14話 比名軸人
ジークフリードは、ゆっくりと、背中に背負った鞘から、金色の柄を持つ大剣を引き抜いた。
「古来の伝説に残る、竜殺しの剣……バルムンクー――。」
ジークが、語りはじめた。
「俺が、世界を救うのに共にした相棒……この剣と共に、お前を打ち砕く。」
「お前……見掛けは人間だが、正体は――ドラゴン、だな?バルムンクが哭いている……。」
ジークが、オンへと剣を向けた。オンは――サジタルオンは、それに反応するように、少し仰け反った。
「悪しき……蝕みのマナを放つ、ドラゴンよ。お前の名前はなんだ。剣の錆にする前に、覚えておいてやる。」
『そろそろ溜めきったか、オン?クイダ・レフト・オルトロスに学んだ"先手必勝"。遠慮はいらん、決めてやれ。』
サジのアドバイスが、オンの頭に響いた。もとより、オン自身もそのつもりである。
仰け反った姿勢に《《隠した》》、肩に背負ったカノン砲のエネルギーは、ジークの長い語りの間に、フルチャージされていた。
狙いを外さないように、サジタルオンは、両手両足で地面を踏みしめる。前傾姿勢になったサジタルオンの背中から現れたのは、ジークフリードに狙いを定めてフルチャージされたレーザー砲である。
「命名――ショック・カノン――クン!」
オンの叫びとともに、レーザー砲の閃光がジークフリードを貫く。
ギャギャ――ンッ――。
大きな衝撃とともに、鈍い音が、ジークフリードの機体に響いた。
「がっ……なんだと……」
想定外のダメージに、ジークは狼狽えた。
オンは、静かに答える。
「待てない、って。」
あの日、召喚獣大会の客席で、度肝を抜かれた、クイダの容赦無い先制攻撃。それをコピーした一撃で、最後の戦いは幕を明けた。
『クイダを目の前で見ていたのが効いたねぇ』
しみじみと話すポタルの声がサジタルオンに響いた。
オンは、怯んでいるジークに向けて、言葉を返した。
「ジーク。悪いけど、そっちが古来の力を誇るなら――。僕は、古来から今までに築かれてきた人々の歴史と経験――。それから。」
オンの頭に、無数の光景が巡る。
サジが女神とポタルによって異世界に運ばれたこと。
そして、サジの、格好のつかないことばかりだった異世界での冒険。
その結果訪れた、オンとポタルの静かな生活。
それが、ある日突然消えて、自分自身に与えられた試練。
使い魔の黒曜岩龍オン。かつての宿敵、正義の魔王を目指した者、フギリ。使い魔としての親戚分、アキ、そして、その真面目そうな姿とは全く裏腹に、どこまでが本気かわからない、理性と調和の天使キョウザメエル。共に、辿り着いた――。
「僕自身の、歴史と経験を誇らせてもらうよ。」
「僕の名前は、オン・オワリ・ギムズ。蝕みのマナを抱く、キミの物語の悪役にして、」
「僕の物語の、主役だ。」
◇◇◇
「オン・オワリ・ギムズ……、よくもやってくれたな。次はこっちの番だ……!」
ジークフリードが、劣勢の色を振り払うかのように、大剣を振りかぶる。脚部出力全開、フルスピードでサジタルオンへと迫った。
『おおう、あいつ、頭に血が登ってるのか?』
『――覚えてるよな、オン。最強の護身術。迎え撃ってやれ。』
サジの声に呼応して、オンはフルスピードでジークフリードから後退、退避する。
(最強の護身術……逃げること!)
ジークフリードは、振りかぶった大剣を力任せに振り下ろすが、その刃は空を切った。反動で、重心が前がかりになり、姿勢が崩れる。
「なっ……。逃げるのか!?」
「そりゃあ、必要に応じて。」
ポタルのアドバイスの声がオンに届く。
『オン、ナイス!だけど、逃げるだけが能じゃないよ!』
『サジとゴーレムの戦いを思い出して。崩れたところに追撃!』
すかさず、サジタルオンはジークフリードの流れた体勢、その背後を突く側面方向へと回り込む。
死角に走り込みながら、両腕のマシンガンアームで集中砲火する。
「ぐわっ……!おのれ……!くそぉぉお!」
反撃に出るべく、ジークフリードは振り返りざまに力強く剣をぶん回す。
超強力な、まさに勇者に相応しい一撃。
ひとたまりもなかった。
もし、当たっていれば。
だが、その一撃は、自分の射程範囲めいいっぱいの距離を取っているサジタルオンには届かなかった。
サジの哀れむような声が、サジタルオンに響く。
『あー、あー。ダーウェイのアタマを悪くしてなきゃなー。射程や相性について身体で学べたろうに……。』
そこから先は、ただ、一方的な展開となった。
苦し紛れの突進と特攻を繰り返すジークフリードを、サジタルオンが回避していなす、そして隙を見てマシンガンアームの連射を叩き込む。
距離を取ろうとジークフリードが退けば、障害物の無い環境を活かし、ショック・カノンクンによるレーザー砲が襲い掛かる。
『いいぞ、オン――。敵の嫌がることを、全力でやってやれ。わざわざ敵の見せ場を作ってやる必要も無い。はたから見たらつまらない、退屈な運び――。それこそ、勝利における理想だ。』
『戦いっていうのは、準備が全てだからねぇ。』
サジとポタルの言葉通り、その戦いは一方的かつ盤石に進んだ。
(例え相手がラスボスであっても……淡々と、揺るぎなく!)
