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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第五章 冬ごもり

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第34話:神獣の成体

 三日後の朝だった。


 バルドからの通信石が、いつもより強く光った。


「アルト伯爵、聞こえるか。緊急だ」


「聞こえますよ」


「聖域の東方向、かつてこの地に封印されていた古代魔獣が、雪解けとともに目覚めた模様だ」


 バルドの声が速かった。


「規模は観測史上最大。直ちに避難を」


「古代魔獣」


「ドラゴンの原型に近い存在だ。過去に王都の騎士団が総動員しても倒せなかった記録がある。今すぐ」


「分かりました」アルトが言った。


「教えてくれてありがとうございます」


 通信が切れた。


 ガインが鑿を置いた。バルカンが機織り機から立った。キースが手帳を閉じた。ルークが書類を置いた。


 全員が顔を見合わせた。


「どうするか」ガインが聞いた。


 アルトが答える前だった。


 ミィちゃんが、アルトの膝からすっと降りた。


 音がなかった。庭に向かって歩いた。ゆっくりとした歩調だった。急いでいなかった。それなのに、一歩ごとに何かが変わっていった。


 空気が変わった。


 風が止まった。


 庭に出たミィちゃんが、立ち止まった。


 尾がゆっくりと一度振れた。


 その瞬間、全身から光が滲んだ。金色と銀色が混ざった光だった。毛の一本一本が輝いていた。


 百匹の猫たちが、音もなく整列し、後ろに並んで、頭を垂れた。


 東の方角から、地面が揺れた。重い足音だった。遠くて、しかし着実に近づいていた。


 木々の向こうに、影が見えた。


 巨大だった。


 鱗が黒くて、翼が広がっていた。目が赤かった。地面を踏むたびに土が沈んだ。


 古代魔獣が、コテージの庭に入ってきた。


 ミィちゃんを見た。


 止まった。


 ミィちゃんが古代魔獣を見た。


 青い目だった。


 何も変わらない目だった。


 古代魔獣の全身が、微かに震えた。翼が折れた。首が下がった。膝が折れた。


 音を立てて、地面に伏せた。


「グルニャ」


 ミィちゃんが一言鳴いた。低くて、短い声だった。古代魔獣が、頭を地面にこすりつけた。それだけだった。


 キースが手帳を開いた。ペンを持ったが、何も書けなかった。


「書くことが多すぎて、どこから書けばいいか」キースが呟いた。


 ガインが庭を見た。


「デカいトカゲが来たな」


「ドラゴンの原型だそうです」ルークが言った。


「トカゲだ」


 古代魔獣が庭で伏せていた。ミィちゃんがその頭の上に乗った。前足で一度踏んでから、座った。


 古代魔獣は動かなかった。


「あの魔獣も仲間になりましたね」アルトが言った。


「なりましたね」ルークが言った。


 目が少し遠かった。


「庭が狭くなりますかね」


「なりますね」


「奥の方を少し広げましょうか」


「広げましょうか、と言いますが」ルークは古代魔獣のサイズを確認した。


「コテージより大きいんですが」


「工夫すれば何とかなりますよ」


 ガインが腕を組んだ。


「まあ、なるだろう」


 ひとしきりして、ミィちゃんが古代魔獣の頭から降りてきた。


 くるりと振り向いて、コテージへ歩いてきた。ゆっくりとした歩調だった。さっきまでの光は消えていた。白くて丸い猫だった。


 アルトの足元まで来た。

 頭をアルトの脛に押しつけた。

 それから膝の上に、ズサッと乗ってきた。


 重かった。


「重いですよ、ミィちゃん」


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


「でも、やっぱり僕のミィちゃんですね」


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 膝からはみ出ていた。後足が垂れていた。それでもミィちゃんは収まる気でいた。アルトも抱え込む気でいた。


 春の風が吹いた。


 庭では古代魔獣が伏せていた。百匹の猫たちが思い思いの場所に散っていた。


「今日も平和ですね、ミィちゃん」


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 コールドランドの午後は、穏やかに過ぎていった。


 王都では、バルドが副長官からの報告を聞いていた。


「聖域からの続報です。古代魔獣は現在、コテージの庭で伏せている模様です。制圧されたと思われます」


「誰が制圧したんだ」


「ミィちゃんが、一鳴きしただけだと」


 バルドは手で顔を覆った。


「それと」副長官が続けた。


「聖域の主が成体になり、神話級の魔獣を庭番にした、という情報が」


「庭番」


「はい。コテージの庭の見張り役として、古代魔獣が配置された模様で」


 バルドは椅子に深く沈んだ。


「今、アルト伯爵は何をしているか分かるか」


 副長官は通信石に確認を入れた。


「ミィちゃんを抱っこしてお昼寝中だそうです」


 バルドはしばらく何も言わなかった。


「そうか」


「何か対応を」


「何もしなくていい」バルドは目を閉じた。


「起こすな」


 副長官が退出した。

 バルドは天井を見た。


 古代魔獣が庭番。神話級の神獣の頂点が成体に。王国が総動員しても倒せなかった存在が一鳴きで平伏。


 そのすべての主が、今は猫を抱っこして昼寝をしている。


「胃が痛い」


 誰もいない執務室で、バルドは呟いた。

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