11話 ケイティ
――王都から辺境へ向かう車内
「……!?」
「あれらと出会う前まで……、戻った……の……か」
オンとフギリは、白く輝く景色から、抜け出し、目を覚ました。
気付くと、アキが運転する車に、オンとフギリ、そしてキョウザメエルが乗車していた。
オンは、元の人間の姿へと戻っていた。蝕まれた精神も、まるでそんなことが最初からなかったかのように、穏やかさを取り戻していた。
「ごめん、みんな……迷惑を掛けたね。もう、大丈夫みたいだ……。ここは……王都からの、道中……?」
時間と空間は、オン一行が辺境へと辿り着く、『その前』へと、巻き戻っていた。
「ええ。もう一度、この地点からやり直し……です。」
キョウザメエルが、静かに呟いた。だが、その言葉には続きがあった。
「あっちサイドは、ですけどね。」
「……おキョウさん、どういうこと……?僕たちは、勇者の力の前に敗れたんじゃ……?」
含みを持たせた言い方に、オンが反応した。キョウザメエルは、メガネをくいっと直しながら答える。
「いいえ。戦う前に戻ったのですから――。少なくとも引き分け以上です。それに、ピンチを『無かったこと』にしたあちらと、それを記憶しているこちら。」
「一般論を、言えば、ですが――、成長するのは後者です。」
だが、フギリは、ふぅ、とため息をついた。
「そうは言うが……。世界全体にすら影響を及ぼす、あれらの規格外の魔法を、どう攻略する?」
「真っ向勝負しても苦戦を強いられ、あちらの仲間に妨害され、それを突破しても、向こうの境界の外に弾き飛ばされる始末だ。」
オンは、思考を巡らせようと、腕を組み、下を向き、考え始めた。が、すぐにその腕を解く。
(腕組みは、身を守るための心理の現れというからな――。)
(逆、だ。今は、守るためじゃなくて、攻めるための手段を――、)
ふと、思い返す。
(そうだ、逆――。)
(サジと僕らの旅には、チートも、ハーレムも無くて――。それでも、いや、それだからこそ、逆だからこそ上手く行ったことがあって――。)
(だとすれば――。)
「境界の外に弾き飛ばされる……。」
「仲間からの妨害……。」
「真っ向勝負……。」
「世界全体に影響を及ぼす魔法……。」
ぶつぶつと、呟いてみる。
オンの中で、点と、点が、一つの線で繋がっていく。
「攻略――!」
「そうか、これなら――。」
ぱっと、顔を上げる。
「アキさん、フ爺。勇者を攻略する方法を、……思いついたかもしれない。」
「ここから――、もう一度、反撃開始だ。」
◇◇◇
――――ウェべ=ノルブ伯爵領、城下町
長身の女戦士、ケイティは、不機嫌そうにいらだちながら、街を見回りしていた。
(英雄たる勇者ジークの活躍にケチをつけ、あろうことか誹謗中傷を続ける不届者……)
(今日こそ奴を、街から排除せねば……!)
苛立ちを隠せず、歩みに合わせて、自慢の兜が、鎧が、ガチャ、ガチャ、と音を立てる。
昂ぶる気持ちを抑えられず、天を仰いで雄叫びを上げた。
「うおおおおおおーーー!おおおおおー!!」
「……ふう、こんなところ、か……。……ん……?」
スッキリして、周りを見渡す。
ふと気付くと、風景は、先程とは全く変わっていた。周囲を石造りの壁に囲まれた謎の広い空間、ケイティはそこに、閉じ込められていた。
「……なんだ、これは。」
『ようこそ、勇者の盟友よ……』
空間に、低い声が響き渡る。
『我は、試練のドラゴン――。覇道を為さんとするものに、それに相応しき力があるか――。』
自称・試練のドラゴンは、そこまで声を発すると、そこで、一度、言い直した。
『相応しき力の持ち主であるか、その素質を試すもの……である。』
ケイティの目の前に、黒き龍――試練のドラゴンが、姿を現す。それは、紅に染まった葉がドラゴンを護るように舞い、さながら、衣を着ているように――ケイティの目に入る映った。
「なるほど、試練か……。良いだろう!ちょうど、むしゃくしゃしていたところだ……発散するには、良い機会だ!」
ケイティは、気合十分に、試練のドラゴンに向かって戦闘態勢を取った。
「シールドマスター、ケイティ、参る!」
◇◇◇
それから、しばらく経ち――。
「ふう……"三位一体の試練"作戦、成功……。単純な人でよかった。」
人間体に戻ったオンが、安心したように、ひと息ついた。
そこには、両目が✕印になったケイティが、地面を転がっていた。
オンは、作戦の内容をひとつひとつ、指差しながら振り返った。
