第41話:王都の精鋭②
吹雪の中を、馬が六頭進んでいた。防寒外套を着込んだ騎士たちが、荷を抱えて一列で歩いた。荷の中身は小瓶が何十本も詰まった木箱だった。全部、魔導保冷の術式が刻んであった。
先頭でセルジュが馬を進めながら、前方を見た。
「もう少しだ」
「はい」後ろの騎士が答えた。
「あの境界線を越えれば」
「そうだ」
二人とも、声が少し弾んでいた。任務の緊張感とは別の何かが、顔に出ていた。
馬が一歩、踏み込んだ。
吹雪が、止まり、空が青くなった。
そして芝草が現れ、温かい風が来た。
全員が、ほっと息を吐いた。
馬たちも止まらなかった。前回は腰を抜かしていたが、今回は大人しく歩いた。慣れてきたらしかった。
「帰ってきた」誰かが言った。
「帰ってきたという表現が正しいかどうかは別として」セルジュが言った。
「温かい」
「同じことです」
セルジュは否定しなかった。
コテージが見えてきた。
庭に、新しいものがいた。藍色だった。大型犬くらいのサイズで、四足で歩いていた。鱗が光を反射していた。翼が小さく畳まれていた。
「……何ですか、あれは」後ろの騎士が言った。
「ドラゴンだな」セルジュが言った。
「ドラゴン」
「前回来たときにはいなかった」
「いつの間に」
ドラゴンがこちらを見た。
鼻息を吐いた。
「フシュー」
白い冷気が、少し出た。後ろの騎士が冷汗をかいた。
「セルジュ殿、あれはどういう存在ですか。戦力としては」
「前回のミィちゃんと同等と仮定すれば」セルジュは少し間を置いた。
「逃げても無駄です」
「では」
「機嫌を損ねないように、丁寧にしましょう」
そのとき、コテージの扉が開いた。
「あ、セルジュさん」アルトが出てきた。
エプロンをしていた。
「遠いところをありがとうございます。荷物は無事に届きましたか」
「届きました」セルジュは馬から降りた。
「バルド長官からの追加の品です。蜜の全フレーバーとのことで」
「蜜を全種類」アルトは木箱を見た。
「こんなにたくさん」
「長官の指示です」
「せっかくですから、みなさんにもかき氷を召し上がっていただきましょう」
セルジュは少し目が輝いた。それを後ろの騎士に見られた。
「セルジュ殿、今少し嬉しそうでしたね」
「気のせいです」
「いえ、確かに」
「任務中です。黙りなさい」
ガインが包丁を出して、氷の塊を台に乗せた。
サッサッサッ。
削り氷が出た。新雪みたいにふわっとした。
皿の上に積むと、ドラゴンがトコトコと近づいてきて、皿を見て細い冷気をかけた。
「フシュー」
削り氷が、キリッと締まった。
「ありがとうございます」アルトが言った。
シロップをかけた。赤、黄、橙、紫。色とりどりに染まった。
精鋭たちの前に並べた。
「どうぞ、召し上がってください」
精鋭たちが顔を見合わせた。後ろの騎士が小声で言った。
「これが、例の内部体温急冷兵器では」
「報告書で読みました」別の騎士が言った。
「一口で脳幹と内臓を冷却するという」
「食べていいんですか」
セルジュは少し間を置いた。
「長官が送ってくれた蜜で作ったものです」
「では」
「食べなさい」
全員が一口食べた。
シャリッと、フワッとした。
甘みが来た。冷たさが来た。口の中が一気に冷えた。
「……美味すぎます」後ろの騎士が言った。
「そうですね」セルジュが言った。
「あの極寒の道中を越えてきた後に、これは」
「そうですね」
「体が、幸福感で」
「そうですね」
セルジュはかき氷を食べ続けた。
ミィちゃんが足元に来た。頬を押しつけた。
ゴロゴロゴロゴロ。
「お久しぶりです、ミィちゃん」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ドラゴンがセルジュの膝の方へ来て座った。
少しひんやりした。
「君は初めてですね」セルジュはドラゴンを見た。
「触っていいですか」
ドラゴンが頭を下げた。
触れた。鱗が滑らかだった。少し冷たくて、心地よかった。
「ゴロロロ」
小さな地響きだった。
「気持ちいいんですか」
「ゴロロロロ」
「そうですか」
後ろで騎士たちが芝草に座り始めていた。かき氷を食べながら、猫たちにすり寄られていた。全員の表情から緊張が抜けていた。
一人が仰向けになった。
「天国だ……」
「任務中です」セルジュが言った。
「分かっています。でも、天国です」
セルジュは何も言わなかった。
ドラゴンが膝の上で小さくなった。
ゴロロロ。
「ひんやりして、気持ちいいですね」セルジュが言った。
小声だった。聞いている人間はいなかった。全員がかき氷を食べながら、思い思いの場所に寝転がっていた。
ルークが通信石を取り出した。バルドに向けて報告を入れた。
「精鋭部隊が到着しました。追加のシロップも無事に届き、全フレーバーのかき氷の試運転が完了しました」
「ご苦労だった。部隊の状況は」
「全員が試運転に参加し、現在沈黙中です」
「沈黙とは」
「至福の休憩状態に入っています」
間があった。
「……全種類食べたのか」
「はい」
「自分たちだけ」
「はい」
「セルジュたちが」
「はい」
長い沈黙があった。
「……ご苦労だった」バルドが言った。
声が平静だった。ただ、少しだけ何かが滲んでいた。
「長官も今度いらっしゃいますか。全フレーバー、お作りします」
間があった。
「……考えておく」
通信が切れた。
庭では、精鋭たちが芝草の上で横になっていた。アルトとミィちゃんとドラゴンも、デッキで横になっていた。
右にミィちゃん。左にドラゴン。
温かさとひんやりが、両側から来ていた。
外の吹雪の音が、遠くに聞こえていた。
「今日もいい日ですね、ミィちゃん」アルトが言った。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ゴロロロ。
コールドランドのコテージは、今日も春だった。




