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役立たず猫テイマーの辺境もふもふ開拓記  作者: ゆもニャ
第二章 商人と職人

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11/23

第11話:猫への警戒

 荷馬車が三台、コールドランドへ続く道を進んでいた。


 御者たちは出発前に散々脅かされていた。

 極寒の不毛地帯で、魔獣が出る、吹雪が止まない、近づいた者は戻らない、と。だから分厚い防寒具を着込み、食料を多めに積んで、いつでも武器を抜けるようにしながら必死の思いで馬を走らせていた。


 実際、道中は地獄のような寒さだった。吹きつける風は刃のように鋭く、馬の吐く息も一瞬で白く凍るほどだった。


 ところが。


 コールドランドの奥深く、その場所に踏み込んだ瞬間だった。


「おい……風が止んだぞ」

「え」


 一歩進んだ途端、激しい吹雪が嘘のように消え去り、急激に気温が跳ね上がった。


「おい、暑くないか」

「暑い。なんだこれ」


 慌てて分厚い上着を脱いだ。目の前に、あり得ない光景が広がっていた。


「……天国か、ここは」

「馬鹿を言え。地図では間違いなくここがコールドランドだ」


 馬が止まった。


 正確には、馬が腰を抜かして動かなくなった。御者が手綱を引いても、一歩も前に進もうとしなかった。目が白くなっていた。


「どうした、こいつ」

「俺の馬も動かない」


 上着を脱いだ。さらに進むと、目の前に緑が見えた。芝草だった。空が青かった。温泉の湯気が白く細く、空に溶けていた。


 三台とも止まった。

 御者たちが顔を見合わせた次の瞬間、コテージの前の芝草に猫が見えた。


 大小様々な猫が、思い思いに転がっていた。日向ぼっこをしているもの、温泉の縁に座っているもの、キャットタワーの上から下を眺めているもの。


 普通の猫だった。

 普通の猫に見えた。


 しかしその中の一匹、白い猫がこちらをちらりと見た。


 ただそれだけだった。


「ヒッ」


 御者の一人が声を出した。


「今、あの子猫……こっちを見たか」

「見た。威圧感があった」


「お前、生唾飲み込まなかったか」

「飲み込んだ」

「俺も飲み込んだ」


 馬が小刻みに震えていた。

 ルークが馬車から降りてきた。


「ご苦労様でした。荷を降ろしてください。猫には触れないように、それだけ守っていただければ」


「……触れない、とは」

「触れないでください」


 御者たちは顔を見合わせてから、できるだけ猫から距離を取りながら、荷を降ろし始めた。


 荷の中身は野菜と果物と、上等な牛肉だった。


 ガインが鉄板を外に出した。肉を厚切りにして魔鉱塩をひとつまみ振った。鉄板が温まった。


 肉を乗せた。

 じゅうっ、という音がした。

 脂が弾けた。香りが立った。肉の焼ける匂いがコールドランドの空気に混ざって、広がった。


 猫たちが集まってきた。

 鉄板の周りにずらりと並んで、鼻をひくひくさせながら座った。


 荷降ろしをしていた御者たちが、その光景を見て動きを止めた。


「……なあ」

「なんだ」


「あの猫ども、肉に向かって並んでるぞ」

「並んでる」


「食うスピードが、肉食魔獣のそれだったらどうする」

「絶対に触るなよ。消されるぞ」

「分かってる」


 アルトが鉄板の前に立って言った。


「待て」


 猫たちが全員、ぴたりと止まった。


「熱いから、冷めてから」


 全員が静かに座り直した。


 荷台の護衛が隣の御者の腕を掴んだ。


「見たか今の」

「見た」


「あの少年、一言で……天災級の何かを調教してる」

「何者だあいつ」

「分からん。でも絶対に逆らうな」

「分かってる」




 人間三人と猫たちで食べた。


 肉はカリッと焼けた表面の中に、じゅわっとした脂が閉じ込められていた。魔鉱塩が旨味を引き出して、野菜の甘みが後から来た。


 ガインが豪快にかぶりついた。


「美味い。今日のは特にええな」


「脂の乗りが良かったので」


 ルークは黙って食べた。


 食べながら、目が細くなった。


 王都の高級料理店を何軒も知っていたが、今日の昼飯はその全部より美味かった。材料を聞けばただの肉と塩と野菜だった。なぜそうなるのか、三週間経っても分からなかった。




 遠巻きに見ていた御者たちの鼻が、ひくひくと動いていた。


 一人が隣に小声で言った。


「……いい匂いだな」

「言うな。惨めになる」




 食後、三人は焚き火の前に座った。

 猫たちが思い思いの場所で丸くなっていた。ミィちゃんはアルトの膝の上だった。

ルークが口を開いた。


「アルトさん。先日、王家から問い合わせが来ました。コールドランドの魔力反応について。それと隣国のベルナード商業連合も接触してきました」


「そうですか」


「どうされますか」


「ルークさんに任せます」


「全部ですか」


「全部。よく分からないので」


 アルトはミィちゃんの顎の下を撫でた。ゴロゴロ音が大きくなった。


 ルークは書状をしまった。

 それから、こらえきれずに続けた。


「あの、それと。神獣毛の織物の件なんですが」


「ええ」


「最初の一反を王都の商会に見せましたところ、値段がつけられませんで。競りにかけたら王家の買付人と大商会三社が競り合って、最終的に国宝指定になりかけました」


「猫の抜け毛が」


「ええ。塩は貴族向けの高級品として即日完売。魔石は魔法省が全量買い取りを申し出ました」


「重りが」


「ええ」


 沈黙があった。


「それで、今回持ち込んだ建築資材と食材は、その利益の一部です。コールドランドへの投資として」


 アルトはミィちゃんを撫でながら聞いていた。


「そうですか。ありがとうございます」


「……もう少し驚いていただけると、こちらとしては」


「猫たちが喜んでいるので、よかったと思っています」


 ルークは焚き火を見た。


 三週間でこの人間のことが少し分かってきた。この人は猫が快適で、飯が美味くて、穏やかな毎日があれば、完全に満足する。


 国家予算を動かす素材を「重り」と呼んで、世界で一番温かい布を「猫の抜け毛」と言ってのける。


 そしてそれが、全部を引き寄せていた。

 ガインが薪を焚き火に足した。火が大きくなった。


「にしても」ガインが空を見上げた。


「冬なのに温かいな、ここは」


「本当に」


 アルトはミィちゃんを撫でながら、焚き火を眺めた。


「冬なのに、あったかくて本当に良い場所だな」


 ミィちゃんがゴロゴロと鳴いた。

 他の猫たちも、あちこちでゴロゴロと鳴いた。重なって、低く、穏やかに響いた。




 その頃、王都の魔法省では観測士が記録を書き直していた。


 何度計算しても同じ数字が出た。コールドランド中心部からの魔力反応。先月より大きく、先々月よりさらに大きく、増え続けていた。


 発生源を絞り込もうとしたが、広範囲に分散していてできなかった。


 波長の特徴を記録した。断続的ではなく、一定のリズムがあった。複数の発生源が同調していた。強いて言えば。


 何か大きなものが、喉を鳴らしているような波長だった。


 観測士は首を傾げた。

 まさかな、と思った。

 まさかな、と思いながら、報告書を書いた。


 コールドランドの夜空の下では、猫たちがゴロゴロと鳴き続けていた。


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