第16話:帰還
王都の城門の衛兵が、それに気づいたのは昼過ぎだった。
北の街道から、七騎が近づいてくるのが見えた。
衛兵は最初、隊商かと思った。しかし近づくにつれて、おかしいと気づいた。
馬の上の人間たちが、全員同じ外套を着ていた。白と黒と縞模様の混じった、もこもこした外套だった。完全武装の鎧の上から、その外套を羽織っていた。おかしな格好だった。
さらに近づいてきた。
衛兵は目を細めた。
馬の上の人間たちの顔が、全員同じだった。同じというのは顔立ちではなく、表情が、だった。目がとろんとしていた。頬が緩んでいた。口元が半開きになっていた。
七人全員が、馬の揺れに身を任せながら、どこか遠くを見ていた。
先頭の男が城門の前で馬を止めた。
「セルジュ・ド・マルク。帰還した」
声は本人のものだった。しかし顔が違った。衛兵はセルジュを知っていた。いつも背筋が伸びていて、目が鋭くて、口元が引き結ばれていた。
今のセルジュは、どこかの温泉宿から帰ってきた人間の顔をしていた。
「お、お帰りなさい」衛兵はなんとか言った。
「ご無事で」
「ああ」セルジュが言った。
「無事だ」
「あの、その外套は」
セルジュは外套の袖を撫でた。
目が細くなった。
「猫の冬毛で作ったものだ」
「はあ」
「良いものだ」
「はあ」
「猫はいいぞ」
「はあ」
衛兵は後ろの六人を見た。六人とも同じ顔をしていた。うち一人、魔導士らしい男が虚空に手を伸ばしながら「ゴロゴロ……」と呟いていた。
衛兵は門を開けた。
何も聞かなかった。
魔法省でバルドがセルジュたちを迎えたのは、それから一時間後だった。
廊下に出たバルドは、七人の姿を見て、三歩後退した。
「セルジュ卿」
「長官」
「君は」
バルドはセルジュの顔をじっと見た。
「本当に君か」
「本人だ」
「正気か」
「正気だ」
「その外套は何だ」
「猫の冬毛だ。良いものだ」
「なぜ鎧の上から羽織っている」
「脱ぐのが惜しい」
バルドはセルジュの両肩を掴んだ。
「セルジュ。しっかりしろ。君は王家の特使だ。精鋭騎士だ。パンのレシピを求める人間じゃない」
セルジュはバルドを見た。目がとろんとしていた。
「長官。一つだけ聞いてください」
「何だ」
「猫の後頭部を、嗅いだことがありますか」
「ない」
「嗅いでみてください」
「嗅がん」
「日向ぼっこをした後の猫の後頭部は、ポップコーンのような匂いがします」
バルドは手を離した。
「……完全にやられている」
後ろの副長官が囁いた。
「どうしますか、長官」
バルドは七人を見渡した。全員がとろけた顔をしていた。魔導士のエルドは壁に寄りかかりながら「あの縞猫、今頃何をしているだろう……」と独り言を言っていた。
「とりあえず全員を休ませろ」
バルドは額に手を当てた。
「それから報告書をもう一度書き直させる。今度はパンのレシピ抜きで」
「はい」
「セルジュ」
「何だ」
「コールドランドには何がいた。正確に答えてくれ」
セルジュは少し考えた。
「猫がいた」
「他には」
「美味いパンがあった」
「他には」
「良い温泉があった」
「脅威は」
「なかった」
セルジュはバルドを見た。今度は目が少し、真剣になった。
「長官。あそこには何もない。脅威も、敵意も、野心も。ただ猫と暮らしている青年が一人いて、その青年が作る飯が美味くて、猫たちが幸せそうにしていた。それだけだ」
「観測史上最大の魔力反応は」
「猫たちのゴロゴロ音だ。冬毛の時期で機嫌が良かったらしい」
バルドは黙った。
「あそこは敵ではない」
セルジュは続けた。
「むしろ王国が守るべき場所だ。アルト殿は何も望んでいない。ただ猫のブラッシングをして、飯を作って、穏やかに暮らしている。それが結果として世界で最も豊かな土地を生んでいる」
廊下が静かになった。
「……報告書に、そのまま書いてくれ」
バルドが言った。
「書く。ただし」
セルジュは外套の袖を撫でた。
「パンのレシピの件も追記させてくれ」
「それは外せ」
「外せない」
報告を受けた皇女エリナは、謁見の間でセルジュの外套を受け取った。
触れた瞬間、目が細くなった。
「……温かい」
「はい」
エリナは袖を顔に近づけた。止まった。
「この匂いは」
「猫の後頭部の匂いかと。日向ぼっこした後の」
エリナはしばらく動かなかった。外套を胸に抱いていた。目が潤んでいた。
「セルジュ」
「はい」
「コールドランドとはどのような場所ですか」
セルジュは一瞬だけ目を閉じた。
「世界で最も尊い場所でした」
エリナは立ち上がった。
「王家として宣言します」
エリナの声が、謁見の間に響いた。
「コールドランドを王国の保護下に置く。アルト・ド・ファルク殿を辺境伯として認定し、一切の内政干渉を禁ずる。税も取らない。兵も送らない」
侍女が「ただし、という条件は」と囁いた。
「年に一度」
エリナは外套を抱いたまま言った。
「この外套を送っていただけるよう、お願いするだけです」




