第38話:ポカポカ陽気
朝から空が青く、風もなかった。
アルトはコテージのドアを開けて、空を見上げた。
「今日はお天気がいいですね」
庭でドラゴンが目を開けた。猫たちと並んで眠っていたところだった。
「冬のあいだの布団とシーツを全部洗いましょう」
ガインが出てきた。
「大洗濯か」
「冬毛の季節も終わりましたし、布団も干したいですし」
「手伝う」
コテージ中の布団を引っ張り出した。
コタツで使っていた大判の布団。各猫のベッドのカバー。シーツが何枚も。ミィちゃん専用のクッションカバーも出した。
桶に水を張って、洗剤を入れて、順番に洗った。
バルカンが大きな布団を担いだ。
「神獣毛の布団は扱いが難しいんじゃないのか」
「水で洗えますよ」アルトが言った。
「優しく押し洗いで」
「そうか」
全員で洗った。ルークも書類を脇に置いて手伝った。キースは手帳をしまった。
一時間かかった。
庭の物干し竿に並べた。
布団が六枚。シーツが十二枚。カバーが何枚も。
「乾くのに時間がかかりますね」アルトが言った。
「分厚いので」
ガインが空を見た。
「日が出ているが、風がない。この量だと夕方までかかるな」
そのとき、庭でトコトコと足音がした。
ドラゴンだった。
大型犬サイズのまま、物干し竿の前まで来た。
アルトを見て、布団を見て、再びアルトを見た。
「手伝ってくれますか」アルトが言った。
ドラゴンが少し大きくなった。馬くらいのサイズになってから、物干し竿の列の端に立った。翼を広げた。
「フシュー」
温かい風が来て、布団が揺れた。
猫たちが一斉に振り向いた。
温風の感触が気持ちよかったらしかった。一匹、また一匹と物干し竿の下に集まってきた。温かい風の中に座って、目を細めた。
「気持ちよさそうですね」アルトが言った。
ドラゴンがフシューと続けた。
布団が膨らんできた。中の空気が入れ替わっていくのが分かった。表面から水分が抜けていった。
「乾いてきましたね」バルカンが布団の端を触って言った。
「一時間の日光を、五分で」
ドラゴンが鼻息を鳴らした。フシュー。
「助かりますね」アルトが言った。
「ドラゴンさん」
ドラゴンがまた鼻息を鳴らした。嬉しそうだった。
「ゴロロロ」
地響きにしては小さい音だった。
ルークの通信石が光ったのは、午前中のうちだった。バルドからだった。
「貢ぎ物の防壁部材は届いたか。聖域に異変はないか」
ルークは物干し竿を見た。布団が乾いていた。ドラゴンが温風を送っていた。猫たちが下で気持ちよさそうにしていた。
「問題ありません」ルークが言った。
「現在当コテージでは、ドラゴンを主熱源とした極大高圧乾燥および熱風除菌システムの運用を行っております」
間があった。
「極大高圧乾燥」バルドが繰り返した。
「はい。ドラゴンの吐き出す微細な高熱風により、広範囲の物質を短時間で乾燥・無菌化処理しております」
「熱風除菌だと」
「ええ。あらゆる雑菌や汚れが、熱風の前では無力です」
長い沈黙があった。
「……分かった。報告ご苦労だった」
通信が切れ、キースが手帳を出した。
「ルーク殿」
「はい」
「今日は何の話をしたんですか」
「布団乾しの話をしました」
「どうしてそうなるんですか」
「事実しか言っていません」
「事実ですが」
「解釈は長官にお任せしています」ルークは書類を開いた。
「いつも通りです」
昼前に、布団が全部乾いた。
手で触ると、ふかふかだった。中の空気が全部入れ替わっていた。重みが抜けて、日光の匂いがした。温かい匂いだった。
「フカフカですね」アルトが言った。
「お日様の匂いがする」ガインが言った。
「いい匂いです」
ミィちゃんが近づいてきた。
一番大きな布団の匂いを嗅いだ。
前足で一度押した。
ズサッ。
真ん中に飛び込んだ。
布団が盛り上がった。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
「気に入りましたか」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
「そうか」
アルトはその横に布団を一枚敷いて、横になった。お日様の匂いがした。布団が温かかった。背中が沈んだ。
ドラゴンがトコトコとやってきた。アルトの横に座った。
「抱っこしますか」
ドラゴンが体を低くしたので、アルトが抱き上げた。重かったが抱えた。
ミィちゃんが反対側からすり寄ってきた。
右がドラゴン、左がミィちゃんだった。
「ふかふかで気持ちいいですね」
ゴロゴロゴロゴロ。
ゴロロロ。
二つの音が重なると、他の猫たちも布団の上に集まってきた。乾いた布団の上でそれぞれが丸くなった。ガインがデッキから見ていた。
「布団の上が、猫と竜で占領されているな」
「気持ちよさそうです」アルトが言った。
「お前は良いのか。場所が」
「十分あります」
「そうか」
ガインもデッキに腰を下ろした。お茶を持ってきた。春の終わりの日差しが、庭に差し込んでいた。
王都では夕方に報告が届いていた。
「聖域が熱風除菌システムを稼働させ、広域の物質を瞬時に無菌化する技術を完成させました。あらゆる化学的・生物学的攻撃が無効化される模様です」
バルドが報告書を受け取った。
「直ちに最高級の柔軟剤と香料を手配しろ」バルドが言った。
「貢ぎ物に追加だ」
副長官が止まった。
「長官、柔軟剤と香料ですか」
「洗濯に使うものだろう。無菌化システムに適合するものを選べ」
「あの、観測所からの報告では、聖域からは今日も猫の鳴き声と、小さな地響きが確認されているだけです。何かお昼寝のようなことをされているようですが」
バルドは報告書を置いた。
「黙れ」
「しかし」
「起こすな」バルドは窓の外を見た。
「胃が痛い」
副長官が退出した。
バルドはしばらく窓の外を見ていた。
「柔軟剤と香料は上質なものを」バルドは独り言を言った。
「お昼寝が快適になるように」
それから書類を開いた。
何も言わなかった。
コールドランドの夕方は、お日様の匂いがした。




