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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第三章 激動の冬毛

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12/24

第12話:皇女の外套

 冬毛というものがある、とアルトが気づいたのは、ブラッシングの時間が倍になってからだった。


 毎朝、いつも通り順番に並んだ猫たちに櫛を入れると、抜け毛の量が明らかに違った。


 一匹あたり、先月の倍以上出た。

 しかも毛質が変わっていた。夏毛より細くて、密度が高くて、空気を含んでいた。指でつまむと、綿菓子みたいにふわりと広がった。


 籠が一時間で満杯になった。


「ガインさん、今日も籠がいっぱいになりました」


「またか」ガインが覗き込んだ。


「冬毛じゃな。夏毛より断然質がいい。紡いでも良いか」


「どうぞ」


 ガインが紡ぎ始めた。

 アルトは次の猫のブラッシングを続けた。

 籠が二つ目も満杯になった。


「……毎日これが続くのか」ガインが呟いた。


「しばらくは続くかと」


「わしの腕が追いつかん」


「紡ぎきれない分は袋に入れておきましょうか」


「もったいなくて袋に入れられん」


 ガインは腕まくりをして、紡ぐ速度を上げた。ドワーフの職人魂に火がついたようだった。


 三日後、ルークがコテージを訪ねてきた。


 定期的な荷の確認と、取引の報告のためだった。コテージに入ってすぐ、山積みになった大きな袋に気づいた。


「これは」


「猫の冬毛です。ガインさんが全部紡いでくれました」


 ルークは袋を一つ開けた。糸を取り出して、指に巻いた。引っ張った。


 目が変わった。大商人の、鋭い目だった。


「アルトさん。これで外套が作れますか」


「外套?」


「防寒用の上着です。今の量があれば、大人一人分は作れそうで」


 アルトは首を傾げた。猫たちのためになるものではなかったが、余っているものを使うなら良かった。


「やってみます」


 型を取って、裁断して、魔力で仕立てた。

 布団を作ったときと同じ要領だったが、今回は形が複雑だった。袖と衿と前合わせ。アルトは何度か魔力の流し方を調整しながら、形を整えた。


 できたものを広げた。


 白と黒と縞模様の、不思議な光沢を持つ外套だった。持ち上げると、拍子抜けするほど軽かった。羽毛より軽かった。


「着てみていいですか」

 ルークが聞いた。


「どうぞ」


 ルークが袖を通した。

 そして、動かなくなった。


「……温かい」


「ええ」


「温かいんですが、それだけじゃなくて」


 ルークは外套を着たまま、何度も深呼吸をした。


「なんか、もの凄く落ち着きます。心の奥がじんわりとするというか、安心感が半端ではないのですが……」


「猫の毛ですからね。あ、一応、魔法で消臭はしたんですけど……かすかに、お日様と甘い匂いが混ざったような『猫の後頭部の匂い』が残っちゃってますね」


「猫の後頭部の匂いだと落ち着くんですか」


「ブラッシング中も落ち着きますよ、みなさん」


 ルークは自分の常識を脇に置き、外套を脱いで丁寧に畳んだ。


「アルトさん。これを一着、王都に持っていかせてもらえますか」


「邪魔なので持っていってください」


「邪魔……そうですか。大切に使います」


 王都に届くまで、十日かかった。


 ルークはこれを、あえて王家御用達の仕立て屋には持ち込まなかった。


 いきなり大々的に動かせば、利権に聡い大貴族たちにアルトの存在を嗅ぎつけられ、囲い込まれてしまう危険があったからだ。


 ルークは「信頼できる小さな商会」の目利きを挟んだ上で、病弱な皇女への「個人からの極秘の献上物」という形でルートを繋いだ。確実な既成事実を作るための、ルークの冷徹な計算だった。


 受け取ったのは第一皇女、エリナだった。

 十九歳で、生まれつき体が冷えやすく、冬になると執務室に炉を三台入れても指先が悴むと言っていた。


 神獣毛の外套を着せてもらったとき、最初は何も言わなかった。


 ただ、目が潤んだ。


「……温かい」


 侍女が頷いた。


「しかも」エリナは外套の襟元にそっと顔を寄せ、小さく鼻を鳴らした。


「落ち着く。なぜか、すごく落ち着く。お日様のような、どこか懐かしい香りがして……」


「素材の特性かと」


「猫の毛と聞きましたが」


「はい」


 エリナはしばらく黙っていた。外套の袖を撫でていた。白く冷え切っていた彼女の指先に、みるみるうちに健康的な血色が戻っていた。


「これを作った者は」


「コールドランドの……」


「コールドランド?」


 侍女が眉を上げた。


「あの不毛地帯の」


「はい。ただ現在は、その、かなり状況が変わっているようで」


 エリナは外套を着たまま、立ち上がった。その佇まいには、病弱さを感じさせない皇族としての威厳が満ちていた。


「その者に国賓級の礼をせよ」


「は」


「それと」エリナは窓の外を見た。


 王都の冬の空は灰色だった。


「その猫たちにも、よろしく伝えてください。とても素晴らしい毛をありがとう、と」


 侍女は返事ができなかった。


 その報告がルークのもとに届いたのは、さらに五日後だった。


 ルークはコテージの台所で、アルトが白くて丸いパン生地を熱心にこねているのを見ながら、書状を読んだ。


「アルトさん」


「はい」


「王家から、国賓級の礼を、と」


「はあ」


「それと、皇女殿下が猫たちによろしくと」


「伝えておきます。喜びますよ」


「……それだけですか」


「何かありましたか」


 ルークは書状を畳んだ。

 窓の外で、ミィちゃんが芝草の上に寝転がっていた。冬毛がふわふわに膨らんで、まるで白い小山のようになっていた。


「いえ。何もありません」


 アルトがこねていた生地を、猫の頭のように丸くいくつも並べて竈に入れた。


 しばらくすると、コテージの中に甘く香ばしい匂いが満ちていった。焼き上がったのは、冬毛の猫たちのようにモコモコと膨らんだ、焼き立ての「ちぎり白パン」だった。


 ちぎると、中からふわっと温かい湯気が立ち上る。


「今日のは特にモコモコですね」


「冬毛のイメージじゃな」

 ガインが笑いながらパンを頬張る。


 アルトが平然とお茶をすする。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 外から音が聞こえてきた。


 コールドランドの空は今日も青かった。

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