↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第五章 冬ごもり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/52

第45話:特製ひんやり夏みかん

 朝、目が覚めたとき、体が軽かった。

 バルドはしばらくそのまま横になっていた。


 毎朝、目覚めと同時に胃が重かった。肩が張っていた。今日の会議は、今日の書類は、今日の問題は、と頭が動き始めていた。


 今日は何もなかった。体が、ただ軽かった。膝の上にミィちゃんがいた。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 足元に小型ドラゴンがいた。


 ゴロロロ。


「……健康になりすぎているな」バルドは天井を見ながら言った。


「少し危機感を覚える」


 誰も答えなかった。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 答える必要がないということかもしれなかった。


 庭へ出ると、精鋭たちが動いていた。


 セルジュが薪を割っていた。他の者が猫のブラッシングをしていた。一人が温泉の縁を掃除していた。全員、楽しそうだった。


「早朝から何をしているんだ」


「環境維持です」セルジュが言った。


「長官の任務を支えるための」


「任務のための環境維持に、楽しそうな顔をするな」


「これが我々の本来の顔です」


「そうか」


 バルドはデッキに座った。


 春の陽気だった。

 外の吹雪の音が遠かった。




 昼前に、王都から荷が届いた。


 副長官の署名が入っていた。


 箱を開けると、柑橘が詰まっていた。黄色くて、丸くて、みずみずしかった。夏みかんだった。


 手紙が入っていた。


「過酷な任務に当たられている長官へ。ビタミンをお取りください。副長官より」


 バルドはそれを読んで、少し間を置いた。


「……過酷な任務だと思われているのか」


「思われているんですね」ルークが言った。


「まあいい」バルドは柑橘を一つ手に取った。


「これは美味いのか」


「瑞々しくて美味しいですよ」アルトが言った。


「でも少し酸味が強くて」


「そのままで食べにくいか」


「ゼリーにしましょうか」アルトが言った。


「皮をくり抜いて器にして、中にゼリーを詰めて、ドラゴンさんに冷やしてもらえば」


 ドラゴンが鼻息を鳴らした。フシュー。


「準備できています、という声ですね」アルトが言った。


「準備できていたのか」


「いつでも」




 アルトが果汁を絞った。葛粉と蜜を混ぜて、鍋で温めた。とろみが出てきた。


 皮をくり抜いた器に注いだ。

 六つ、並んだ。

 ドラゴンが近づいてきた。口を少し開けた。


「フシュー」


 白い冷気が、六つの器に向かった。


 表面が固まった。ぷるぷると揺れた。周りにうっすらと霜が張った。


「できましたね」アルトが言った。


「早いな」ガインが言った。


「このトカゲ、冷やす道具として完全に板についてきたな」


 ドラゴンが鼻息を鳴らした。フシュー。


「誇らしげですね」アルトが言った。


「ゴロロロ」


「そうか。上手にできましたよ」




 コタツに入って食べた。


 バルドが柑橘のゼリーを一口食べた。


 ぷるん、とした。


 キュッとした酸味が来た。甘みが後から来た。冷たさが、全部をまとめた。


 コタツの温かさの中で、口の中だけが冷えていた。


「……柑橘の酸味が、冷たさとこれほど合うとはな」


「美味しいですか」


「美味い」


 通信石が光った。

 バルドは器を持ったまま受け取った。


「長官、副長官です。貴族院への説明が完了しました。超氷結兵器の実証実験中とお伝えしたところ、皆恐れをなして追加の質問がなくなりました」


「よくやった」


「現在の状況は」


 バルドはゼリーを一口食べた。


「酸性極冷エネルギーの生体内投与実験を行っている」


「さ、酸性極冷エネルギー……生体内投与……! 長官の体は大丈夫なのですか」


「問題ない。むしろ非常に良好だ」


「長官がそこまでおっしゃるとは、すさまじい精神力で」


「冷えた柑橘ゼリーを食べてリフレッシュしております」ルークが横から言った。


 バルドが視線を向けた。


「……だまって食べなさい」


「すみません」


「副長官、報告書は明朝に送る。以上だ」


 通信が切れた。キースが手帳を開いた。


「酸性極冷エネルギーの生体内投与とは、正確な表現ですね。柑橘の酸が体内に入るので」


「正確な表現だ」バルドが言った。


「長官もルーク殿と同じ方法論をお使いになるんですね」


「黙って食べなさい」


 キースは手帳をしまった。




 夕方、バルドが報告書を書いていた。

 コタツの中で、板の上に紙を置いて書いていた。


 ミィちゃんが膝にいた。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 書くたびに振動が来た。


 筆跡がわずかに揺れたが、気にしなかった。


 書き終わり、報告書を見た。


 難しい魔導用語が並んでいた。気候管理機構の稼働状況、神獣の配置と動向、熱源と冷却システムの実態把握、内政干渉禁止区域の正当性確認。


 全部正確な記述だった。


ただ、最後の一段落だけ、少し違う内容が書いてあった。


「聖域の環境が王都の執務効率を著しく超過することが確認された。王都執務室の一部機能をコールドランドへ移転することを検討する。理由、健康上の効果が顕著なため」


 バルドはそれを読んで、少し止まった。


 消そうかと思った。だが、消さなかった。


「アルト伯爵」バルドが言った。


「はい」


「長期にわたって滞在することになる可能性がある」


「どのくらいですか」


「……当面、見通しが立たない」


 アルトは少し考えた。


「ずっといていいですよ」アルトが言った。


「猫たちも喜んでいますし」


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 ミィちゃんがバルドの膝の上で声を大きくした。


「……そうか」


 バルドは報告書を折りたたんだ。


 通信石に向けて送った。


 副長官が受け取った瞬間、悲鳴のような通知音が王都の執務室に鳴り響くだろう。


 それでいい、とバルドは思った。


「今日も平和ですね」アルトが言った。


「そうだな」


 外の吹雪の音が、遠くに続いていた。


 コタツの中で、ゴロゴロ音が脈打っていた。


 コールドランドの春は、今日も変わらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。