「まずはフ爺に、空間作りと声優を担当してもらって、まずはケイティさんを閉じ込める。それから、話術で、その気にさせる。」
「で、僕が"試練のドラゴン"役、それから、アキさんには"ドラゴンの装備品"役をしてもらう。」
「そうしたら、三人でボコって、ケイティさんをこの空間……ひいては、フ爺のアイテムに閉じ込める、と。」
フギリは、申し訳なさそうに言葉をこぼす。
「すまない……。少し、噛んでしまったが……。」
オンが、笑いながら返す。
「ふふふ、全然大丈夫だよ。最高の、名演技だった。」
アキが、静かに口を開いた。
「で、だ……。敵をひとり捕まえたところで、次はどうする。人質として、取引にでも使うのか?」
オンは、すぐさま否定した。
「いや、それはダメだ……。主人公としての名目を、ジークに渡すことになる。」
「人質なんて取ろうものなら、物語の上では、完全に彼らに正義の役割が与えられてしまう。そうすれば、世界はあっちに味方して、僕らは破滅するだろう――。大事なのは、物語がこちらに優位になるように――、コントロールすること、だ。」
フギリが疑問を投げ掛ける。
「コントロール、と言っても……。例えば、魔法で彼女を洗脳し、けしかけてみたところで、それも――同じく、邪道な手として、我々が悪役に堕ちてしまうだけでしょう。」
「捕らえた彼女をどう扱えば、我々に有利に働かせられると言うのです?」
オンは、ニヤリと笑って答えた。
「その答えは――物語からの排除さ。ちょうど、闇に堕とされた僕が……この世界にやられたように、ね。」
「だから、二人には……やってもらいたいことがあるんだ。まずは、この空間から出て……領内に来る時に使った、アキさんの車まで戻ろう。」
フギリとアキはオンの真意を理解出来ず、二人で顔を見合わせた。
◇◇◇
車まで戻る道を歩きながら、オンはフギリとアキに意図を説明した。
フギリとアキにやってもらいたいのは、ケイティを捕らえたアイテムを抱えたまま、「物語の領域から脱出する」こと。
すなわち、オンが闇堕ちしたときに弾き飛ばされた場所まで、ケイティを遠ざけることだった。
すると何が想定されるか。
ナローシュにとって、ヒロインが誘拐され、しかも、手の届かない場所に連れ去られるなどということは、「決してあってはならないこと」である。
それが事実となったとき、何が起こるか?
ポタルに受けた敗北は、「決してあってはならないこと」であった。それと同じことが起こるに違いない。
すなわち、「最初から、物語にケイティは登場していなかった」と。
◇◇◇
「なるほど、それが物語からの排除……か。了解した。彼女の身柄は、賢者リトル・ウィンターの名の下に保護しよう。そうすれば、ジークの物語の認識可能な範囲の壁を超えることで、相手の戦力を削げる、と……。」
(そして、全てはあのお姫様の言った通り、か)
アキは、メイテオの言葉を思い出し、続けた。
「向こうのもう一人の戦力……メイテオ嬢も、偵察したところによれば、もう出てくることはない……。」
「そうなると、残すは、オンとジークの一騎討ち、だな。」
フギリはふっと笑って反応する。
「であれば――。我々の出る幕は、ここまで、ということですか。」
「ろくに傷も負わずに、仲間の戦いから身を引くと言うのは、いささか抵抗がありますが――。」
オンは、拳を突き出して答えた。
「ありがとう、アキさん、フ爺。」
「一般的な……英雄譚と比べたら、だいぶ歪な筋書きだったけど……それでも、僕は……二人と冒険出来て、楽しかったよ。」
オンは、アキとフギリにグータッチを求める。アキはゆっくりと、フギリは不慣れに、それに応えた。
そして――、二人と別れた後、オンは天を仰いだ。
「さて……アキさんが車を飛ばして、ケイティを物語から排除するタイミング、そこに合わせて……」
「なるべく早く、ジークと接触して、今度こそ……最終決戦だ。」
「そうだろう?……おキョウさん?」
オンの隣に、音もなく、理性と調和の天使――キョウザメエルが姿を現す。
「ええ。よく、ここまで辿り着きました。はぐれ使い魔、オン・オワリ・ギムズ。」
「もうしばらく……あなたの言うところの、歪な筋書きを、描き続けることが出来るのか……試させてもらいましょう。もちろん、私はあなたの横にいますので。」
天使の眼鏡は、怪しく――ただし、期待を込めて――、キラリと光った。




