第28話:魔導コタツの誕生
王都からの荷が届いたのは、朝のブラッシングの最中だった。
馬車が三台、コテージの前に止まった。荷下ろしが始まった。
最高級の炭が十箱。珍しいスパイスが瓶で二十本。魔導具のコアが桐箱に入って四つ。それから名前の分からない乾物や、見たことのない果物の瓶詰めが次々と出てきた。
アルトはミィちゃんのブラッシングを続けながら見ていた。
「また倉庫が」
「そうですね」
ルークが荷の目録を確認していた。
「オズワルド殿からの感謝の品が主ですが、王都の貴族からも何軒か」
「頼んでいないのに」
「コールドランドに物を贈れること自体が、今や最高のステータスなので」
ルークは目録をめくった。
「諦めてください」
「倉庫がまたいっぱいになりますね」
「なります」
「余り物がまた増えますね」
「増えます」
アルトは少し考えてから、ブラッシングを再開した。
ミィちゃんの冬毛が、宙に舞った。白くて細い毛が、朝の光の中でふわふわと漂った。
床がうっすら白くなった。
聖域を一歩出れば、そこはいつも通りの極寒の世界だ。遠くの空が白く霞み、凍てつく風が鳴っていた。
コテージの周囲は相変わらず快適だった。芝草があった。温泉が湯気を上げていた。しかし一歩外れると、膝まで雪に埋まった。
「冬ごもりの季節ですね」アルトが言った。
「そうですな」ガインが言った。
「ここ以外は冬ですし、寒い季節は温かくして過ごしたいですね」
「正論じゃ」
アルトは居間を見渡した。
もみもみベッドがあった。キャットタワーがあった。ミィちゃんたちがそれぞれ気持ちよさそうにしていた。
「あと何か、温かくできるものがあったらいいなと思って」
「暖炉があるじゃないか」
「暖炉はいいんですが、そこまで寒くないので雰囲気だけでも」アルトは少し考えた。
「みんなで一緒に温まれるものがあったらいいなと思って。テーブルの下に入れる熱源があって、布団をかけて、足を入れて座れるような」
「なんじゃそれは」
「コタツといいます」
「聞いたことがない」
「作れますかね」
アルトは届いた荷を見た。
「この魔導コアと、余っている冬毛があれば」
キースが台所から顔を出した。
眼鏡を押し上げた。
「作れます」
ガインが一番早く動いた。
居間の広さを測って、木材を選んで、設計を始めた。
「大きさはどのくらいにする」
「全員入れるくらいで」アルトが言った。
「全員とは」
「ルークさんとキースさんとガインさんとバルカンさんと、猫たち全員と」
「それは大きいな」
「大きい方が温かいですよ」
ガインは少し計算してから、木材の加工を始めた。
バルカンが舞い散る冬毛を集め始めた。
ブラッシングで出た毛だけでなく、床に落ちた毛も、キャットタワーに残っていた毛も、全部集めた。集めながら指で触れて、その都度目を細めた。
「この密度で布団を織ったら」
バルカンは毛を両手で持った。
「どうなるか」
「どうなりますか」アルトが聞いた。
「触れた人間が、もう布団から出られなくなる」
「それは困りますね」
「困らん。最高だ」
バルカンは作業場に向かった。
キースは届いた魔導コアを桐箱から出して、机に並べた。四つとも、青白く光っていた。
「これは王都の魔導省が開発した第三世代の熱源コアです」
キースは一つ手に取った。
「本来は軍用の暖房施設に使うものです」
「それをコタツの熱源に」ルークが言った。
「問題ありますか」
「軍用の暖房を、家庭用コタツに」
「問題があるかと聞いています」
ルークは少し間を置いた。
「問題はないですが、今日この瞬間に、軍事技術が完全に別の何かに転用されたという事実は記録しておきたいです」
「記録します」キースは手帳に書いた。
「軍用第三世代熱源コア、コタツ転用。以上」
「それだけですか」
「他に何か書くことがありますか」
「もっと複雑な気持ちがあります」
「では長官への報告書に書きます」
ルークはそれ以上言わなかった。
三日かかった。
ガインが特大のテーブルを組み上げた。脚が四本で、天板が広かった。全員が足を入れても余裕があった。
バルカンが布団を織り上げた。白と黒と縞が混ざった布団だった。テーブルにかけると、四方に均等に垂れた。触れると指が沈んだ。引っ張っても、布団が動かなかった。重みがあった。密度が高かった。
キースが熱源を組み込んだ。
コアの出力を絞って、向きを調整して、均一に熱が広がるように設計した。最後に術式を一つ追加した。
「何を追加したんですか」アルトが聞いた。
「ミィちゃんの体温とゴロゴロ音の周期に、熱波を完全同調させました」
キースは眼鏡を押し上げた。
「ミィちゃんがコタツの中にいる場合、熱がミィちゃんのゴロゴロ音に連動して脈動します」
「難しいことは分からないですが、気持ちよくなりますか」
「なります。理論上、もみもみベッドの三倍の多幸感が得られます」
アルトは頷いた。
「じゃあミィちゃんも喜んでくれますね」
「ミィちゃんが最初に入ることを想定した設計です」
完成したのは夜だった。
居間の中央に、大きなコタツが置かれた。
全員が集まった。アルト、ガイン、バルカン、キース、ルーク。
それから猫たち全員が、コタツの周りに集まっていた。
「入りましょうか」アルトが言った。
全員が布団をめくって、足を入れた。
熱が来た。
じわっと来た。じわっと来てから、だんだん広がった。足の先から膝へ、膝から腰へ、腰から背中へ。
「温かい」ガインが言った。
「そうですね」アルトが言った。
「温かいというか」バルカンが言った。
「なんか、溶ける」
ルークが書類を持ってコタツに入っていたが、書類が机の上に滑り落ちた。拾おうとしなかった。
キースが手帳を持っていたが、ペンが動かなかった。
ゴロゴロゴロゴロ。
どこかから音がした。
布団が、内側から盛り上がった。
白い球体が、コタツの中心部へ向かって進んでいた。布団の下をごろごろと進んで、全員の足の間を通り抜けて、コタツの真ん中で止まった。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
音が大きくなった。
熱が脈動した。
キースが設計した通り、ゴロゴロ音の周期に合わせて、熱波がゆっくりと揺れた。
「あ」ルークが言った。
それだけだった。
「あ」の後、何も言わなかった。
目が閉じかけていた。
ガインが横に傾いた。バルカンが前に傾いた。キースが手帳を持ったまま仰向けになった。
アルトだけが座っていた。
「みかんゼリー、ここに置いておきますね」
コタツの上に、小皿が並んだ。橙色のゼリーが、ぷるぷるしていた。
誰も取らなかった。取る気力がなかった。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
コタツの中から、最大出力の音が出続けていた。
他の猫たちも布団の中に入ってきた。足の隙間を縫って、思い思いの場所に収まった。居間全体がゴロゴロ音で満たされた。
「今日も平和ですね」アルトが言った。
返事がなかった。全員が何らかの方向に倒れていた。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
コールドランドは今日も温かかった。




