12話 オレトゥエル
――領主の館、中庭にて
令嬢メイテオは、勇者ジークと、さらにもう一人の人物とともに、テーブルを囲み、ティータイムの時間を楽しんでいた。
「ボスは倒して、修行の旅の途中のギラギラちゃんとはお別れして、なんつーか……ハッピーエンドなんだが……、なんなんだろーな、この違和感は……。」
その人物が口を開く。彼の名は、天使オレトゥエル。比名軸人にチート能力を与え、なろう系の英雄譚を演出した、「力と欲望の天使」である。
赤色のスーツに身を固め、セットされた金髪の髪。整った顔立ち。身長も高く、自身に満ち溢れた姿。
赤く光る天使の輪と、紅に染まった天使の羽さえなければ、まるでホストのようだ――。
それが、最初に彼と出会った軸人こと勇者ジークの感想である。
「というと?」
メイテオが、微笑みながら反応すると、オレトゥエルは身を乗り出して答えた。
「よく聞いてくれた、姫!」
「つまりだ、姫は確かに可愛い、ギラギラちゃんもちっちゃくて可愛かった……しかし、だ。仮に、俺様が演出する『ジーク様の最高の冒険』だったら、女はもう一人欲しい……。そうだな、背の高いオラオラ系、あるいはクールビューティーあたりを配置していないと、計算が合わないんだよ。」
「俺様なら、そうしていたはずなんだ……。」
ジークは、そこまで聞くと、ふう、とため息をついた。
「オレトゥエル……。気持ちはありがたいけど、俺は別に……。」
「わかってないな、ジーク坊や。」
オレトゥエルはジークの言葉を遮る。
「いいか、酒・暴力・女!古今東西、男の理想ってのはこの3点がセットだ!坊やは未成年だから酒はさておき、女くらいは溢れるくらい用意して――、だ。暴力だって、今のチート能力だけじゃ、全っ然、物足りないぞ。」
「もしも、次の戦いがあれば、だ。今度は……スーパーロボットに乗せて派手にドンパチしてもらうつもりだ。な、どうだ。ロマンが満たされるだろ……!?なっ!?」
(それはちょっと惹かれる……)
ジークのその思いを知ってか知らずか、メイテオが割って入った。
「なら、例えば……」
「何者かが、オレトゥエル様の理想のストーリーを妨害して……蝕んでいる可能性がある、と考えてみたらどうでしょう?オレトゥエル様は精一杯頑張っておられますし、自分を責めるくらいなら、そんなふうに考えて、適当に流してみては。」
オレトゥエルが、手のひらをぱたぱたと振って否定する。
「いやいやいやいや。姫よ、俺様もさすがにそこまで言わないよ。そんな、自分の手抜かりを他人のせいにするのなんか、ダサいだろ……?」
だが、そこでふと、何かに気づき、固まる。
(いや……。)
(姫、結構鋭いんだよな……。)
(有るってことか……?いま、この世界に……ジークや……俺様以外の物語が――。)
◇◇◇
――伯爵領、城下町
オンはひとり、街の象徴になっている伯爵の屋敷へと歩みを進めていた。キョウザメエルはまたも、いつの間にか姿を消していた。
ひとりで立ち向かわなければならない不安と、――もしかしたら、ジークを打ち倒せば、ついに、ポタルが戻ってくるかもしれない――、その高揚との間で、気持ちは揺れていた。それを隠し、振り払うように、自分の意識を伯爵領の景色に向ける。人々の営みや、空の色、風の音に身を委ねながら、一歩一歩、前へと進む。
だが、そんなオンを、紅く大きな影が――、捉えようとしていた。
「見つけた……!おい、ちょっと待て、そこの陰キャ。お前だよ、オマエ。」
オンの目の前に、長身の男が立ちふさがる。赤いスーツに身を固め、流れるようにセットされた金髪の髪、自信に満ちた声。そして、天使の輪と、羽。
オンの知る「理性と調和の天使」とは対極的過ぎるその姿から、オンはその正体をすぐに察した。
「あ……。」
あっちサイドの天使か。
そう言いかけて、オンは慌てて口を閉じた。自らが握っている情報を、わざわざバラす必要もないと気付いたからである。それが、ちょうど、自信無さげに、どもったように見えたことは、オンにとって救いだった。
オレトゥエルは、オンを威圧するように、続けた。
「俺様は、力と欲望の天使、オレトゥエル。テメェ……こっちのナワバリで、好き勝手……やってるよ、な?」
「俺様の世界……いや、この街に、お前みたいな陰気で生意気そうで、かつ言う事を聞かなそうな奴はいない。いらない。相場がな、そうなってンだよ。」
「いらない?」
抑えきれず、オンの口から感情が漏れる。
「そこに人が……平穏に、暮らしていたとしてもか。」
だが、オレトゥエルは全く怯むこともなく、続ける。
「あ?モブや他人がどうなろうが知ったこっちゃないだろ。大事なのは、自分がどう気分良く生きるかってことだけ。」
「世の中ってのはな、弱肉強食が道理だ。歴史の教科書に残らない雑魚は……その人生ごとすぐに忘れられるようにな。強い主役達の周りには、いつだって土台になるクズどもがいる。ならば、だ。花形こそが人の目指す姿。足場に想いを馳せる時間なんざ……無駄でしか無ぇ。」
「なぁ?……ジーク?」
どこから現れたのか、勇者ジークがオレトゥエルの横に立っていた。ジークはオレトゥエルの言葉を全て受け入れている様子では無く、無言で渋い表情をしていた。だが、それに目を遣ることもなく、オレトゥエルは続けた。
「ま、ぶっちゃけ。俺様がジークに与えたパッシブチートスキル、[物語の破改]のせいで、俺様もジークも、消えちゃった雑魚のことは全く覚えていないんだが。」
「あれか……、テメェは、異常値……バグ、か。インクのシミに過ぎない、消えちまったお友達を求めてここまで来たってか。そりゃあ……御苦労なこった。」
「ま、天使は直接手を下せないが……お前もインクのシミらしく、綺麗に消してやるよ。お友達のところへ行くといい。さ、やっちまえよ、ジー……!?。」
バチバチバチバチン!!
