱。神獣毛を束ねた袋。猫たちが運んできた薬草の束。乾燥させた魔魚。黄金大麦の袋。
「いつの間に」
ガインが後ろから覗き込んだ。
「いつの間にって、毎日増えとるじゃろうが。お前が気づかんだけで」
「そうか」
アルトは倉庫を眺めた。
魔石だけで箱が四つあった。猫たちがせっせと運んでくるので、気づけばこの量になっていた。神獣毛の袋も、ガインが紡いでも紡いでも減らなかった。
「ゴミにするのも勿体ないな」
「ゴミ!?」ガインの声が裏返った。
「魔石がゴミ!?」
「使い道がないと場所を取るだけじゃないですか」
「使い道ならいくらでもある! 問題はお前がその価値を全然分かっとらんことじゃ!」
ガインはこういう時早口になった。
アルトは聞きながら、倉庫の棚を整理した。
「たまには町に行って日用品を買い足したいな、とも思っていたんです。魔石と毛を持っていけば、交換してもらえますかね」
「交換どころか……」ガインが額に手を当てた。
「まあいい。行くなら乗り物が要るな」
「何か作れますか」
ガインがニヤッとした。
「任せとけ」
三日かかった。
ガインが設計して、アルトが魔力で補助して、木と石と魔石を組み合わせて作った。
骨格は丸太を曲げたドーム型だった。外側に石を薄く張って、隙間を粘土で埋めた。
内側に板を張って、床には神獣毛の端切れを敷いた。座席は二人分で、背もたれがあった。小さな棚もついていた。
動力は魔石だった。
床下に一個組み込んで、魔力を熱に変換する。床から温風が出る仕組みだった。試しに床に手をかざすと、じんわりと温かい風が来た。
「ストーブより使いやすいな」アルトが言った。
「魔石一個でひと月は持つ」
ガインは外側を拳で叩いた。
「丈夫さは保証する。多少ぶつかられても壊れん」
あとは引っ張る役だった。
アルトがコテージの前に立つと、猫たちが集まってきた。体の大きい数匹に、ガインが作った具を取り付けた。締め付けないよう布で包んだだけのもので、猫たちは特に嫌がらなかった。
ミィちゃんが先頭に出た。
自分から出た。引っ張る気はないようだった。ただ先頭に立って、前を向いた。総隊長のような顔だった。
「ミィちゃんは先導するのか」
ミィ。
当然でしょうという声だった。
出発は翌朝だった。
辺境の町まで半日の道のりだった。
乗り込むと温かかった。外の冷気が壁越しに伝わってこない。床から温風が出続けているので、出発してすぐに上着を脱いだ。ガインは早々に居眠りを始めた。
窓から外を見ると、ミィちゃんたちが走っていた。
速かった。音も静かだった。
蹄の音がないので、滑っているような感覚だった。街道の両脇に雪が積もっていたが、先頭のミィちゃんの周囲だけ雪が融けた。通った後に芝草が見えた。
「春が移動している」
アルトは窓から離れて、持ってきた魚の燻製をかじった。
道中は穏やかだった。風の音と柔らかい振動と、ガインの寝息だけがあった。
街道が森に差し掛かった頃だった。
前方で声がした。
怒鳴り声と、獣の唸り声が混ざっていた。
アルトが窓から顔を出すと、街道の先に荷台が止まっていた。
御者台から転げ落ちた男が、荷台の陰に隠れていた。男の前に、四足の魔獣が三頭いた。体高が馬と同じくらいある、黒い毛の獣だった。
男は商人らしかった。棒切れを構えていたが、手が震えていた。
「魔獣が」
アルトが呟いた次の瞬間だった。
ミィちゃんが速度を落とさずに前に出た。
魔獣の一頭がこちらに気づいて、唸り声を上げた。
ミィちゃんが横目でちらりと見た。
それだけだった。
魔獣三頭が、音もなく吹き飛んだ。森の奥まで真っ直ぐに飛んでいって、遠くで何かにぶつかる音がした。それきり聞こえなくなった。
「風が強いな」
アルトが空を見上げた。
木々は揺れていなかった。
ガインが目を覚ました。
「着いたか?」
「もう少しです。あ、人が倒れています」
棒切れを持ったまま商人が白目を剥いていた。気絶していた。荷台の馬は無事だったが、脚をくじいたらしく立ち上がれずにいた。
アルトは降りた。
商人の肩を叩いた。反応がなかった。
顔色は悪くなかった。怪我もなかった。単純に気絶していた。
「どうする」
ガインが降りてきた。
「放っておけないですね」
二人で商人を乗せて、毛布をかけた。商人の馬は繋いで一緒に引いてもらうことにした。
ミィちゃんを見ると、普通の顔で前を向いていた。
「町まで行けるか」
ミィ。
問題ないという声だった。
温風が床から上がってきた。商人は毛布の中で静かに眠っていた。ガインがまた居眠りを始めた。
アルトは燻製の残りをかじりながら、窓の外を眺めた。街道の雪が、ミィちゃんたちの通った後から順番に融けていった。
辺境の町が、遠くに見え始めていた。




