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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第一章 追放とモフモフたちとの出会い

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7/10

第7話:名工の初仕事

 朝のブラッシングは、アルトの日課だった。


 順番に膝に乗せて、毛の流れに沿って櫛を入れる。絡まりを解して、汚れを取って、また次の一匹。猫たちは順番待ちの列を崩さなかった。


 割り込もうとした猫が他の猫に睨まれて大人しく列の後ろに戻る、ということが毎朝一度は起きた。


 ブラッシングをするたびに、抜け毛が出た。


 ふわふわの、柔らかい毛だった。色によって手触りが違う。ミィちゃんの白い毛は絹みたいに滑らかだった。黒い猫の毛は少し張りがあって、虎縞の猫の毛は密度が高かった。


 アルトはそれをまとめて籠に入れていた。捨てるのも忍びなかったし、何かに使えるかもしれないと思っていた。籠は三日もすると、こんもりと山盛りになった。


「これ、何かに使えないか」


 ガインが籠を覗き込んだ。


 指でひとつまみ取って、引っ張った。伸びた。戻った。またつまんで、今度は捻った。


「……なんじゃこれは」


「猫の抜け毛ですよ」


「わかっとる。なんでこんなに質がいいんじゃ」ガインは毛を光にかざした。


「絹より細くて、羊毛より温かい。こんな繊維は見たことがない。これ、紡げるぞ」


「紡ぐ?」


「糸にできる。糸にすれば布にもなる。綿にすれば詰め物にもなる」


 アルトは籠を見た。山盛りの抜け毛を見た。


「猫たちのお布団が作れるかもしれないな」


 ガインが顔を上げた。


「布団?」


「冬は床が冷えるので、温かい寝床があると喜ぶかと思って」


 ガインはしばらくアルトを見てから、立ち上がった。


「腕が鳴るわい」




 ガインが紡ぎ始めた。


 道具は手持ちのものを組み合わせて作った。錐と木の棒で簡単な紡錘を拵えて、抜け毛を少しずつ引き出しながら撚っていく。最初の一本が糸になったとき、ガインはそれを指に巻いて、引っ張って、光にかざした。


「……均一じゃ。しかもこの強度」


 ゴロゴロゴロ。


 隣でミィちゃんが揺れる糸を目で追っていた。


「こら、遊ぶな」


 ミィちゃんは前足をそっと伸ばした。


「こら」


 ゴロゴロゴロゴロ。


 ガインは糸をミィちゃんの届かない高さに移動させてから、紡ぎを続けた。


 糸が増えた。白と黒と虎縞が混ざった、不思議な色合いの糸だった。単色ではなく、光の当たり方によって色が変わって見えた。


「アルト。お前、魔法で布を仕立てられるか」


「やってみます」


 糸を受け取って、魔力を通した。糸が温かくなった。互いに絡み合って、面になって、厚みを持った。引っ張ると弾力があった。空気を含んでいるような、軽い重さだった。


「できました」


 ガインが受け取って、両手で広げた。


 猫三匹が余裕で乗れる大きさの布だった。白と黒と縞模様が混ざり合って、何とも言えない色になっていた。


「温かいか確かめてみい」


 アルトは布を顔に当てた。


 温かかった。当てた瞬間から温かかった。外気が遮断されて、布の内側に熱が閉じ込められる感じだった。羽毛布団より暖かくて、しかし重くなかった。


「すごいな、これ」


「だろうが」ガインが鼻を鳴らした。


「神獣の毛じゃからな」


「神獣?」


「お前の猫たちのことじゃ」


 アルトは首を傾けた。


「猫ですよ」


「そうじゃな」


 ガインは何か言いかけてやめた。




 布団と並行して、ガインは爪研ぎ板も作っていた。


 材料は近くの林から切り出した木だった。

 コールドランドの木は寒さで締まっていて、密度が高く硬かった。ガインはそれを手斧で割り、鑿で形を整えた。


「猫の爪研ぎは、ただ荒くすればいいというもんじゃない」


 ガインは板の表面を鑿で少しずつ削りながら言った。


「爪が引っかかりすぎると怪我をする。引っかからなさすぎると気持ちよくない。ちょうどいい抵抗が要る」


「詳しいですね」


「道具屋で猫用品を頼まれたことがある。三十年前じゃが」

 ガインの手が止まらなかった。


「あのときは適当に作って納めたが、今は違う。最高のものを作る」


 削っては指で触れて、また削る。同じ動作を何十回と繰り返した。板の表面が、少しずつ変わっていった。


 昼を過ぎた頃、ガインが手を止めた。


「アルト。ミィちゃんとやらを連れてきてくれ」


 ミィちゃんを連れてくると、ガインは板をミィちゃんの前に置いた。


 ミィちゃんは匂いを嗅いで、板の端を前足で押した。それから、爪を立てた。


 ざっ。


 引いた。


 ざっざっ。


 また引いた。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 喉が鳴り始めた。前足に力が入って、体重をかけながら爪を引いた。気持ちよさそうだった。目が細くなっていた。


「どうじゃ」ガインがアルトに訊いた。


「気に入ったみたいです」


「当たり前じゃ」ガインは腕を組んだ。


「三十年前の自分に謝りたいわい」




 夕方までに、布団が三枚と爪研ぎ板が五枚できた。


 布団をキャットタワーの各段に敷いた。


 一番上の台にはミィちゃんサイズに合わせた一枚を。


 中段には少し大きめを。


 一番下の広い台には、猫が何匹でも乗れる大判を。


 爪研ぎ板はコテージの壁際に立てかけた。


 猫たちが一斉に押し寄せた。


布団の匂いを嗅いで、足で踏んで、寝転がった。自分の毛で作られた布団だと分かるのかどうかは不明だったが、気に入ったのは確かだった。何匹かが爪研ぎ板に殺到して、取り合いが始まった。


 ミィちゃんはキャットタワーの一番上に飛び上がって、自分の布団をひとしきり踏んでから、丸くなった。


 目を閉じた。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 音が大きかった。壁が微かに震えた。


「喜んでるな」アルトが言った。


「当たり前じゃ」ガインが言った。


 今度は声が少し違った。穏やかな声だった。


 コテージの中がゴロゴロ音で満たされた。

 あちこちから重なって、低く響いた。


 ガインはしばらくそれを聞いていた。それから、独り言のように呟いた。


「こんな場所があるとは、思わんかったわい」


 アルトはパン生地をこねながら、答えた。


「夕飯にしましょう。今日は魚を多めに仕入れてあります」


「おう」


 ガインの返事は、いつもより少し弾んでいた。


 キャットタワーの上で、ミィちゃんのゴロゴロ音が続いた。

 新しい布団の上で、丸くなったまま、動かなかった。

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