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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第三章 激動の冬毛

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17/44

第17話:破滅の日

 返済期限の当日。


 公爵邸の玄関に、馬車が止まった。

 カイルが窓から見下ろすと、見覚えのある顔が馬車から降りてきた。


「ルークか」


 慌てて玄関に向かった。

 エドガーも廊下に出てきた。


 ルークは以前と同じ顔をしていた。

 穏やかな商人の顔だった。

 ただ目だけが、違った。温度がなかった。


「本日が返済期限でしたので、直接伺いました」

「ルーク殿」


 カイルは声を落ち着かせようとした。


「少し待ってほしい。王家の特使団が戻れば、状況が変わる。あと少しだけ」


「特使団でしたら、昨日王都に帰還されましたよ」


 カイルは止まった。


「帰還した? では、コールドランドの件は」

「私も報告を聞きました」


 ルークは懐から書状を取り出した。


「こちらが王家からの公文書です。本日付けで発行されたものを、お持ちしました」


 カイルが受け取った。

 読んだ。


 コールドランド一帯を王国の保護下に置き、アルト・ド・ファルク辺境伯領として正式に認定する。また、同地を不当に追放し危険に晒したエドガー・ド・ファルクおよびカイル・ド・ファルクに対し、爵位の返上と全財産の没収を命ずる。なお執行は本状到達をもって即時とする。


 カイルの手が震えた。


「即時……」


「ええ」ルークが言った。


「今この瞬間から、お二人は平民です」


「なぜだ」エドガーが一歩前に出た。


「なぜアルトごときのために、我が公爵家が」


「公爵家は、もう存在しません」

 ルークは穏やかな声で言った。


「ただ、一つだけ教えてさしあげましょう」


 ルークは邸宅を見渡した。石造りの立派な建物だった。枯れた庭があった。給金を払えず半分になった使用人がいた。


「アルト様がコテージの基礎に置いていた魔石が、四箱ありました」

「魔石が」

「超高純度の魔石です。アルト様は重りだと思って使っていましたが」


 ルークは二人を見た。


「あの魔石一粒で、この邸宅が買えます。四箱分で、この公爵領ごと買えます。何度でも」


 カイルは動かなかった。


「それを」ルークは続けた。


「猫が拾ってきたものだと、アルト様はおっしゃっていました」

「猫が」

「ええ。猫が拾ってきた石を、アルト様が重りに使っていた。それだけの話です」


 エドガーが何か言おうとした。

 声が出なかった。


「ルーク商会からの貸付金の件ですが」


 ルークは書状をもう一枚取り出した。


「財産没収の執行により、この邸宅と領地が担保として押さえられます。残債は王家の管理下に移ります。つまり、私への御用はもうありません」


 一礼した。


「お世話になりました」


 踵を返した。


「待て」カイルが声を上げた。


「待ってくれ。私は公爵家の嫡男だぞ。アルトはただの追放者だ。猫しか懐かせられない無能だ。なぜそんな奴が辺境伯になって、なぜ我々が」


 ルークは振り返った。


「アルト様は今頃、猫用のおやつを作っておられると思います」

「何」

「魔魚のジャーキーを、猫のために。それだけです。それだけのことをしている人間が、今や王家直属の辺境伯です」


 ルークは穏やかに微笑んだ。


「あなた方が笑った石一粒で、この領地が買えたんですよ」


 カイルは何も言えなかった。


 玄関の扉が開いて、王家の衛兵が入ってきた。


「エドガー・ド・ファルク殿、カイル・ド・ファルク殿。王命により、ご同行願います」


 カイルは衛兵を見た。

 ルークの背中を見た。

 枯れた庭を見た。


「嫌だ」声が裏返った。


「嫌だ、私は公爵家の」


「元、です」衛兵が言った。


 カイルは衛兵に腕を掴まれた。エドガーは一言も言わなかった。ただ、最後にもう一度だけ窓の外を見た。


 枯れた畑が広がっていた。

 灰色の空の下で、風が吹いていた。




 一方その頃。

 コールドランドのコテージでは、アルトが石窯の前にしゃがんでいた。


 魔魚のすり身を薄く伸ばして、低温でゆっくり乾燥させる。途中で魔鉱塩をひとつまみ振って、また乾燥させる。取り出すと、薄くて透き通った琥珀色の板ができた。


 指で割ると、パリッと音がした。


「できたな」


 ミィちゃんが近づいてきた。


「冷めてから」


 ミィ。


「冷めてから、と言った」


 ミィちゃんは座って待った。


 十分ほどして、アルトは小さく割ってミィちゃんの前に差し出した。


 ミィちゃんが一口食べた。

 止まった。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


「美味かったか」


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 他の猫たちが集まってきた。


 アルトは一匹ずつに小さく割って配った。冬毛でまん丸になった猫たちがジャーキーをパリパリと食べた。コテージの中がゴロゴロ音で満たされた。


ガインが作業台から顔を上げた。


「わしの分は」

「猫用です」

「一枚だけ」


 アルトは一枚渡した。ガインがかじった。目が丸くなった。


ルークが書き物をしながら顔を上げた。


「私も」

「猫用ですよ」

「一枚だけ」


 コテージの中で、人間と猫が一緒にジャーキーを食べた。


 外では温泉の湯気が夕空に溶けていった。芝草の上を、冬毛でまん丸になった猫たちがのんびりと歩いていた。


「今日も平和ですね、ミィちゃん」


 ミィちゃんが膝に乗ってきた。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 アルトはブラッシングを始めた。


 窓の外の空は、今日も青かった。


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