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足手まといの没落貴族を拾ったら、数年後、相棒へと成長した彼から逃げられません  作者: *しおり*
第三部

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第四部5

「——ニコォォッ!!」 ロレンツォの言葉にならない絶叫と共に、ニコの小さな身体は、骨が砕けるのではないかと思うほどの力で、その分厚い腕の中へと抱きしめ返された。


「……っ、痛いよ、バカ力……!」


文句を言いながらも、ニコは彼を突き飛ばすことはしなかった。

泥だらけの腕を彼の広い背中に回し、鼻腔を満たす火薬とオーデコロンの匂いを肺の奥深くまで吸い込む。


一年前、すべてを終わらせるために自ら手放したはずの、熱くて、ひどく過保護で、たまらなく愛おしい帰る場所。


「……ニコラ姉さん!!」


不意に、川岸の上の草むらから、息を切らしたレオとルチアの声が響いた。

二人は、泥水の中で固く抱き合っているロレンツォとニコの姿を見て、ハッと息を呑んで立ち止まった。


ロレンツォはニコを腕の中に囲い込んだまま、氷のように鋭く、それでいて一切の口出しを許さない「男」の眼光で二人を射抜いた。


(僕の女に触れるな)と、全身で威嚇するような気迫。


だが、ニコはロレンツォの胸板をポンと叩いてその威圧をたしなめると、彼の腕の中からそっと抜け出し、ルチアたちの方へと振り返った。


「……ルチア。レオ」


ニコが口を開く。 その声は、昨日まで彼らが知っていた、ふんわりと微笑む無垢な『ニコラ』のものではなかった。


低く、少し掠れた、幾つもの死線を越えてきた大人の女の凄みと落ち着きを払った響き。


「ニコラ……姉さん?」


「……一年間、世話になったね。あんたたちの淹れてくれるお茶も、マルタおばさんのシチューも、最高に美味かったよ」


ニコは、泥だらけになった寝巻きの裾を気にすることもなく、彼らに向かって深く、真っ直ぐに頭を下げた。


「でも、アタシはもう行かなきゃならない。……アタシの背中を守ってくれる、世界一世話の焼けるバカが迎えに来ちまったからね」


ニコが親指で背後のロレンツォをしゃくると、ロレンツォは不機嫌そうに眉を寄せながらも、まんざらでもない顔で短く鼻を鳴らした。


ルチアは、ニコの纏う空気が完全に変わってしまったことに戸惑いながらも、ポロポロと涙をこぼし、力強く頷いた。


「……うん。いってらっしゃい、ニコラ。……ううん、ニコ」


ルチアは涙を拭い、太陽のように笑った。 「絶対に、幸せになるのよ! その黒服のすっごい美男子に、うんと甘やかしてもらいなさい!」


「……っ、誰が甘えるかい!」


ニコが照れ隠しに顔を赤くしてそっぽを向くと、すかさずロレンツォが一歩前へ出て、ニコの腰をガシッと力強く抱き寄せた。


「彼女を拾い、一年間守ってくれたこと、心から感謝する」


ロレンツォはルチアとレオに向かって、貴族の当主としての完璧な礼を執った。


「……だが、もう二度と彼女は手放さない。彼女のすべては、僕が地獄の底まで背負っていく」


それは、光の世界の住人たちへ向けた、絶対的な所有宣言だった。


二人は小舟に乗り込み、川岸を蹴った。


朝陽が黄金色に染める川面を、小舟がゆっくりと滑り出していく。


「……いいのかい、ニコ。本当にあんな平和な村を捨てて」


ロレンツォがオールを漕ぎながら、少しだけ不安そうに尋ねる。 ニコは、小舟の底から拾い上げたアルドの『旧式機関銃』を膝に乗せ、泥だらけの袖でその銃身を愛おしそうに拭いながら、フッと笑った。


「バカ言うな。アタシは、アンタと背中を預け合ってる時が、一番息がしやすいんだ。……光の世界のお姫様ごっこは、もううんざりだよ」


「……そうか」


ロレンツォの精悍な顔が、堪えきれないほどの歓喜に歪み、たまらなく甘く、色気のある笑みを浮かべた。


「なら、これからの僕の人生のツケは、高くつくぞ。相棒」


「上等だ。……まずは、アタシの美味しい朝飯の邪魔をした慰謝料として、最高に美味いメシを奢ってもらうからね、ヒヨッ子」


朝陽に向かって進む小舟の上。 泥だらけの服と、血と硝煙の匂い。 決して綺麗ではないけれど、彼らにとっては世界で一番温かく、愛おしい日常が、再び幕を開けたのだった。

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