↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第三章 激動の冬毛

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/52

第23話:辺境の特産品

 エリナたちが帰る朝、アルトは倉庫を開けた。


「これ、持っていってください」


 木箱が二つあった。冬毛の毛玉が詰まっていた。


 エリナが箱を覗き込んだ。


「よろしいんですか」


「置いておいても場所を取るので」アルトは頭を掻いた。


「王都の炉に使えるなら、その方がいいですし」


「……ありがとうございます」


 エリナは箱を受け取った。侍女が馬車に載せた。もう一つ、アルトが紙を差し出した。


「夏みかんゼリーのレシピです。よかったら」

「これも」

「猫たちが喜ぶので、王都でも作れたらと思って。固める粉はルークさんに聞けば手に入るそうです」


 エリナは紙を受け取った。

 丁寧な字で、材料と手順が書いてあった。最後に「猫には小さく切って骨がないことを確認してから」と注意書きがあった。


「辺境伯のくせに」バルドが小声で言った。


「何か言いましたか」エリナが聞いた。


「何でもありません」


 馬車が動き出した。エリナは窓から振り返った。


 コテージの前に、アルトが立っていた。その足元に白い球体があった。短い足をぱたぱたさせていた。


 ゴロゴロゴロゴロ。


「また来てもいいですか」エリナが窓から叫んだ。


「どうぞ」アルトが手を振った。


「次は燻製も作っておきます」


 馬車が南へ向かった。


 バルドは座席に深く沈みながら、天井を見た。


「長官」エリナが言った。


「王都に戻ったら、貴族院に報告しなければなりません」

「何と報告しますか」


「コールドランドは我が国の危機を救った聖域であり、アルト辺境伯は無二の恩人である、と」


「それは本当のことですが」

「本当のことです」エリナは膝の上で手を組んだ。


「それ以外のことは、報告しなくて構いません」

「猫の抜け毛で魔導炉を救ったことは」

「言わなくて構いません」

「王都最強の魔導士が猫用掃除機を作っていることは」

「言わなくて構いません」

「皇女殿下が白い液体に指を突っ込んで現実逃避していたことは」

「絶対に言わなくて構いません」


 バルドは目を閉じた。


「承知しました」




王都に戻ったエリナは、貴族院の大広間で正式に宣言した。


「コールドランドは王国の聖域である。アルト・ド・ファルク辺境伯は、この冬の危機において王都を救った。辺境伯領への不干渉を、改めて王家として確約する」


 大広間が静まり返った。

 貴族たちが顔を見合わせた。


「皇女殿下」一人が立ち上がった。


「コールドランドとは、かつて不毛の荒れ地であった、あの」

「そうです」

「それが今や常春の楽園で、王都の魔導炉を救う熱源を持つ土地に」

「そうです」

「辺境伯のコテージでは、どのような技術が」


 エリナは少し考えた。


「猫を大切にしています」


 広間がざわめいた。


「猫、でございますか」


「猫です」エリナは真顔で言った。


「それ以上はお答えできません。聖域ですので」


 広間のざわめきが大きくなった。


 翌日から、王都の貴族たちのあいだに噂が広がった。


 コールドランドには未知の超技術がある。辺境伯のコテージで使われている日用品は、王都最高峰の魔導技術を超えているらしい。あの外套は一着あれば極寒の夜会でもドレス一枚で過ごせる。あの塩は王都の最高級品の比ではない。あのパンは一口で脳が溶ける。


 そして核心は誰も知らなかった。


 猫の抜け毛だということを。




 コールドランドのコテージでは、ルークが書類を広げていた。


 目が、いつもと違った。

 商人として十年以上やってきた。利益の嗅覚には自信があった。しかし今日の書類を前にして、その嗅覚が限界を超えていた。


「アルトさん」

「はい」

「王都の特権階級から注文が殺到しています」

「何の注文ですか」

「外套です」ルークは書類を持ち上げた。


「冬毛で作った、あの外套。一着あれば真冬の夜会でもドレス一枚で過ごせると、貴婦人たちが発狂していまして」

「それはよかった」

「言い値で買うと。七家から同時に連絡が来ています。最高額の提示がこちらです」


 数字を見せた。


 アルトは首を傾けた。


「これ、一着の値段ですか」

「そうです」

「随分高いですね」

「国家予算の」ルークは深呼吸をした。


「一割に相当します」


 アルトは少し考えた。


「でも、あれはただの換毛期の抜け毛を集めて紡いだだけで。余っているから、欲しがっている人に分けてあげてもいいですよ」


 ルークは書類を置いた。


「アルトさん」

「はい」


「国家予算の一割を、余り物だから分ける、と言わないでください」

「余ってますよ、実際」

「余っていても」


「倉庫がまたいっぱいになってきてますし」


「アルトさん」


「はい」


「お願いですから、値段のことは私に任せてください」


 アルトは素直に頷いた。


「じゃあルークさんにお任せします」


ルークは書類に何か書き始めた。ペンを持つ手が少し震えていた。震えているのは興奮なのか疲労なのか、自分でも分からなかった。




 問題は生産量だった。


 ブラッシングで出る毛は毎日ある。ガインが紡いで、アルトが仕立てる。しかしそれだけでは追いつかなかった。注文の数が多すぎた。


 ガインが腕を組んだ。


「人手が要るな。紡ぎと仕立てができる職人が」


「心当たりはありますか」アルトが聞いた。


「一人おる」ガインは少し間を置いた。


「コールドランドの奥地に、昔からいる奴じゃが」


「どんな人ですか」


「ドワーフの織物師じゃ。繊維の扱いなら、わし以上かもしれん」ガインは渋い顔をした。


「ただ」

「ただ?」

「人間嫌いでな。どれだけ金を積んでも動かん。わしが声をかけても無視された。頑固というか、偏屈というか」


「困りましたね」アルトは考えた。


「あの、冬毛のブラッシングを体験したら、手伝ってくれませんか」


 ガインが止まった。

 キースが眼鏡を押し上げた。


「理論上」キースが言った。


「あの繊維の触感と魔導共鳴を前にして、職人が正気を保てる確率はゼロパーセントです」

「そんなに低いですか」

「繊維の職人であれば、なおさらです。あの素材を触った瞬間に、全ての抵抗が消えます」


 ガインは天井を見た。


「……わしが最初にここへ来たとき、スープを一口飲んで終わりじゃったな」


「そうでしたね」

「連れてくれば、同じことになるか」

「なると思います」アルトは特に深く考えた様子もなく言った。


「まず会いに行ってみましょうか」



 夜になった。

 もみもみベッドの上で、ミィちゃんが転がっていた。


 夏みかんゼリーを食べた後、消化しながら丸くなっていた。冬毛が膨らんで、完全な球体に戻っていた。短い足がぱたぱたしていた。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


「次の職人さんも、ミィちゃんを気に入ってくれるといいですね」


 アルトが言った。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 重低音だった。


 キースが手帳に何か書きながら、眼鏡を押し上げた。


「人間嫌いの頑固者が、繊維に命をかけた職人である場合、抵抗の崩壊は平均三十七分と試算されます」

「詳しいですね」


「セルジュ殿が四日、私が一夜でした。食事と温泉と猫の三段階を経た場合の平均値です」

「データを取っていたんですか」

「記録は大切ですので」


 ルークが書類を閉じた。


「次の被害者の準備が整いましたね」

「被害者とは」アルトが首を傾けた。


「何でもありません」


 窓の外の空に、星が出ていた。


 コールドランドの夜は、今日も温かかった。

エピソードタイトルの話数がズレてるとようやく気づきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。