カノンの宣言
箱庭コンテストが終わって、一週間。
サンドボックスウォーズの世界は、あれほどの熱狂が嘘だったかのように、静けさを取り戻しつつあった。
だが、現実のスターダストホテルは相変わらず忙しい。
年末の予約は埋まり、レストランは連日満席。
空也は、学校と部活とアルバイトを行き来する生活にも、すっかり慣れていた。
「蒼井くん、ドリンクお願い」
「はい!」
返事をしながら、グラスを取る。
迷いのない動き。考えるより先に身体が反応する。
ふと視線を上げると、フロアの奥で藍沢流星がスタッフに声をかけて回っていた。
その姿は、もう見慣れたものになっていた。
閉店後。
片付けが終わり、スタッフが帰ったあと、空也は呼び止められた。
「空也、少し時間いいか」
「はい」
案内されたラウンジには、すでにもう一人いた。
「よう、スカイ」
「玲王さん……お疲れ様です」
黒王。
ゲームの中と変わらぬ落ち着いた雰囲気で、壁に寄りかかっていた。
三人でソファに向かい合う。
「まずは、今日もおつかれ」
流星はそう言ってから、少し間を置いた。
「本題だ。スターダストホテルは、来年からシンガポールに進出する」
空也は息を呑む。
「俺はオーナーとして、向こうに常駐する。だから、この東京のことは」
流星は、玲王を見る。
「玲王、お前に任せたい」
「……だろうな」
玲王は苦笑しながら肩をすくめた。
「正直、覚悟はしてた。最近、ラウンジ外での仕事の量が、露骨に増えてきてたしな」
流星は、わずかに笑う。
「悪いな」
「いいや。逃げる気はねぇよ」
玲王は腕を組み、少し視線を落とした。
「ただ……そうなると、俺も今までみたいにゲームはできなくなる」
空也は、思わず玲王を見る。
「完全引退ってわけじゃない」
玲王は、はっきりと言った。
「ギルドのことは、一度ちゃんとメンバーと話す。その上で、俺は表から退く」
短く、だが重い言葉。
「たまに顔を出すくらいの、隠居だな」
その表現に、空也はなぜか少しだけ救われた。
流星が、静かに口を開く。
「俺は――」
一瞬、言葉を選ぶようにしてから続けた。
「32サーバー最強の剣士カノンとしては、ここで引退する」
はっきりとした宣言だった。
空也は、胸の奥が締め付けられるのを感じる。
だが、流星の声は穏やかだった。
「剣を振る役目は、もう終わった。次は、世界を動かす側に立つ」
玲王が、深く頷く。
「前線に立つのは、スカイたちだ」
空也は、拳を強く握った。
「……はい」
流星は立ち上がり、二人に向かって軽く頭を下げる。
「ここまで、付き合ってくれてありがとう」
それは、オーナーとして。
そして、かつて剣を振るった仲間としての言葉だった。
夜のホテルを出ると、冬の気配を含んだ風が頬を撫でた。
空也は空を見上げる。
(……背中を追う時代は、終わったんだ)
けれど、不安よりも先に、覚悟が胸に宿っていた。
サンドボックスウォーズは、まだ終わらない。
剣を託された者たちの手で、次の章へ進んでいく。
ーーー 第三部 箱庭の世界 完 ーーー




