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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第一章 追放とモフモフたちとの出会い

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第5話:その頃、公爵家では

 公爵邸の廊下は、いつも通り静かだった。


 カイルは執務室へ向かいながら、すれ違った騎士の顔色の悪さに気づいた。最近こういう顔をした人間が多かった。使用人も、領地の役人も。


「どうした」


「カイル様。東側の麦畑が一区画、立ち枯れていまして。それと昨夜、南の柵の内側に魔獣の足跡が」


「冬だからだろう」


「時期にしては早く、しかも先週から立て続けに」


「騎士団の管轄だ。適切に処理しろ」


 カイルは歩みを止めなかった。


 些細なことだ、と思った。

 毎年冬になれば多少の不具合は出る。


 アルトがいなくなって清々した公爵家に、水を差すような話を持ち込むな。

 そう思った。思うようにしていた。


 執務室に入り、椅子に座り、書類を開いた。


 数字を見た。

 先月より収入が減っていた。カイルはその数字を少し眺めてから、次の書類をめくった。


 同じ頃、騎士団の詰め所でグレアムは地図を前に立っていた。


 赤い印が七つあった。

 一週間前は二つだった。


「増えるペースが上がっています」

 副団長が言った。


「このままでは来月、南の村に直接被害が出ます」

 グレアムは答えなかった。


 印を一つずつ指でなぞった。

 南の外れ。東の街道沿い。中央部の農地の近く。どれも、一ヶ月前まで魔獣など出なかった場所だった。


 二十年、この領地で騎士をやってきて、こんな速度で状況が悪化したことはなかった。


「結界の強度は」

「魔法省の計測で、先月比で三割落ちています。原因は特定できていないと」


 原因。

 グレアムには分かっていた。分かっていて、口にできなかった。


 アルト様が追放されたのは、ちょうど一ヶ月前だった。


「巡回の頻度を上げろ。南側の村に騎士を常駐させる」


「それだけでは、いずれ」


「今できることをやる」グレアムは地図から目を離した。


「それと、非公式に頼みたいことがある。信頼できる者を一人、北へやれるか」


 副団長が少し間を置いた。


「コールドランドへ、ですか」

「私個人の確認だ。公爵家には報告しない」


 副団長は黙って頷いた。


 詰め所の外で風が鳴った。


 南の方角から、魔獣の遠吠えが聞こえた。昼間に聞こえるようになったのは、今月からだった。


 夕刻、公爵執務室に二人の人間が転がり込んできた。


 転がり込む、というのは比喩ではなかった。

 扉を開けた瞬間、二人は本当に床に転がった。革鎧は泥と引っかき傷で覆われていて、片方は髪の毛が半分逆立っていた。もう片方は靴が片方なかった。


 コールドランドへ送った偵察の二人だった。

 エドガーが書類から目を上げた。


「何事だ」

「も、申し上げます」

 靴のない方が、震える声で言った。


「コールドランドを確認してまいりました」

「それで。野垂れ死んでいたか」


二人が同時に首を振った。激しく振った。


「……生きていたか」

「生きて、おられます。それどころか」


 逆立った髪の方が、床に手をついたまま続けた。


「荒野が、大豊作の地になっていました。麦畑がコテージの周囲一面に。温泉も出ていて、石造りの立派なお住まいに」


 沈黙があった。


「天災級の魔獣も、複数おりました。私どもが近づいたところ取り囲まれまして、それ以上は記憶が」


「記憶が?」


「かなり曖昧で」


 扉の外から足音が近づいてきた。カイルが書状を手に持って入ってきた。


「父上。魔力観測所から急報が届きました」


 書状をエドガーの机に置いた。

 

 エドガーが手に取って読んだ。

 読む速度が途中から遅くなった。


「北のコールドランドで観測史上最大規模の魔力反応が……発生源はコールドランド中心部……複数の上位魔獣が集結している可能性が」


 カイルが読むのを止めた。

 床の二人を見た。二人は静かに目を逸らした。


「あの無能が」カイルの声が上擦った。


「そんな力を持っているはずが」


 エドガーは書状を机に置いた。


 窓の外を見た。公爵領の空は灰色に曇っていた。


 遠くの畑で農夫たちが動けずに立っていた。

 立ち枯れた作物を前に。


 何も言わなかった。


 暖炉の火が小さく揺れた。


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