第9話:対峙
黒瀬麗奈が用意したスタジオには、すでにカメラが回っていた。
全国生放送。
久世恒一が望んだ舞台。
そして、その本人が目の前にいる。
十五年前。
防犯カメラに映っていた少年。
あの少年が、片腕を失い、血に濡れながら、総理大臣となった私の前まで来た。
隣には、加藤ベアトリクスめぐみ。
二人とも鋭い眼光をしている。
まるで、魔王討伐の前のような。
久世を見る。
不意に、一人の男を思い出した。
エリオ。
魔王討伐の旅で左腕を失った仲間。
腕を失った直後ですら、あいつは私の前で暗い顔をしなかった。
痛みも恐怖もあったはずなのに。
まだ戦えると笑っていた。
久世は笑っていない。
だが、目が似ている。
身体が壊れても前へ進む人間の目。
(なるほど)
資料では分からなかった。
彼は、こうやってここまで来たのか。
私は久世へ意識を向けた。
魔王覇気。
相手が私を格上と認識していれば、程度の差はあれ何かしらの影響が出る。
だが。
久世は何も変わらない。
視線すら逸らさなかった。
ならば。
隣の加藤ベアトリクスめぐみ。
同じように意識を向ける。
こちらも反応はない。
私は表情を変えず、二人を見る。
井口おさむ。
あの男にも、一度だけ魔王覇気を使ったことがある。
結果は同じだった。
一人なら、私を格上と認識していなかっただけだと説明できる。
だが。
三人となれば話は違う。
久世。
加藤。
井口。
同じ場所へ集まった人間に、揃って魔王覇気が通じない。
偶然として片付けるには、出来すぎている。
やはり。
何かある。
転生。
異世界。
能力。
私の知らない何か。
十五歳の頃からデポルを知り、こちらの動きを何度も先回りしてきた男。
何の力もなく、ただ勘だけでここまで来たとは考えにくい。
私は久世を見ながら、仮説を組み直していた。
その時だった。
久世の後ろ。
何もないはずの場所に、女が立っている。
人間ではない。
見た瞬間に分かった。
この世界の人間とは、存在そのものが違う。
そして。
私は、その名を知っている。
直接会ったことはない。
だが、異世界にいた頃。
メルから聞いたことがある。
女神アステリア。
(……やはり)
視線だけを向ける。
アステリアもこちらを見ている。
黒瀬は気づいていない。
スタッフも。
誰一人、彼女へ反応しない。
見えているのは。
おそらく私だけ。
久世の後ろに、女神がいる。
なら。
これまでの違和感にも説明がつく。
十五歳でデポルを知っていた理由。
こちらの計画を何度も先回りした理由。
魔王覇気が通じない理由。
転生者なのか。
異世界経験者なのか。
あるいは、女神から何かを与えられたのか。
魔法。
未来を知る力。
人心を動かす力。
それとも。
私の想像すらできない能力か。
答えはまだ分からない。
だが、それでいい。
分からないからこそ、面白い。
不安はある。
それ以上に。
高揚していた。
ようやく。
私の知らないものを持った相手が、目の前に立っている。
黒瀬がカメラの向こうを確認する。
スタッフが慌ただしく動き始めた。
全国が、私たちを見ている。
久世恒一。
君が何者なのか。
何を知っている。
何を持っている。
そして。
どこまで私に届く。
黒瀬麗奈の声が、全国へ流れている。
私は久世を見る。
(さあ、久世恒一)
君の話を聞かせてもらおう。
そして。
君の力を。
全力を私に見せてくれ。
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