第48話:定員オーバーの聖域
朝、通信石が光った。
バルドが書類を読みながら受け取った。
「長官!」
議長の声だった。昨日より張り切ってた声をしていた。
「何だ」
「視察の日程ですが、私が直接コールドランドへ向かう準備が整いました。随行は五名で、来週の月曜に」
「却下する」
間があった。
「……な、なぜですか」
「大人数が押しかける場所ではない」バルドは書類に署名しながら言った。
「ここは聖域だ。猫たちの平穏と、アルト伯爵の生活がある。それを大勢で乱すわけにはいかん」
「し、しかし行政の最高責任者が現地を確認するのは当然の権利で」
「優先順位の問題だ。権利より、守るべきものがある」
「くっ……」
「それに議長、お前はまだ出汁氷を食べていないだろう。食べたことのないものに夢中になるのは早計だ」
「長官、今それは意地悪ではないですか」
「事実だ」
通信が切れた。
バルドは書類の続きを読んだ。
ゴロゴロゴロゴロ。
ミィちゃんが膝の上で鳴いた。
「そうだな」バルドが言った。
「あの数が来たら、ここが変わってしまう」
ヴァルテが横で深く頷いた。
「長官のおっしゃる通りです。七割の機能をこちらに移すのであって、人間を全員移すわけではありません」
「そうだ」
「現状の人数が、コテージに合った限界だと思います」
ルークが手帳を取り出した。
「では正式なルールを策定しましょう。コールドランドへの滞在人数に上限を設けます」
「どのくらいが適切か」アルトが台所から顔を出した。
「今の人数より増えなければ、静かでいいですよね」
「そうですね」ルークが言った。「王都からの訪問は最大三名、交代制にします。議長であっても予約順番待ちです」
キースが手帳に書いた。
「コールドランド滞在規則、第一条。滞在人数は常時最大三名とする。第二条、訪問は交代制とし、順番待ちを設ける。第三条、猫たちのブラッシングの順番は現状のルーティンを優先する」
「第三条は必要ですか」アルトが言った。
「必要です」キースが言った。断言した。
ルークが通信石を取り出して、議長に規則を伝えた。
通信の向こうで、議長が唸った。
「……くっ」
「予約は受け付けています」ルークが言った。「順番が来ましたらご連絡します」
「いつになる」
「現在、長官と副長官の滞在が当面続く見込みですので」ルークは手帳を見た。「二ヶ月後か三ヶ月後になります」
「三ヶ月後か」
「はい」
「……分かった。予約を入れる」
通信が切れた。
コテージの居間が静かになった。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ゴロロロ。
猫とドラゴンの音だけが続いた。
「ちょうど良い数ですね」アルトが言った。「これ以上増えると、みんなの分の出汁氷を作るのが大変になります」
「そうですね」ルークが言った。
「猫たちも、静かな方が落ち着いてくれますし」
ゴロゴロゴロゴロ。
ミィちゃんが鳴いた。
午後になった。
バルドとヴァルテが書類を処理し続けていた。
ルークが交易の書類を整理していた。キースが何かを計算していた。ガインが作業場で木を削っていた。バルカンが機織りの音を立てていた。
窓の外では、吹雪が静かに鳴っていた。
いつもの音だった。
「アルト伯爵」バルドが言った。
「はい」
「さっき言っていた、おかわりの出汁氷は」
「作ります」アルトが言った。台所に向かった。
出汁を鍋で温めた。旨味が出てきたところで火を止めた。器に移した。
ドラゴンが近づいてきた。
「フシュー」
冷気が出た。
器の中の出汁が固まり始めた。表面から順番に、ゆっくりと透明になっていった。
「ガインさん、削ってもらえますか」
ガインが作業場から出てきた。包丁を持っていた。
サッサッサッ。
薄い削り氷が出てきた。出汁の色が薄く混じっていた。
炙った魚を乗せた。薬味を散らした。
バルドとヴァルテの前に置いた。
二人が食べた。
シャリシャリ、という音がした。
サラサラと喉を通った。
出汁の旨味が後から来た。
バルドが深く息を吐いた。
ヴァルテが目を閉じた。
「……やはり、ここはこの静けさがあってこそですね」ヴァルテが言った。
「うむ」バルドが言った。「王都の連中に荒らさせるわけにはいかん」
「そうですね」
二人がまた書類を読み始めた。
手が動いていた。出汁氷を少しずつ食べながら、書類を処理していた。
庭では精鋭たちが猫と芝草の上にいた。ドラゴンが日の当たる場所で横になっていた。目が半分閉じていた。
「今日も静かですね」アルトが言った。
「そうだな」バルドが言った。
「良い場所ですよ、ここは」アルトが続けた。「みんなが穏やかでいてくれるので」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ミィちゃんがバルドの膝の上で鳴いた。
外の吹雪が、遠くで鳴り続けていた。
コールドランドの分室は、今日も静かだった。




