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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第五章 冬ごもり

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第43話:バルド長官

 王都を出発する前夜、バルドは胃薬を飲んだ。

 念のため多めに持っていくことにした。


 報告書も持っていくことにした。視察中も仕事はできる。現地で指示を出せる。


 そういう形にしておけば、長官が一週間コールドランドにいても、王都の行政は止まらない。


 合理的な判断だった。


 それだけだった。


 コタツアイスを自分も食べたい、などとは一切思っていなかった。


 翌朝、バルドはセルジュ率いる精鋭十二名を従えて王都を出た。


「長官、装備は」


「問題ない」


「防寒は」


「してある」


「胃薬は」


「余計なことを言わなくていい」


 セルジュは前を向いた。口元が少し動いていたが、何も言わなかった。


 後ろの精鋭たちも前を向いていた。全員の口元が同じように動いていたが、何も言わなかった。




 三日かかった。


 吹雪が強い日だった。風が横から来た。防寒外套を押さえながら進んだ。


 バルドは馬の上で書類を読もうとしたが、風で飛ぶので諦めた。


「もう少しです」セルジュが言った。


「分かっている」


 長官として、どんな局面でも動じたことはなかった。観測史上最大の魔力反応も、ドラゴンの庭番も、すべて報告書で受け取って冷静に対処してきた。


 現地でも同じようにできる。


 一歩、踏み込んだ。


 吹雪が、止まった。


 バルドは馬の上で動きを止めた。


 風が消えた。温かい空気が来た。芝草が現れた。空が、真上だけ青かった。


 左右はまだ吹雪いていた。それなのに、ここだけ別の季節だった。


「……」


 バルドは何も言えなかった。


 やっと戻って来た。その思いだけだった。


 精鋭たちが馬から降り始めていた。全員の表情が緩んでいた。


「帰ってきた……」一人が言った。


「お前たちは視察ではなく里帰りのような顔をしているぞ」バルドが言った。


「そんなことはありません」


「そうか」


「里帰りというより、もはや本帰還のような気持ちですが」


「帰ってきた場所が王都だと思いなさい」



 庭に入ると、ミィちゃんがいた。


 ミィちゃんの目が、バルドを見ていた。


 それから、ゴロゴロゴロゴロと鳴いた。


「……」


 久しぶりに聞いた可愛い声だった。


 足元に、藍色の小型ドラゴンが来ていた。いつの間にか来ていた。バルドの馬の横で、静かに座っていた。


「フシュー」


 冷気が出た。


 バルドの手が、少しひんやりした。


 そのとき、コテージの扉が開いた。


「あ、バルドさん」


 エプロン姿の若い男が出てきた。


 笑顔だった。


「本当に来てくださったんですね。遠いところをありがとうございます」


 バルドは馬から降りた。


「……現場の状況を、直接確認せねばならんと判断した」


「そうですか。ちょうどよかったです」


「何がちょうどよかったのか」


「コタツをまた出していたので」アルトが言った。


「春になったら一緒に食べましょうと言っていた、コタツアイスの準備が整っていますよ」


 バルドは表情を動かさなかった。


「そうか」


「どうぞ中へ」



 コテージの中は温かかった。


 居間にコタツがあった。


 大きなテーブルに、神獣毛の布団がかかっていた。白と黒と縞が混ざった、不思議な色合いの布団だった。


 ルークが出てきた。


「長官、ちょうどよかったです。局所的温冷干渉システムの準備が整っております」


 バルドは止まった。


 噂の超兵器だ、とバルドは思った。


「準備を見せてもらえるか」


「どうぞ、こちらへ」


 コタツに案内された。


 ルークが布団をめくった。


「足を入れてください」


「……入るのか」


「そうです。局所的温冷干渉システムの体験は、実際に足を入れていただくことで初めて効果が分かります」


 バルドは足を入れた。


 熱が来た。じわっと来た。足の先から、膝へ、腰へ。


「……温かい」


「神獣毛の布団と、ゴロゴロ共鳴熱源です」ルークが言った。


「腰から下の温度が安定化します」


 ミィちゃんが布団の中に入ってきた。


 バルドの足に触れた。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 振動が来た。


 熱が、脈打ち始めた。ゴロゴロ音の周期に合わせて、ゆっくりと揺れていた。


「これが」バルドが言った。


「神獣の共鳴です」


 キースが横で手帳に書きながら言った。


「長官の精神弛緩を試算します」


「試算しなくていい」


「承知しました」


 アルトが台所から出てきた。

 手に器を持っていた。


「コタツアイスです」アルトが言った。


「どうぞ」


 イチゴのアイスクリームだった。赤くて、冷たそうだった。


 バルドは器を受け取った。

 一口食べた。足が温かかった。


 ゴロゴロ音が脈打っていた。そこに、冷たくて甘いアイスが口に入ってきた。


「……あ」


 声が出た。胃が、温かかった。ずっと痛かった胃が、じわっと温かくなった。

 もう一口食べた。


「……」


 また食べた。


 キースが手帳に書いた。静かに書いた。


 バルドは気づかなかった。


「どうですか」アルトが言った。


「美味しいですか」


 バルドはしばらく何も言わなかった。


「……悪くない」


 アルトが笑った。


「よかったです」




一時間後。


 バルドはコタツに入ったまま、通信石を取り出した。


「副長官か」


「はい、長官。現地の状況は」


「問題ない」


「視察は終わりましたか」


「……続行中だ」


「いつ頃ご帰還の予定ですか」


バルドはコタツの温かさを感じながら、窓の外を見た。外の吹雪の音が、遠くに聞こえていた。


「来週の報告会は延期しろ。当面、ここから指示を出す」


 しばらく間があった。


「……承知しました」


「以上だ」


 通信が切れた。


 ミィちゃんが布団から出てきて、バルドの膝に乗った。


 重かったが、温かかった。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


「……成長したな」


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 バルドは少し間を置いてから、ミィちゃんの頭に手を置いた。


 撫でた。


 ゴロゴロ音が大きくなった。


「アルト伯爵」バルドが言った。


「はい」


「アイスのおかわりはあるか」


「あります」


「……頼む」




 コテージの居間では、全員がコタツに入っていた。


 ガイン、バルカン、キース、ルーク、セルジュ、精鋭たちも何人か入っていた。外はまだ吹雪いていた。


 アルトがアイスを配って回った。


 バルドは二つ目のアイスを食べながら、窓の外を見た。


 胃が痛くなかった。


「今日も平和ですね」アルトが言った。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 ミィちゃんがバルドの膝で答えた。


 ゴロロロ。


 ドラゴンが足元で答えた。


 コールドランドの外の吹雪は、今日も続いていた。

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