171話 6月2日#04〜ぬいぐるみ〜
その日の午後のこと。
リビングに「ズダダダダッ!!」と、大きな音が響き渡った。
「……何事だ?」俺は、横たわっていたソファから起き上がった。
部屋の隅を見ると、机のようなものに向かって、テンが何かをしている。音は、その『机のようなもの』から聞こえてくる。
俺がそばに近寄っても、テンは全く気づいていないようだった。完全に、何かに集中している。
作業が中断したのを見計らって「何やってるんだ?」と、声をかけてみた。
「ん?」テンは、手元にあったものを俺に見せた。「修理」
それはテンのモーニングコートだった。よく見ると、あちこちほつれたり、穴が開いたりしている。
「最近、度重なって戦闘とかあったし、結構ダメージがね……」
「……そもそも、そんなコート着て戦うのが間違いじゃ?」
――俺の発言は無視された。
「つぎはぎだらけに見えないよう、縫い方を工夫したり、錬金術で布同士をつないだりするんだけど、それには『魔巧ミシン』が必要でね……」
どうやら、機械自体はピエール号が用意してくれていたのだが、動力の魔法石がなかなか手に入らず、ずっとミシンが使えなかったらしい。
「でも、アトラスの市場で偶然見つけたから、思わず買っちゃった!」
「……そういえば、」俺はふと思い出した。「出会った時に、確か「『手品』と『手芸』の特訓をしている」とか何とか言ってたな。裁縫が趣味なのか?」
「うん……趣味と実益を兼ねてます」
それからテンは、横に置いてあった自分の帽子の中から、何かを取り出した。
「僕、こういうの作るのが好きなんだ」
俺に手渡されたのは、額に角を生やした馬――童話に出てくるユニコーン――の姿をした手のひら大のぬいぐるみだった。めっちゃクオリティが高い。
「すげーな!」俺はびっくりして、思わず大きな声が出た。「こんなの作れるんだ!」
「え?何なに〜?」リアが、ミシン台の上まで登ってきた。「あら、かわいい♡」
「そうだ!リアのクッションとかもテンが作ってた!」
「うん。あれは手縫いだけどね」
テンはそう言いながら、目の前のミシンのダイアル――なんか10個くらいある――を回し始めた。
「テン!これはポイント高いわよ〜♡」
「……何のポイント?」俺は首を傾げた。
「もちろん、お・ん・な・の・こ♪の評価ポイントよ♪」なぜか、男のリアが嬉しそうだ。「こんなかわいいぬいぐるみをイケメンにプレゼントされちゃったら、全女子がキュンとするに決まってるわ!」
それを聞いたテンは、突然ガタンと立ち上がった。
「……な、何?」俺は、自分より背の高いテンを見上げた。
「……だよね!僕、プレゼントしてくる!」
突然、テンは俺の手からユニコーンのぬいぐるみをひったくると、部屋の反対側でラグに寝そべって読書しているレイの元へ、ほとんど一瞬で飛んでいった。
「ね、ね!レイさん」テンはしゃがんでレイに話しかけた。「突然だけど、このユニコーン、もらってくれない?」
「……ん?」レイは、手渡されたユニコーンのぬいぐるみをぼんやりと見つめた。
「僕、こういうの作るの好きなんだ!今度、レイさんの好きな動物のぬいぐるみ作ってあげる!」
「……そうか」
「ね!好きな動物は何?」
「『クアッカ』」
「………………」
テンはしばらく固まった後、今度はソラの元へと飛んで行った。
「ねえ、ソラちゃん。動物図鑑貸してくれる?」
「……え?」ソラは目を丸くした。
「『クアッカ』について調べたい」
「い、いいけど……?」
テンは、猛烈な勢いで動物図鑑のページをめくり始めた。
「……またあいつ、レイの言うこと本気にしてる……」
俺は苦笑いしながら、ふとレイの方を見た。
――あれ?ユニコーンのぬいぐるみ撫でて、嬉しそうにしている……?
そのことにテンが気づいていないのが、実に残念だった。