突然、大きな電撃のような音が響き、オレトゥエルがバタンと前向きに倒れた。
気を失っているオレトゥエルの後ろに立っていたのは――
「おキョウさん……。なにそれ……。スタンガン?……天使が、直接手を下すような、そんな真似して良かったの?」
オンの問いかけに、ぬっと現れたキョウザメエルが淡々と答える。
「天使が手を出してはいけないのは、あなた方だけ……。いわゆる、デウス・エクス・マキナ、が禁じ手とされています、が。」
「天使同士であれば、問題ありません。――オレトゥエルの言葉に、ムカついていたでしょう?そこで……『一寸の虫にもモブの魂』、ということで。」
キョウザメエルは、眼鏡をくいっと直して、キメて見せた。
「雑魚の立場も知ってもらおう、と、天罰を与えてみました。」
スタスタスタスタ。
キョウザメエルは、ジークをかわし、うつ伏せに倒れている赤い天使を踏まないように避けながら、オンの側へと寄っていった。そして、オンの後へと辿り着くと、くるりと向きを変えると、オンとともにジークへと向き合う。
「さて……」
「ここからは、公平な条件で戦ってもらうのが良いでしょう。というわけで、私も、――ぱたり。」
そう言うと、キョウザメエルもうつ伏せにパタンと倒れてみせた。死んだふりをしたかのように、静かになったキョウザメエルを横目に、オンはジークに語り掛けた。
「――だ、そうだけど。」
戸惑っていたジークは、その言葉ではっと我に返る。
「ああ……まずは非礼を詫びる。俺は……別に、オレトゥエルが言うような目で皆を見ていたわけじゃないんだ。だが、俺の仲間が……お前達を不快にさせたなら、謝る。済まない。」
「だが、その上で――。俺にも、歩んできた道や、物語がある。お前が……俺を倒さなくてはならない理由は、一体なんなんだ……?」
「まさかと思うが、さっき言っていたような、消されてしまった仲間が――。」
ジークの言葉を、オンは右手を出して制止してみせた。
「いや、そんなことはどうだって良い。勇者、ジーク。」
(なかなかどうして、ジークも完全に嫌なやつじゃないってことか……。やりにくいな…。だけど、もう名目は必要ない。完全に公平な戦いになったなら、……悪役は僕が背負ってあげよう)
(ポタ姉を失った、なんて同情を引くつもりもない。そんな弱点もわざわざ見せる必要はない。)
「キミが歩んできた道と――」
「僕が……、いや、僕達が歩んできた道は」
「なろうモノ嫌いの異世界記。たった、それだけだよ。」
◇◇◇
「……フッ、そうか、わかった。」
ジークは、少し笑って、そう呟いた。
「だったら――俺も、俺の道を信じてぶつかるだけだ――。……[才能の破改]!!」
ジークが放った魔法は、オンへ向けたものでは無かった。それは、ジークの足元に横たわる天使、オレトゥエルに向けて放たれた。
「最強のスキルを奪う魔法」は、オレトゥエルを貫き、力と欲望の天使が想像していた、「最強」を、具現化させるべく――、全員の視界を埋め尽くすような、紅い閃光を放った。
「一体、何を――!?」
オンが眩しさから解放され、目を開いたとき、そこには――。
紅く輝く、巨大な鉄の機兵――スーパーロボットが、現れていた。
「――ジークフリード。オレトゥエルが、俺のために用意してくれた、次の展開、決戦のための機体だ――。さぁ……かかってこい。……名前も知らない、悪役。」
ジークフリードの起動音が、空気を揺るがし、地を揺らし、オンを威圧する。
オンは、頭を軽く抱えながら、それでもこの状況を楽しみ、笑っていた。
「はははっ、まいったな……圧倒的な、サイズ差……。あの時の、巨大化した僕に対面したフ爺の気持ち、絶望感が、今になって、痛いほどわかるね。」
そして、オンは、この期に及んでなお、地面に寝転がっているもう一人の――理性と調和の天使、キョウザメエルに、声を掛けた。
「さぁ、おキョウさん。これは、公平さをあまりにも欠く状況だ――。理性と調和の天使として、当然、何か、サポートしてくれるんだろうね?」




