369話 6月24日#08~2人の過去~
「おい、『脳筋』。貴様、何か話をしろ」
見張りをしている途中で、俺はモルガンに話しかけられた。
「『何か』と言われても、何を話せばいいんだ?」
「ふむ、そうだな……」
モルガンは一瞬考えた後、すぐに何かを思いついた。
「貴様、『孤児院』とはどんなところか教えろ」
「『孤児院』か……」俺も思案した。「まあ、何らかの理由で身寄りのなくなった子どもを引き取る施設ではあるんだが」
「……我も、身寄りがないといえばなかったのだが」
「何だっけ、『父親はイェリナ建国時の戦争で殺されて、母親はずっと『ポムドール』に籠っていて、誰にも世話をしてもらってないんだ』って言ってたよな」
モルガンが頷いたのを見て、俺は言葉を続けた。
「……でも、俺たち人間はドラゴンとはそもそも生き物が違うからな。俺は、大人の助けなしでは生きられないくらい小さい頃に、身寄りを失った」
「……やはり人間は、弱いな」
「ああ。だから『孤児院』がある」
俺は、昔の記憶を思い出していた――いいものも、悪いものも。
「『孤児院』にもよると思うんだが、俺がいた孤児院は、孤児たちにわりと厳しく接するところで……まあ、虐待というほどではないんだが、悩みを気軽に話せる人はいなかったな」
それからちょっと考えて、「あ、でも、」と言葉を付け加えた。
「何か地域のイベントがあるときは、大体そのイベントへ連れてってもらえてたから、そこまで悪いところじゃなかったと思う。結局、希望の専門学校へも行かせてもらえたし」
「……ふむ。では、『孤児院』に行きたければ、両親を殺せばいいのか?」
「……いや。それは、ちょっと別のところで問題が発生しているが」
俺は、頭を掻いた。
「やっぱりドラゴンと人とじゃ、感覚が少し違うのかな」
俺は、少ししんみりとしながら、当時のことを話し始めた。
「人によって、孤児院に預けられる理由は違うんだが、俺が預けられたのは、ばあさんが死んだ後のことだったな」
「ほう。祖母が」モルガンは目を細めた。
「ああ。5、6歳の頃だったんだが、あまりに突然のことだったし、両親を含めて引き取り手となる親族がみんなこの世にいなかったから、結局孤児院に入ることになって」
「それで、どうなった?」
「最初のうちは、他の孤児たちと打ち解けることもできずに、ちょっと孤立していたな……俺は、わりと活発な性格ではあったんだが、ずっと一緒に暮らしていたばあさんが亡くなったショックもあったし……子どもたちの間だけの『不文律』というのかな、孤児院のルールとは別に、孤児たちが育っていくうちにできた暗黙のルールがあって、それに慣れるのに時間がかかった」
「人間の社会とは、かように面倒なことがあるんだな」
「……まあな。結局、俺の場合は喧嘩しまくって、陰湿な上級生をぼろぼろにやっつけたんだが、それで今度は孤児院の院長に目をつけられたりして……まあ、数年後には少し落ち着いて、友だちもできたりしたな」
「……ふむ。そうか」
「……ちなみに、『レジェンダリ』が生まれた後って、どんな生活をするんだ?」
俺は、興味本位でモルガンに訊ねた。
「我は、卵から孵った時、自分が1人で岩場にいることに気づいたのが、最初の記憶だな」
「『1人で岩場』……」いきなり結構ハードそう。
「とりあえず我は、食料を探した……が、周辺には何もなかった。だから我は下山して、森の中にいる動物を食らったりしてたな」
――やっぱりドラゴンって、肉食なんだ。
「だがある時、我は自分に『人に変身できる能力』があることを知ってな。人間の社会にいれば、食料の問題がなくなるということに気づいて」
――ただ……
「人の世界によくある『ルール』を覚えるのに少し時間がかかった。どうもその当時から、見た目がある程度育った人間に見えていたらしくて、我は孤児院に行くことはなかった。代わりに働くことができた」
「『働く』?何してたんだ?」
「ふうむ。確か『ありさん』とかいう、雑用係がやる仕事を紹介している施設があるだろう?そこでいろいろとやって、勉強した」
――料理をすると、美味い食事が食えること。掃除をすると、きれいになること。その場で突っ立っているだけ|(?)でできる『警備』という仕事があること。あとは……
「……結構普通に仕事をこなしていたんだな」俺はくすっと笑ってしまった。
「おかげで、人として生きていれば、誰にも咎められることなく、食料にも困らぬ生活が送れるようになった」
――それでモルガンは普段、人の姿で生活しているのか。
「そうはいっても、やっぱりいろいろ苦労しただろ。文字の読み書きとか計算とか……」
「……数百年生きていれば、そのくらい嫌でもできるようになる。我を舐めるな」
「……へいへい」
俺がニヤニヤ笑っているのを睨みつけながら、モルガンはぼそりとつぶやいた。
「……まあ、我自身、よく人間の街へ行って、人間を食い殺して生活する道を選ばなかったなとは思っているが」
「……確かに。そんなモルガンは『仲間』に入れたくないな」
「ふん」モルガンは鼻を鳴らした。「まあ今は、月の神がよい食事を作ってくれる。我はそれで満足しているぞ」
『あ、ありがとうございます~!』どこからか、ピエール号の声が聞こえてきた。
「私も、なかなか興味深い話を聞かせてもらった」ソフィアもそう言って、俺たちに優しく微笑んでいた。