オンの隙の無い決意とともに、着実にジークフリードのダメージは積み重なる。
――ジークの冒険譚は、終わりの時を迎えた。
力尽き、ジークフリードが完全に機能停止する。
そして、ジークフリードと、ジーク――比名軸人は、足元から、光の粒となって消え始めた。
薄れる意識の中で、軸人は、全てを思い出し、そして理解した。
(ああ……そうか、これは、夢、だったんだ――。)
(俺にとっての、俺がヒーローになれる、良い夢。――そうだ、思い出した。オレトゥエル、メイテオ、ギラギラ、ケイティ、パンドラ……。)
だが、その内心は、穏やかだった。
(目覚めは……負けたところで起きることにはなったとしても……)
(ここから先は、俺自身の人生……夢から覚めて、幻の冒険譚を背負った現実……。――だとしたら。)
「オン。お前に破改られて帰るのも――、悪くはないかな――。」
◇◇◇
「か、勝った……?……ふー。」
オンは、コクピット越しに、光の粒子となって消えたジークフリードを眺めていた。そして、安堵のため息をついた。
(最善の動きを取ることと、そこから気持ちをぶらさないことに必死だったな。)
先程まで聞こえていた、サジとポタルの声も、もうオンには聞こえなくなっていた。
(ありがとう、ポタ姉、サジ。)
すると、青いスーツと翼の天使が、サジタルオンに向かってぱたぱたと飛び、オンの視界の正面に位置取った。
「おめでとうございます。」
キョウザメエルは、翼をゆっくりと動かし、空中に静止しながら、ばっ……という音とともに、両手で持っている紙を広げた。そこには、『勝利』と書かれていた。
「いや、裁判じゃないし……。それから、そういうのって、当事者に見せるもんじゃなくない?」
オンのツッコミはスルーして、キョウザメエルは涼しい顔で話す。
「なんにせよ、あなたは勝ちました。これはすなわち――」
オンが、待ちきれず、それを遮った。
「ちょっと待って、おキョウさん。ジークは……彼はどうなったの?」
「彼は、とても良い夢、その眠りから目覚めた、それだけです。楽しかった冒険、彼のための物語のひとつの章が、ここで終わりを迎えました。」
「夢……夢オチってこと?ジークにとっての……。」
「そうです。――異世界からの、夢オチ……あなたにも、そういう話には、心当たりがあるのでは?」
「そっか……そうか……。――確かに、サジも……女神ギムと話していた通り、基本的には夢オチを約束されていた――。結局、サジが、"因果律に影響を与えない"どんな報酬を得たのか、僕は知らないけれど……。」
「ジークの旅が、夢幻となったこと。あなたは、哀れだと思いますか?」
「うーん……どうだろう。他の人には出来ない、大冒険が出来たんだし……覚えていられるんなら、たとえ夢オチだとしたって、彼のその後の生活の支えにはなるんじゃないかな?無責任なことは言えないけど。」
「良いですね。私もそう思います。旅の意味、それは外から評価されるものではありません。彼自身が、そこに価値を見出せるか、それに掛かっています。『過去は変えられない』などとよく言いますが、その過去をどう捉えるかで、すなわち過去も変えられるのです。」
「急にちゃんとした天使っぽいことを言い出したね、おキョウさん。」
「『天使とペテン師は、たった一文字の違い』とよく言いますからね。」
「……言うかな?急におキョウさん節に戻らなくても良いよ。」
「一方……あなたの取り戻したかったものは――今から、帰ってきます。とはいえ、そのためには、もう一度世界は改められなければならないのですが……」
「が……なに?すごーく待つとか?そういう事?」
「察しが良いですね。そうです。世界が更新、そして巻き戻り、改められるには、それ相応の処理時間がかかります。その間、あなたがこの狭いコクピットにずーっと押し込められていたら、きっとエコノミークラス症候群になってしまいますから――。」
キョウザメエルは、持っていた紙を小脇に抱え直すと、右手を高く掲げた。
「場所を変えましょうか。――そうですね、もう一度、あのシアターあたりが、ゆったり座れてよいのではないかと。」
――パチンッ
キョウザメエルが、指を弾く。
オンの視る世界は、蒼く包まれた――。




