第三十七話 勝敗はまだわからない
まるで、もう優勝は決まったかのような空気が、特設ロビーを包んでいた。
アメリアとメリッサの、ダブル一万超え。
その余韻が、まだ会場の隅々に残っている。
そんな中――
アリスは、ひとり掲示板を見つめていた。
映し出されているのは、これまでのランキング。
Noirの9,120。
そして、アメリアの10,055。
メリッサの10,023。
数字だけを見れば、すでに勝敗は決したようにも見える。だが、アリスの隣には、ケルベロスのギルドマスター・牙が立っていた。
腕を組み、いつも通りの低い声で言う。
【牙】「大丈夫だ。俺たちは……全員で作り、全員で挑んだ」
その言葉に、アリスは視線を掲示板から外さないまま、わずかに口元を緩める。
そこへ、軽い足取りで近づいてくる影。
【Miley】「ねえアリスさん」
いたずらっぽい笑顔で、覗き込む。
【Miley】「まさか……負けてるなんて、思ってないわよね?」
一瞬の間。
アリスは、ゆっくりと振り返った。
そして、短く。
【アリス】「当たり前よ」
迷いのない声だった。
その直後。
スクリーンが、静かに切り替わる。
32サーバー
予選3位通過
『アリス 9,401ポイント』
ロビーに、どよめきが走る。
【シャイン】「9,400!?」
【そる】「普通に化け物じゃん……」
【マルメン】「これで3位かよ……」
Noirの9,120を超えるスコア。だが、アメリアとメリッサの壁には届かない。
それでも。十分すぎるほどの、高得点だった。
その箱庭は、雪に覆われた砦の街。
堅牢な城壁の内側には、温かな灯りが無数に瞬いていた。
中央広場には焚き火が焚かれ、鎧を外した戦士たちが、肩を寄せ合って座っている。
笑い声。湯気の立つスープ。
冷えた体を温める、火と仲間の存在。
外は厳しい冬。だが、この街の中にあるのは、守り合う者たちの、確かな温もりだった。
【牙】「……上出来だ」
牙は、短くそう言った。
Mileyは、にやりと笑う。
【Miley】「ほらね。やっぱり負けてないじゃない」
アリスは、静かに息を吐く。
勝てなかった悔しさよりも。
全力で作り切ったという実感の方が、胸に残っていた。
【アリス】「うん」
その表情には、確かな誇りがあった。
続いて、予選4位通過者の発表に移る。
32サーバー、フローライト。
名前が表示されるその瞬間――
リデルは、ふと遠い記憶を思い返していた。
それは、箱庭コンテストに向けて動いていた日々ではない。
もっと前。
フローライトに入った、あの日のことだ。
元いたギルド・スパイラル。
リデルはスパイラルの副団長だった。
解散理由は、仲違い。
方向性の違い。価値観の衝突。
そして、すれ違い。
正直、もう疲れていた。
このゲーム自体を、やめてしまおうか。
リデルは、本気でそう思っていた。
そんな刹那、目に留まったのが、フローライトというギルドだった。
ズバ抜けて強いわけでもない。
常にランキング上位にいるわけでもない。
それでも、一度だけ。奇跡のように、中央大金区画を勝ち取った実績があった。
なんで、ここが?
ただの興味本位だった。
深く考えず、加入申請を送った。
それが、すべての始まりだった。
フローライトのメンバーと関わる中で、リデルは少しずつ知っていく。
作戦の丁寧さ。
互いを尊重する空気。
勝っても、負けても、誰かを責めない姿勢。
そして何より、一緒に楽しむことを忘れない。
なぜ、フローライトは強いのか。
それは、装備でも、個人の実力でもない。
確かな絆が、そこにあったからだ。
リデルの視界が、現実へと戻る。
画面越しでも、琴葉の手のひらに、確かなぬくもりがあった。リデルの手を、誰かがそっと握っている。
隣にいたのは、ゆずだった。
【ゆず】「リデルさん、大丈夫」
その一言は、あまりにも優しくて。
あまりにも、当たり前のようで。
胸の奥に、静かに沁みた。
【リデル】「……ありがとう」
小さく、そう呟いた。
その瞬間――
スクリーンが、更新される。
32サーバー
予選4位通過
『リデル 9,377ポイント』
会場に、どよめきが広がる。
9,000点台後半。
トップには届かずとも、間違いなく上位の数字。
【シャイン】「フローライト、やっぱ強いな……」
【マルメン】「32サーバー、どこまで化け物揃いなんだよ」
【ココア】「やったねリデル、他のサーバーなら1位だよ!」
【そる】「このサーバーがイカれてるだけだ。もうリデル優勝でいいだろ!」
【リデル】「楽しかったです。ありがとうございました」
リデルの胸にあったのは、順位への執着ではなかった。
“フローライトに来てよかった”
その想いだけが、静かに、確かに残っていた。




