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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第五章 冬ごもり

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第35話:庭番のドラゴン

 朝、コテージのドアを開けたら、庭が暗かった。


 空が曇っているのかと思って上を見た。


 曇っていなかった。


 ドラゴンが寝ていた。


 庭の大半を占拠して、翼を半分広げた状態で寝ていた。その影がコテージの前に落ちていた。


 アルトはしばらくドラゴンを見た。


「やっぱり少し邪魔ですね」


 ドラゴンが目を開けた。赤い目だった。アルトを見た。


「洗濯物が乾きにくくて」


 ドラゴンが体を起こした。申し訳なさそうな顔をしていた。顔がコテージの屋根より高かった。


 ガインが出てきた。


「影になってもいい場所に移動させれないか」


「どうやって伝えますか」


「ミィちゃんに頼め」


 アルトが振り返ると、ミィちゃんが足元にいた。ドラゴンを見上げた。


「ニャ」


 一声だった。


 ミィちゃんの神威に恐れをなして「シュルシュル……」と大型犬サイズにまで縮んだ。


「あ、小さくなれるんですね。それなら寒くないですし、コテージの軒下にいられますね」アルトが言った。


「ミィちゃんに言われたら逆らえないだろう」ガインが言った。


 ミィちゃんが満足そうに尾を振った。




 昼前になって、キースが手帳を持ってアルトのところに来た。


「アルト伯爵、少し相談があります」


「どうぞ」


「猫たちの毛の状態を確認していたんですが」キースは手帳を開いた。


「換毛期です。全員同時に冬毛から春毛に生え変わっています」


「そうでしたね、去年も」


「去年より規模が大きいです。成猫になったミィちゃんの毛量が増えたことと、庭番が加わったことで」


「庭番というのはドラゴンですか」


「ドラゴンも換鱗期らしく、ウロコの隙間に古い鱗が溜まっています」


 アルトは猫たちを見た。


 確かに、撫でると毛がゴッソリ抜けた。ミィちゃんの背中に手を置いて引くと、一掴み分の白い冬毛が取れた。


「ブラッシング祭りが必要ですね」


「全員で掛かっても半日はかかります」


「やりましょう」


 アルトは道具箱からブラシを出した。キースが手帳をしまった。ガインとバルカンとルークに声をかけた。


 全員が集まった。




 猫たちが順番に並んだ。


 一匹ずつブラッシングしていった。冬毛がごっそりと取れた。籠に入れると、みるみる山になった。籠が一つ満杯になった。二つ目が満杯になった。三つ目が満杯になりかけた。


 バルカンは手を動かしながら、籠を見ていた。目が輝いていた。


「この量の換毛期の抜け毛があれば」バルカンが呟いた。


「何が作れますか」アルトが聞いた。


「高密度のフェルト生地が作れます。圧縮して固めれば、王都の最高級ベッドが百個は」


「猫用ベッドが百個」


「いや、人間用でも」


「猫用に使いましょう」


 バルカンは少し間を置いた。


「そうですね。猫用に使いましょう」


 ルークが遠い目をしながらブラッシングを続けた。


「この素材が全部猫用になるのか、という思いと、それが正しいという思いが、同時にあります」


「どちらが勝ちますか」アルトが聞いた。


「猫用です」


「そうですね」




 ブラッシングが一段落した頃、林の脇からじっとこちらを見ている視線があった。


 ドラゴンだった。


 アルトたちが猫をブラッシングするのを、頭を低くして眺めていた。目が赤いのに、その目が心なしか潤んでいた。


「きみもブラッシングしてほしいんですか」アルトが言った。


 ドラゴンが動きを止めた。


 それからゆっくりと首を縦に動かした。


「分かりました」


 アルトはガインのところに行った。


「大きなブラシを作ってもらえますか」


「どのくらい大きく」


「ドラゴンのウロコの隙間が入るくらい」


 ガインは少し考えた。


「デッキブラシで良ければ、今あるやつを改造する」


「お願いします」


 ガインが三十分で仕上げた。柄が長くて、ブラシの部分が板くらいの幅があった。


 アルトがドラゴンに近づいた。


 ドラゴンが首を差し出した。


 ウロコの隙間に、ブラシを入れた。


 ゴシゴシとやった。


 ドラゴンが体を震わせた。


「痛かったですか」


 ドラゴンが首を横に振った。


 また体を震わせた。今度は違う震え方だった。


「ゴロロロロ」


 地響きだった。


 ドラゴンの喉から、地響きのような重低音が鳴り始めた。コテージが微かに揺れた。林の木が揺れた。


「気持ちいいですか」


「ゴロロロロロロ」


「そうか、よかった」


 アルトはブラッシングを続けた。ウロコの隙間から、古い鱗の欠片と埃が出てきた。きれいになるにつれて、ドラゴンの鱗が光を反射し始めた。黒いと思っていたが、光に当たると深い藍色だった。


