352話 6月23日#29〜乙女VS水瓶③〜
「ふう……くっ……」
私は、体を張って自分を守ってくれた義母の下から這い出ると、義母の顔のある方へと回った。
「義母……だいじょ……」
「も、申しわけないんだけど……」義母は声を振り絞るように言った。「ちょっと、休……ませて。とりあえず……星霊使いは確保したから……あとは、時間稼ぎを……」
「……わかった」
私はハチェットを構えた。
「……そう簡単にこの家からは出られない」
――そう言ったのは、スターリア……ではなく、水瓶の方だった。
声が、頭上から聞こえてきた。
「アリエス、ウィルゴ、覚悟しろ……『スタッフラビリンス』!」
その瞬間、5本の平行な線――『五線譜』――が、私の周りを駆け巡った。
そこだけではない。義母の周りも、まだ燃えている炎の中も、空さえも、『五線譜』が壁のように走っている。
「わあああ……!!」
どこかそう遠くないところで、誰かの――たぶん、おひつじ座の星霊の――叫び声が聞こえた。五線譜に当たって、空から落ちたのかもしれない。
私は、『五線譜』を触ってみた。
「そこそこ弾力があって……かえって壊すのは難しそうだな」
「……スターリア、星霊使いを回収しろ」
「……んなん、言われなくてもわかってる!」
スターリアは慣れているのだろう。『五線譜』の弾力を活かし、足をかけて軽々と上っていった。
「あなたも追って、ソフィア」
義母は言った。
「わたくしは、この水瓶の注意を引きつけます」
「ほお?」水瓶が、馬鹿にしたような口調で言った。「アンタがあたいと互角に戦えると?」
「……わたくしは、星霊です」義母は、私の方をちらっと見た。「いいから、行って」
私は頷くと、2人に背を向けた。
足元に『豆の茎』を生やし、その成長スピードを活かし、スターリアの後を追った。
『五線譜』は弾力がある分、芽の先端で押しのけるのはそんなに難しくなかった。
先へと進んでいくと、誰かが言い争っている声が聞こえてきた。
「レイはメェの大切な子どもだ!そんな簡単に、渡してたまるか!!」
「いい加減離せ!もう一度槍で刺されたいか?」
スターリアとアリエスの2人が、言い合いながらレイを引っ張りあっている――このままだと、レイが左右に引き裂かれてしまうかもしれない。
私はスターリアに向かって、ハチェットを投げつけた。
「往生際が悪い……ここはアタシと……ぎゃ!!」
ハチェットは、スターリアの両腕をざっくりと斬り、カーブして私の手元へと戻った。
「……いってーーー!!」
あまりの痛みに足を踏み外し、スターリアは地面へと落下した。
「レイ……」アリエスは、レイに顔をこすりつけた。「……あー、生きてる。よかったー!」
「レイを地球へ運びたい」私はアリエスに近づいた。「私が責任持って連れて行く。レイのことは任せてほしい」
「……君、誰だっけ?」
「おとめ座の星霊使いだ」
「ふーん……」
アリエスは、しばらく考え込んだ。
「……これから君の家に帰るんだよね?」
「……そうだな」
「じゃあ、メェも一緒に行く。ちゃんとレイを地球へ送り届けるところを見る」
「……了解。じゃあ、急いでここから……」
「メェに乗って!!」
――「え?」と、思った時には、私はもふもふの羊毛の中に顔を突っ込んでいた。
アリエスが問答無用で走り始めた。私は必死に、その背中にしがみついた。
「痛って……くそ。覚えてろよ!」
どうやら、私たちには追いつけないと悟ったスターリアの吐き捨てるような言葉が、背後から聞こえてきた。
それから数分後、「あれ?レイはどうした?」と思い立った。そしてレイの能力を思い出し、頭上を見上げた。
――レイの体は、私の真上を飛んでいた。
私は、レイをどこかにぶつけてしまわないか心配になった。
その後、義母も無事帰ってきて|(星霊同士の戦いに何とか勝ったらしい)、私、義母、アリエスの3人で、私たちの家のリビングにあるソファにレイを横たわらせ、じっと見つめた。
「……なるほど。まだ起きる可能性はあるんですね」義母はうんうん頷いた。
「そうだ……しかし、時間がない」私は逆に、首を振った。
「なら、早く地球へ連れてって」アリエスの毛が、もふっと大きく膨らんだ。「メェのレイが死ぬのは、やだ!」
「……そうよね」義母はレイを見た。「この子の彼氏も、早く元気な姿を見たいと思っているはずだし」
――一瞬、間が空き。
「……ええええ!?」アリエスが飛び上がった。「レイに彼氏がいるの!?」
「そうなのよ。名前は何て言ったかしら?何か、可愛い動物の名前だった気がするけど……」
「ちょ、どんな人なの!?」
「彼女を心から愛してくれる、優しくて素敵な子らしいわ」
「どんな顔?レイの相手は、やっぱりイケメンじゃなくちゃ!」
「もちろん見た目もステキよ……ねえ、ソフィア?」
「あ……ああ……」
――これは、訂正不可能なやつだ。
私は諦めて、レイを連れてとっととその場を去ることにした。




