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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第五章 冬ごもり

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第42話:王都への手土産

 目が覚めると、空が青かった。


 セルジュはしばらくそのまま芝草の上に寝転がっていた。


 体が軽かった。王都を出発してから、ずっと肩が張っていた。吹雪の中を進んで、荷を守って、ドラゴンに冷気を吹きかけられて、かき氷を食べて、猫に膝に乗られて。


 気づいたら眠っていた。


「よくお休みになれましたか」


 アルトの声がした。


 セルジュは上体を起こした。


 アルトがデッキに座っていた。お茶を持っていた。ミィちゃんが膝の上にいた。


「……不覚を取りました」セルジュは言った。


「任務中だというのに」


「でも顔色が良くなりましたよ」


 セルジュは周りを見た。


 精鋭たちが思い思いの場所で起き上がっていた。全員の顔から険が抜けていた。肌のツヤが、王都を出発したときより明らかに良かった。


 一人が伸びをした。


「天国だった……」


「任務中だったと言いなさい」


「天国でした」


 セルジュは立ち上がった。服についた草を払った。


「王都に戻らなければなりません。荷の確認を」


「その前にお茶だけでも」アルトが言った。


「……いただきます」




 出発の準備をしていると、アルトが箱を持ってきた。


 魔導保冷の術式が刻まれていた。白い霧が隙間から漏れていた。


「遠くから蜜を届けてくれたお礼です。バルド長官へのお土産をお願いできますか」


「何が入っていますか」


「木の実の葛押しと、冷やしスープです。ドラゴンに冷気をかけてもらったので、王都に着くまで冷たいままのはずですよ」


 ドラゴンが横に来ていた。


「フシュー」


 鼻息を吐いた。冷気が白く揺れた。


「精鋭たち」セルジュが言った。


「はい」


「この箱を長官に届けるのも任務だ」


「承知しました」


 全員がゴクリと喉を鳴らした。


「今のは何の音ですか」


「気のせいです」


「そうですか」

セルジュは箱を受け取った。


 アルトに一礼した。


「責任を持ってお届けします」


「バルドさんによろしくお伝えください」


「はい」


 セルジュは馬に乗った。


 境界線を越えた瞬間、吹雪が戻ってきた。

 

 精鋭たちが外套を引き寄せた。


「寒いですね」一人が言った。


「戻ってきました」別の一人が言った。


「また行けますかね、聖域に」


「任務があれば」セルジュが言った。


「任務が増えればいいですね」


「不謹慎です」


「増えればいいですね」


 セルジュは答えなかった。




 王都の執務室で、バルドが書類を読んでいた。扉が叩かれた。


「セルジュ卿が帰還しました」


「通せ」


 セルジュが入ってきた。


 バルドは顔を見た。


「……随分と良い顔で帰ってきたな」


「命がけの任務でした」


「そうは見えないが」


「至福の、とは言っていません。命がけの任務でした」


「そうか」バルドは書類に戻った。


「報告を」


「聖域にて全フレーバーのかき氷の試運転を完了しました。貢ぎ物の蜜は全て消費されました」


「お前たちが食べたのか」


「試運転に参加しました」


「任務中に」


「試運転への参加は断れない状況でした」


 バルドはペンを置いた。


「それと、アルト伯爵から長官へ手土産を預かっております」


 セルジュが箱を差し出した。


 白い霧が漏れていた。


 バルドは受け取った。


 重くなかった。冷たかった。箱の表面が、指先にひんやりと伝わってきた。


「これは」


「ドラゴンの冷気で冷やした特製のおやつだそうです。王都に着くまで冷たいままとのことで」


「ドラゴンの冷気」バルドは箱を見た。


「分子運動を停止させた、極低温凍結品か」


「そのようなものかと」


 バルドは蓋を開けた。白い霧が上がった。中に、小さく切り分けられたぷるぷるした塊が並んでいた。半透明で、中に赤い木の実が透けていた。


 副長官が飛んできた。


「長官、毒や精神攻撃の恐れが。まず鑑定を」


「黙れ」


 バルドは一切れ取り、口に入れた。

 ぷるん、とした。

 冷たかった。芯まで冷えていた。木の実の甘みが、冷たさと一緒にじわっと広がった。


 止まった。もう一切れ食べた。


「……美味い」


「長官」


「黙れと言った。美味いものは美味いのだ」


 副長官が引いた。


 バルドはお皿を手に持ったまま、窓の外を見た。王都の空が、初夏に向かっていた。じわじわと暑くなり始めていた。


 胃が、ずっと痛かった。


 コールドランドのことを考えるたびに痛んだ。聖域が何を企んでいるのかを考えるたびに痛んだ。


 今は、少しだけ和らいでいた。


「副長官」


「はい」


「来週の視察日程を全て空けろ」


 副長官が止まった。


「……全て、ですか」


「全てだ」


「何かご予定が」


「コールドランドへ行く」


 執務室が静かになった。


「長官ご自身が聖域へ」


「現場の状況を直接確認せねばならん」

 バルドはおやつの最後の一切れを食べた。


「聖域の実態把握は、長官が行うべき重要な任務だ」


「……先日、かき氷を全種類食べてきた精鋭部隊に代わりに確認させることも」


「私が行く」


「承知しました」副長官は一礼した。


「準備を整えます」


 副長官が退出した。


 バルドは空の皿を見た。


「……コタツアイスとやらも、試してみるか」


 独り言だった。誰も聞いていなかった。




 コールドランドのコテージでは、アルトデッキ側に座っていた。ミィちゃんが膝にいた。ドラゴンが足元で丸くなっていた。


「次は何を作りましょうか」アルトが言った。


「蜜をまだ余分に持って来てくれましたし、また作れますよ」


 ゴロゴロゴロゴロ。


 ゴロロロ。


「バルドさんも気に入ってくれるといいですね」


 外の吹雪の音が、遠くに続いていた。


 コテージの庭は、今日も春だった。

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