「綺麗な色ですね」アルトが言った。


「ゴロロロロ」


「これからも定期的にやりましょうか」


「ゴロロロロロロ」




 そのとき、街道の向こうから大きな荷が近づいてきた。


 大型の運搬車が二台だった。荷台に肉が積んであった。大量の肉だった。何の肉か分からないくらい大きな塊だった。


 御者が二人、顔色が悪かった。


 コテージの前で止まった。


 ドラゴンを見た。


 ドラゴンがブラッシングされながら「ゴロロロロ」と地響きを立てていた。体が時々びくんと震えていた。


 御者の一人が悲鳴を上げた。


「暴れている!」


「喰われる!」


「肉を置いて逃げろ!」


 荷台から肉が投げ落とされた。運搬車が急発進した。御者たちが走って逃げた。あっという間に見えなくなった。


 アルトはブラッシングを続けながら街道を見た。


 肉の塊が道に転がっていた。


「何の肉ですか」ルークが確認しに行った。


「王都からの献上品の目録がついています。ドラゴン様への捧げ物、最高級魔獣肉、十トン」


「十トン」


「王都からだそうです」


「バルドさんたちが送ってくれたんですか。ありがたいですね」ドラゴンを見た。


「良かったですね、献上品が届きましたよ」


「ゴロロロロ」


「後で食べましょう。今はブラッシングの続きです」


「ゴロロロロロロ」


 ルークは目録を持ったまま、その場に立っていた。


「逃げた御者たちは、ドラゴンが地響きを立てて暴れていると報告するんでしょうね」


「そうかもしれないですね」


「王都がまた大騒ぎになります」


「そうですか」


「そうですか、じゃないんですが」ルークは目録をたたんだ。


「まあ、肉は無駄になりませんでしたし」




 夕方、ブラッシングが全部終わった。


 猫たちの毛が整った。ドラゴンのウロコが光った。


 集まった換毛期の抜け毛と、ドラゴンのウロコの欠片を、バルカンが選り分けた。


「ウロコの欠片も繊維と組み合わせれば、クッションの芯材になります」バルカンが言った。


「硬くて丈夫で、かつ毛の柔らかさが表面を覆う。春用のクッションが作れます」


「猫たちが喜びそうですね」


「当然、猫用に作ります」


 バルカンが作業場に向かった。


 日が暮れる頃、クッションができた。


 白い毛の表面に、深い藍色のウロコの光沢が混ざった、不思議な色合いだった。触れると、外は柔らかくて、中に弾力があった。


 ミィちゃんに差し出した。


 ミィちゃんが匂いを嗅いだ。


 前足で押した。


 乗った。


 丸くなった。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


「気に入りましたか」


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 林の脇で、ドラゴンがそれを見ていた。


 満足そうな顔をしていた。自分のウロコが役に立ったことが分かるのかもしれなかった。


 アルトはミィちゃんを撫でながら、ドラゴンを見た。


「あなたも良い仕事をしましたよ」


「ゴロロロ」


 小さめの地響きだった。




 王都では翌朝、御者たちからの報告が届いていた。


「ドラゴンが地響きを立てて身悶えしていた。体が何度も痙攣していた。供物の肉を捧げた瞬間に目が合って、今ここにいるのが奇跡だ」


 バルドが報告書を読んだ。


 それからオズワルドからの通信が来た。


「聖域がドラゴンを完全実用化したという情報が入ってきました。地響きの訓練をしていた模様で、実戦投入も時間の問題かと」


 バルドは報告書を机に置いた。


「追加の献上肉を手配しろ」


「量は」


「倍で」


「承知しました。それと、長官。聖域への使者からの通信は」


「何もしなくていい」バルドは言った。


「起こすな」


 バルドは窓の外を見た。


 王都の春の空が、青かった。


「胃が痛い」


 また呟いた。

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