第39話:ひんやりおやつ
日差しが変わってきた。
デッキに座っていると、背中にポカポカとした春の光が当たっていた。
外は相変わらず吹雪いていた。コールドランドの空は灰色で、風が鳴っていた。
しかしコテージの庭だけは、今日もお昼寝にぴったりの陽気だった。
猫たちが縁側や木の影で思い思いに伸びていた。
「今日はひんやりしたおやつが食べたいですね」アルトが言った。
ミィちゃんがデッキの横になっていた。
ゴロゴロゴロゴロ。
「作りましょうか」
王都から届いた荷の中に、木の実が入っていた。
赤くて小さくて、甘い匂いがした。去年の夏に採れたものを乾燥保存したものらしかった。
水で戻して、煮て、葛粉で固めた。
型に流し込んで、ぷるぷるした塊ができた。
「これを冷やします」アルトが言った。
「湧き水につけておけば冷たくなりますが、少し時間がかかりますね」
桶に湧き水を張って、型ごと沈めた。
庭で小さくなっていたドラゴンが、トコトコと近づいてきた。
桶を見て、アルトを見て、また桶を見ると、
「冷やしてもらえますか」とアルトが言った。
ドラゴンが少し口を開けた。
「フシュー」
白い冷気が出た。薄くて、細くて、炎とは逆の色だった。桶に向かって流れた。
水面が、少しだけ曇って、アルトが型を引き上げ触った。
「冷たい」
かなり冷たかった。湧き水につけたままでは出ないような冷たさだった。芯まで冷えていた。ぷるぷるの表面が、指に吸い付くような冷たさだった。
「すごいですね」アルトが言った。
「一瞬で冷え冷えになりました」
ドラゴンが鼻息を鳴らした。
フシュー。
「ガインさん、氷を使わなくてもこんなに冷たくなりますよ」
ガインが型を触った。
「……器用なトカゲだな」
ドラゴンがまた鼻息を鳴らした。
「褒めてますよ」
ドラゴンの尻尾がゆっくりと動いた。
ルークの通信石が光った。
バルドからだった。
「貢ぎ物の最高級柔軟剤は届いたか。聖域の様子はどうか」
「無事に届きました。とても良い香りです」ルークが言った。
「現在当コテージでは、ドラゴンを主冷却源とした極低温凍結および分子運動停止システムの運用テストを行っております」
間があった。
「極低温……凍結システムだと」
「はい。ドラゴンの吐き出す極小の冷気により、対象を凍結破壊することなく一瞬で絶対冷却領域へ到達させております」
「分子運動を停止させるということは」
「対象の温度を、精密に制御できるということです」
また長い沈黙があった。
「……分かった。報告ご苦労だった」
通信が切れ、キースが手帳を出した。
「ルーク殿、今日は何の話を」
「おやつを冷やした話です」
「それがなぜ分子運動停止システムに」
「事実しか言っていません。分子の運動が止まると冷たくなります。正確な表現です」
キースはしばらくルークを見てから、考えるのをやめ手帳をしまった。
「そうですね」
「いつも通りです」ルークは書類を開いた。
型から切り出した。半透明で、中に木の実の赤が透けていて、光に当てると綺麗だった。皿に並べた。
猫用には果実の量を減らして、冷やした薄いスープを別に作った。
デッキに全員で座った。
アルトが一口食べた。
ぷるん、としていた。
冷たかった。木の実の甘みが、冷たさと一緒に来た。ひんやりとした喉越しだった。初夏の日差しの中で食べると、体の中から涼しくなった。
「美味しいですね」
ガインが一口食べた。
「ぷるぷるだな」
「そうですね」
「冷たい」
「ドラゴンさんのおかげで」
ドラゴンが縁側の脇に座っていた。嬉しそうに見ていた。
「ドラゴンさんにも」
大きな肉の塊を冷気で冷やして差し出した。
ドラゴンが一口で食べた。
「ゴロロロ」
冷気が混じった重低音だった。いつもより少し白い靄があった。
「気に入りましたか」
「ゴロロロロ」
「よかった」
ミィちゃんが冷やしたスープを舐めていた。ペロペロと丁寧に舐めて、飲み干した。
皿をぴかぴかにして、アルトを見た。
「おかわりですか」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
「はいはい」
もう一皿出した。
デッキに、皿を舐める音とゴロゴロ音が重なった。
「ドラゴンさんのおかげで、涼しく過ごせそうですね」アルトが言った。
ドラゴンが尻尾を振った。
ゆっくりと、左右に。
王都では夕方に報告が届いていた。
「聖域が完全な温度支配を確立した模様です。熱と冷の両方を自在に操る体制が整ったとの報告です。いかなる気候条件下でも、聖域の意のままに気温を操作できる状態です」
バルドが報告書を受け取った。
「直ちに王国最高級の氷と、氷菓子用の最高級食材を手配しろ」
副長官が止まった。
「氷と、氷菓子ですか」
「冷たいものを作るのに不自由させたら、機嫌を損ねるだろう」
「長官、観測所からの報告では、聖域では今日もおやつを食べて涼んでいた様子ですが」
「それでいい」バルドは報告書を置いた。
「冷やすのに困らせてご機嫌を損ねたらどうする。氷菓子は倍量で送れ」
副長官が退出した。
バルドは窓の外を見た。
王都の空が、夏に向かっていた。
「胃が痛い」
また呟いて、窓を閉めた。
コールドランドのデッキでは、アルトが横になっていた。
右にミィちゃん。左に小型ドラゴン。
両方から温度が来ていた。ミィちゃんは温かく、ドラゴンは少しひんやりしていた。
丁度いい温度だった。
「過ごしやすそうですね、ミィちゃん」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ゴロロロ。
二つの音が重なった。
外の吹雪の音が遠くに聞こえていた。
コールドランドのコテージは、今日も春だった。




