第31話 コタツでアイス
最初に声を上げたのはルークだった。
コタツから顔だけ出していた。
「……まずいです」
「何がですか」アルトが聞いた。
「コテージ内の『精神弛緩度』が限界突破しています。このままでは全員の社会性が崩壊します」
「ぬくぬくして気持ちいいですね」
「気持ちいいで済む問題ではありません」ルークの声が低くなった。
「我々はもう三ヶ月間、このコタツから一歩も出ていません。王都からの報告書の解読も、魔力観測も、すべてコタツの中で行われています。このぬくもりに慣れすぎると、人間として復帰できなくなります」
「コタツを片付けますか」
居間が静まり返った。
ゴロゴロゴロゴロ。
ミィちゃんだけが、バルカンの足元で鳴っていた。
ガインが顔を半分布団に埋めたまま言った。
「バカな。まだ冬ごもり(コタツ生活)は始まったばかりだろうが」
「三ヶ月経っています」
「嘘だ」
「本当です」
キースが手帳から手だけ出してみせた。
「計算上、このままコタツに入り続けると、全員の筋力が二割低下します。つまりコタツの一時片付け、あるいは制限の時期です」
片付け、という言葉が居間に落ちた。
誰もコタツのない世界を想像したくなかった。
最初に抗ったのはガインだった。
「窓を開けよう」
「開ける?」ルークが言った。
「聖域の外の吹雪の冷気を部屋に引き込むんだ。室温を極寒に下げれば『まだ寒すぎてコタツはしまえない』と理屈が通る」
「ただの自傷行為です」ルークが即答した。
「気持ちの問題だ」
バルカンが布団の中から頷いた。
「悪くない。わしが窓の鍵を壊す」
「待ってください」キースが手帳を開いた。
「術式で対応した方が確実です。コテージ内だけに局所的極寒陣地を展開します。部屋を極限まで冷やせば、コタツの必要性を永久に証明できます」
「部屋を冷やしてコタツに入るんですか」
「それがコタツに対する最高のアプローチです」
結果、全員、コタツから出ていなかった。
アルトはしばらくそれを聞いていたが、立ち上がり台所に向かった。
王都から届いた荷物の奥を探った。凍結保存されたイチゴがあった。赤くて、小粒で、いい匂いがした。それからガインの牧場の生クリームを出した。
鍋に入れて、魔力でゆっくりかき混ぜた。温度を下げながら混ぜると、だんだん固まってきた。
できた。器に盛ってコタツに戻った。
「みなさん」
全員が顔を上げた。
「コタツ、片付けなくていいんじゃないですか」
「え」ルークが言った。
「コタツはつけたままにしておけばいい気がします」
「温かいコタツに温かい体で入ったら、ただポカポカするだけでは」
「そこで、これを食べるんです」
アルトはコタツの天板に器を並べた。
冷たそうだった。イチゴが赤かった。クリームが白くて、少し固まっていた。
「アイスです」アルトが言った。
「部屋の中が暖かくて、外が吹雪だからこそ、コタツの中で冷たいものを食べる。最高の贅沢じゃないですか」
全員が器を見た。ルークが一口食べた。
腰からコタツの熱波で包まれていた。ゴロゴロ音が脈打っていた。その状態で、口の中に冷たいイチゴアイスが溶けていった。
「……あ」
何かが、精神の深いところで決定的に崩れた音がした。
キースが手帳を取り出した。手が震えていた。
「新発見」キースは殴り書きした。
「温波と寒波の同時干渉による精神の完全気化」
手帳を閉じた。
「片付け計画、全面白紙」
ガインがアイスを口に入れた。
「冷たい」
「そうですね」
「コタツで冷たいものを食べている」
「そうですね」
「……ずっとこれでいいのではないか」
「そう思います」
バルカンが器を両手で持った。一口食べた。布団の中に潜った。布団の中からゴロゴロ音が聞こえてきた。ミィちゃんのゴロゴロ音と重なった。
アルトも自分の器を取って、コタツに入った。
全員でアイスを食べた。居間が静かだった。スプーンが器に当たる音と、ゴロゴロ音だけがあった。
数日後、バルド長官から通信が来た。
石が光った。ルークがコタツから手だけ出して受け取った。
「ルーク商会。王都は完全に春だ。桜が咲いている。そちらは相変わらず吹雪だろうが、そろそろ溜まった書類を持って王都に」
「コールドランドは現在、コタツ内冷戦状態に突入しました」
間があった。
「こたつ内、冷戦」
「帰還は秋以降になります」
「冷戦とは何だ。戦争が起きているのか」
「コタツの中でアイスを食べています」
また間があった。今度は長かった。
「アイス」
「イチゴのアイスクリームです。コタツをつけたまま食べると最高です」
「コタツをつけたままアイスを」バルドの声が、少しだけ平静を失った。
「それはどういう状態だ。温かいのか冷たいのか」
「両方です」
「両方」
「腰は温かくて、口の中は冷たいです」
長い沈黙があった。
「バルドさんも春になったらコタツアイス試してみてください」アルトが言った。
「きっと気に入ります」
「だからコタツとは何なんだ」バルドの声が上がった。
「送った図面通りに作ったが、あれはただの机だった。神毛布団とゴロゴロコアを送ってもらって、やっと多幸感が出た。それでも聖域のものには何かが足りない気がする。何が足りないんだ」
「今度は遊びに来てください」
「遊びにとは」
「コタツアイス、一緒に食べましょう」
バルドはしばらく黙った。
「……考えておく」
通信が切れた。
ルークがスプーンでアイスを掬いながら言った。
「長官、本当に来そうですね」
「来たら楽しいですよ」アルトが言った。
「楽しいと思いますが、また一人コテージの住人が増える未来が見えます」
「それはよかったです」
「よかったですか」
「賑やかな方がいいですし」
ルークはアイスを食べた。口の中でイチゴが溶けた。
「まあ、よかったですね」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
布団の中でミィちゃんが鳴っていた。
外は相変わらず極寒の吹雪だったが、コテージの中だけは贅沢な春のぬくもりで満たされていた。




