第49話:二人の長官
朝のコテージは静かだった。
バルドとヴァルテが並んでコタツに座って、膝にミィちゃんと足元に縞猫をお供にして、書類を読んでいた。
ゴロゴロゴロゴロ。ゴロゴロゴロゴロ。
二つの音が重なっていた。
バルドが書類に署名し次を取り、また読んで署名を繰り返した。
「北部の水路整備は承認でよいか」バルドが言った。
「問題ありません」ヴァルテが別の書類を読みながら言った。
「予算内に収まっています」
「では通せ」
ヴァルテが書類に書き込み、また静かになった。
窓の外で吹雪が鳴っていたが、居間の中は温かかった。しばらくして、ヴァルテが書類の束を置いた。
「終わりましたね」
「何時だ」
「十時です」
バルドは窓の外を見た。
「王都にいた頃は昼過ぎまでかかっていたな」
「そうですね」ヴァルテが言った。
「胃が痛くないと、集中できるものですね」
「余った時間は」バルドが言った。
「はい」
「猫を撫でる時間だ」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ミィちゃんが声を大きくした。
昼前に、王都の職員からの定期便が届いた。蓋を開けると、桃が詰まっていた。
黄色くて、丸くて、皮が薄かった。触れると少し沈む感触があった。熟れていた。甘い匂いがした。
手紙が入っていた。
「決裁が早くなり、大変助かっております。旬の桃をお送りします。王都の職員一同より」
「彼らにも出汁氷を分けてやった甲斐があったな」ヴァルテが言った。
「喜んでいるようだな」バルドが言った。
「こういう循環は良いものです」ルークが言った。
アルトが桃を一つ手に取った。
「冷たいおやつにしましょうか」
「何を作るのか」
「桃のコンポートです。シロップで煮て、ドラゴンさんに仕上げてもらいます」
ドラゴンが台所の方向を向いて鼻息を鳴らした。フシュー。
「準備できていますよ、という声ですね」アルトが言った。
桃の皮に湯をかけると、するりと剥けた。
中が淡い黄色で果汁が出てきた。
鍋にシロップを作った。砂糖と水を煮溶かして、薄く黄色くなったところで桃を入れた。
急がずにゆっくりと煮た。
桃がシロップを吸って、少し透き通ってきた。柔らかくなった頃に火を止めた。
器に盛った。ドラゴンが近づいてきた。
口を少し開けた。
「フシュー」
冷気が、器に向かった。
シロップの表面が白くなり、桃の周りが少しずつ霜をまとった。果肉の表面だけが、うっすらと締まった。
「できました」アルトが言った。
器が六つ並んだ。
全員がコタツに入って食べた。
バルドがスプーンを入れた。
シャリッと音がした。桃の果肉が、表面だけ冷たく締まっていて、中はとろりと柔らかかった。シロップが少し凍ってみぞれ状になっていた。それを一緒に口に入れると、冷たさと甘さが一度に来た。
「……甘いな」バルドが言った。
「そうですね」アルトが言った。
「冷たさの後に、桃の香りが鼻を抜ける」
「よかったです」
ヴァルテが食べた。
止まった。
「王都で食べていた桃とは」ヴァルテが言った。
「もはや別の果物だ」
「同じ産地のものですよ」ルークが言った。
「同じはずがない」
「同じです」
「では、この違いは何だ」
「ドラゴンさんの冷気です」アルトが言った。
ドラゴンがコテージの外で鼻息を鳴らした。フシュー。
「誇らしげですね」アルトが言った。
「ゴロロロ」
「そうですか」
ミィちゃんがバルドの手元に鼻を近づけてきた。桃の香りが気になったらしかった。
「これはお前には甘すぎる」
ゴロゴロゴロゴロ。
「香りだけか」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
「仕方がないな」
バルドはスプーンを持った手をミィちゃんの鼻に少し近づけた。
ミィちゃんがくんくんと嗅いだ。
満足したらしく、また喉を鳴らした。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
午後になって、通信石が光った。
ルークが受け取った。
それは議長からだった。
「予約の順番はどうなっているか」
「まだ二ヶ月と二十九日あります」ルークが言った。
「短くならないのか」
「長官と副長官の滞在が続いていますので」
「長官に少し早く帰ってもらうわけには」
「長官にお伝えしますか」
ルークがバルドを見た。
バルドはミィちゃんを撫でながら桃のコンポートを食べていた。
「長官、議長が順番を早くしてほしいと」
「却下する」バルドが言った。目を上げなかった。
「承りました」ルークが通信石に言った。
「却下とのことです」
「くっ……」
「二ヶ月と二十九日、お待ちください」
通信が切れると、居間が静かになった。
「変わらないものですね」アルトが言った。
「そうだな」バルドが言った。
「みんな来たがっているんですね」
「そうだな」
「でも静かな方がいいですよね」
「そうだな」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ミィちゃんが鳴いた。
ゴロロロ。
外でドラゴンが鳴いた。
窓の外の吹雪が、遠くで続いていた。
コテージの中は温かく、桃の香りが、まだ残っていた。
「今日も良い日ですね」アルトが言った。
「そうだな」バルドが言った。
コールドランドの春は、今日も変わらなかった。




